■なけなしの理性
俺は自他ともに認める凝り性だと思う。
だから納得いくまで追求したい、ってのは確かにあるが、まさかこの分野においてもそれが発揮されこんなにもハウツーセックス本を熟読しつくすことになるなんて思いもしなかった。
…いや、でもやっぱり痛がるとこあんま見たくねーし、最小限の痛みに抑えてーし、なんなら初回から気持ちよくなってもらいてーし?
なんて思ったらやっぱり熟読するわけで。
…お袋いない時でマジで良かった。
そして学校も終業式が終わり、クリスマス・イブ当日。
「い、いらっしゃい!」
「おっじゃまっしまーす!」
実際にどーなるかはわかんねーけど(土壇場でやっぱムリって可能性もあるし)でもそうなった時はそうなった時で、それなりにきちんとあおいちゃんを満足、まではいかずとも納得させられるんじゃねーか、ってくらいの知識は得た(最終的に医学書にまで手を出したレベル)
なんて実践経験ゼロの俺は思っていたわけだけど、
「焼く時間、間違えちゃった?」
「…ぐすっ」
そーいうの丸っと追っ払うようなあおいちゃんの行動に、笑いそうになった。
「大丈夫大丈夫!俺が全部食うよ」
「で、でも焦げすぎて食べれないから、」
「んー…、俺は大丈夫だけど、あおいちゃんにパスタでも買いに行こうか?」
コンビニも5分もしねーし、と思ってコートに手を掛けようとした時、
「まっ、待ってっ!!」
「え?うぉっ!?」
後ろから思いっきり服を引っ張られて、完全に油断していた俺は床に倒れたわけだけど、
「い、行かないで…!」
正面(正確には真上)にはあおいちゃんの顔が来ていて、
「うん、行かない」
完全に状況を理解する前にそう口から出ていた。
…俺今、もしかしなくても床ドンされてる?
えっ、何なんでいきなり床ドン?
今まだそんな流れじゃなかったよなっ!?
なんだこれラッキースケベ的なラッキードン?
いや、ドンされてんの俺だし別にラッキーってわけでもねーけど、いやラッキーではあるけど。
「…」
「…」
徐々に冷静になってきた頭で真上にいるあおいちゃんに目をやると、明らかにパニックになってる顔をしていた。
…床ドンしてる方がパニックになるって新しいな。
さすがだあおいちゃん。
そーいうところも、ほんと可愛い。
「あ、の、さー」
「えっ」
「…俺、動いていい?」
これもうあおいちゃんの中でフル回転でどーしよ、どーしたらいいの、ってなってる顔だと思った俺は、もう俺から動いちまえとそう尋ねてみた。
「あ、う、ん…」
「よっ!と、」
「わっ!?」
ちょうど俺の腹の上あたりに腰を下ろしていたあおいちゃんの背中を抑えて、足の反動で上半身を起こした。
ら、当然いつぞやの正面座位のような形になるわけで(しかも腹の上に元々いたから、前よりも密着している)
「あおいちゃん、今日良い匂いすんね」
いつもよりも、ずっと近い距離にあおいちゃんの身体がきていた。
「そ、そう、かな?」
「うん。すっげー美味そーな匂いする」
嘘。
今日に限らず、あおいちゃんは美味そーな匂いさせてる。
言うなれば男を惑わすような匂い、って奴だ。
「た、食べる…?」
そんなこと思っていた俺の首に、躊躇いがちに抱き着いてそう聞いてきた。
「お、美味しくないかもしれない、けどっ、」
「ふはっ!」
フツー、この状況でそんな言い方しなくね?なんて思ったら笑いが溢れた。
「あおいちゃんが美味しくないわけねーじゃん」
「い、いやっ、でも、」
「俺食べ過ぎちまうかもなー」
そう言う俺の顔を見つめるあおいちゃんの目はすっかり潤んでいて、あー、これもう俺我慢効かねーわ、って思いつつも、
「でもいいの?」
やっぱり最後までこの子の「王子様」でありたい、っていうなけなしの理性でそう聞いていた。
…むしろここでやっぱりムリ!って言われたら俺家に帰ったと思う。
「快斗くん、に、なら、いいよ」
もう零れ落ちる、ってくらい目を潤ませて、それでもはっきりとそう口にしたあおいちゃん。
ただ「いいよ」と言われるより「俺にならいいよ」なんて言われたら、もう止められるわけなかった。
「あおいちゃん、好きだよ」
「その顔、可愛い」
「その声すっげー興奮する」
思ったことを伝えていたら、フワッと両手の人差し指でバッテンとクチビルを抑えられた。
「そっ、そろそろ、お口はミッフィーちゃん…!」
よっぽど恥ずかしいのか、全身赤くしながらそう言うあおいちゃん。
黙れとか喋るなとかじゃなく、ミッフィーちゃんて
「無理、可愛い、萌える」
「え、えええええ」
火に油って知らねーのかな?
その後もずっと、可愛いとか、好きとか。
繰り返してたらあおいちゃんも観念したのか、
「快っ、斗く、んっ、」
「うん?」
「…大好きっ、だよ」
思いを口にしてきた。
その言葉を聞いて笑った俺に、微笑み返したあおいちゃんの目からひと粒涙が零れ落ちた。
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bkm