■出逢いたくない恋人
キッドが言う「他の道」と言うのは、怪盗キッドという存在にならなかった道のことだと思う。
…快斗くんはやっぱり、それはいつもじゃなかったとしても、どこかで今の選択を思い悩むことがあるってことで。
もう少し、快斗くんにも、怪盗キッドにも、味方になり得る存在がいてくれたらな、って思ってしまう。
「あおい嬢。あなたは人をよく見ていますね」
「…そう、ですか?」
「えぇ。…何も話していないはずなのに、まるでどこか見透かされてるような感じすらある」
「そ、そんなことは…!」
「あぁでもそれが、あなたが起こす奇跡なのかもしれませんね」
月から私に目線を落とし、ニッコリと笑って言うキッド。
それはきっと、この前話した運命と奇跡の話の延長だと思う。
「べ、別に奇跡とかそんなんじゃなくて、」
「人は、」
「え?」
「…人は口にした上辺だけのことで他人を評価しようとする。でもあなたはあなた独自の判断基準があり、他人を評価しようとはしない」
キッドが右手を軽く握り、顎に当てながら話し始めた。
「他人に理解されない物が理解された時、人はどうしてもその相手に気を許してしまう」
「そ、れは、なんとなくわかります」
キッドは大きく1つ頷いた。
「だからあなたは、人の心を掴むことが上手いんでしょうね」
「…えっ?い、いやそんなことは!」
私の全力の否定に、キッドは困ったような顔をしているのがわかった。
「人の目を引きつけることは簡単なんです。それを持続させることが難しい」
「持続…」
「でもあなたは人を引きつけ、それを持続させ心を掴む。私にはそれがあなたが起こす奇跡のように見えます」
人を引きつけ、心を掴むことが私が起こす奇跡?
「でも私何もしてないです」
「そうでしょうね。あなたにはそれが普通のことなんです」
「だ、だいたい心を掴むとかそんなこと私にできるわけが」
ゴニョゴニョと語尾がだんだん口篭る私に、キッドが笑ったのがわかった。
「あおい嬢。あなたには何でもないことでも、現にあなたは今、私の心を掴んでいる。それが証拠ですよ」
そう言うキッド。
でもさ、それはキッド=快斗くんだから、キッドの心を掴んでるってのは、快斗くんと私が恋人だからのことだと思うの。
全くの赤の他人で、本当に何も知らない状態でキッドと会ったとしても、そうはならなかったと思う。
「前回は私の奇跡をお見せして、今回はあなたの奇跡を見ることが出来た」
私が答えずにいたら、キッドがまた話し始めた。
「さて、次は誰の起こす奇跡を目にすることやら」
「…時計台の犯行日」
「え?」
なんで今、このタイミングで話そうと思ったのかわからない。
そもそも「奇跡」なんて言うものは、滅多に起きないから「奇跡」なんだと思う。
私なんかが起こせるようなものではない。
だから快斗くんの言う奇跡と私の言う奇跡は似ていて全く異なるものだと思う。
でも快斗くん、キッドから見て、私が奇跡を起こしたと思ったのだとしたら、次に奇跡を起こす人なんて、決まっている。
「警視庁のヘリに、気をつけてください」
「ヘリ?」
「たぶん、怪盗さんが思ってる以上に大変なことになると思う」
「理由をお聞きしても?」
「…きっと、怪盗さんの生涯のライバルが現れます」
私の言葉に、ほぅ、とキッドは声を上げた。
「それはそれは、ぜひお会いしたいものですね。そのライバル殿に!」
「冗談なんかじゃなくて、」
「えぇ、もちろん。あなたが冗談を言ってるなど思っていませんよ」
少し茶化したように言うキッドに、慌てて声をかけたら、キッドは大きく頷きながら答えた。
「ただ私は、相手が誰であれ狙った獲物は絶対に逃しません。いつも通り、己が正義を貫くだけです」
真っ直ぐに私を見るキッドに、黙って頷くことで返事をした。
「けどまぁ、あなたが私のライバルになり得ると言うほどの存在には興味あります」
快斗くんにも、味方がいてほしい。
じゃあ誰が?って考えた時、やっぱり1番快斗くんの力になれそうなのは、この人しかいない。
「きっと誰よりも信用できて、誰よりも厄介な人です」
「ははっ!」
私の言葉にキッドは噴き出した。
「まるでその人物を恋人か何かのように表現するんですね」
「…そう、ですね。怪盗さんにとってきっと誰より出逢いたくない恋人に、なると思います」
「ほぅ」
それはおもしろい、とキッドは言う。
手放しで快斗くんの味方にはならないことはわかってる。
でも、もし「怪盗キッド」に何かあった時、きっと力を貸せるのは私が知る限り新一くんだけだ。
だからなるべく原作通りに、上手く距離を縮めていってほしいと思う。
「出逢いたくない恋人、か。楽しみですね」
「…あんまり気を抜かないようにしてくださいね」
「私はいつでも全力投球ですよ」
「とにかく、逃走経路や逃走方法の再確認した方が絶対にいいです」
「ご忠告、確かに頂戴しました」
キッドにそれが本当に届いたのかどうか。
それがわかるのは10日後の満月の夜のこと。
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bkm