■あなたの正義
今度の満月の夜、新一くんと(なぜか)警視庁のヘリに乗ることになった私。
そりゃあさ、怪盗キッドの犯行現場は見てみたいよ?
でも江古田の時計台の、ってなると、現地に行くともしかしたら中森さんと会うかもしれないわけで…。
しかも犯行後、中森さんと快斗くんがちょっと…いい感じの雰囲気になるかもしれないのに、そんなところに飛び込んで行けるわけなくて。
じゃあどこから見るの?ってなったら確かに新一くんが言う「最前列」にあたるヘリの中っていう、とてもとても贅沢な観覧席に誘われたらそっちに行っちゃうわけで。
でもさ、新一くんは快斗くんの邪魔をするわけ。
ならそれを止めればいいの?
けどあれ確か新一くん勝手に発砲して、でも結果それでキッドは逃げれたんだから、邪魔しない方がいい?
どうしよう、どうしよう、って悩みに悩んだ私は、
〜♪
マンションの屋上で憂さ晴らしをすることにした。
秋の夜長な今、音が乾き始めた大気に溶けてどこまでも伸びていく。
…と、いうことは、
「これはこれは、またお会いしましたね、あおい嬢」
音に誘われどこからともなく、白い鳥がきてもおかしくないということ。
「こ、こんばんは、怪盗さん…!」
「えぇ、こんばんは、麗しのお嬢さん」
片手を胸にあて、恭しく頭を下げるキッド。
「あなたはまた、こんな夜更けに1人でこんな場所にいらっしゃるんですね」
「ま、まだ夜更けじゃないですよ!だってまだ9時前だし…!」
そう言った私の顔をジーッと無言で見つめてくるキッド。
…この圧が痛い…。
「あなたには本当に危機感が足りない」
はぁー、と大きな、それはそれは大きなため息を吐きながらキッドは言った。
「べ、別に足りなくなんかないですよ」
「どの口が言うんですか?」
例えば今いるのが快斗くんだったら、ほんとに足りなくない?ほんとに?くらいだと思うの。
だからこういう風に言われるとやっぱり、快斗くんとは違うような気がする。
「き、」
「はい?」
「きっ、今日、は、どうしたんですか?」
もういっそ話変えよう、そうしよう!
そう思ってガラッと話を変えた。
「まぁ所謂下見、とでも言っておきましょうか」
私の急な話題転換にチラリとこちらを見たけど、小さくため息を吐きながらキッドが言った。
「そ、そういえば!犯行予告出したってテレビで見ました!」
パチン!と手を叩いて言う私に、
「どの予告状のことです?」
キッドは人差し指で頬を抑えながら聞いてきた。
「どの!?えっ、いくつも出したんです??」
「…」
キッドは無言で口角を上げた。
…これはもしかしたら、報道されていないだけで他にも犯行予告が出されてるのかもしれないってちょっとだけ思った。
「と、時計台のこと、です。江古田の」
「あぁ」
なるほど、とキッドは頷く。
「あおい嬢はあの時計台はご存知ですか?」
キッドが私に尋ねてきた。
ご存知も何も、連れてってくれたじゃん、なんてツッコミはしちゃいけない。
「1度だけ、近くで見ることがあって」
「どうでした?あの時計台は」
その言葉にキッドを見るけど、口角を上げたままの表情を維持していて何を考えているのかわからなかった。
「あれは私がどうとかじゃないです」
「というと?」
「あれは快斗くんの…江古田に住む人たちの大切な思い出の場所だから、そこにあって当たり前な、守らないといけないものなんです」
快斗くんの、そして中森さんの思い出の場所。
「だから」キッドもあの場所にあるあの時計台を盗むと決めたんだから…。
「ふむ。ならばそれを盗んでしまう私は恨まれてしまいますね」
どこか戯けたようにキッドは言う。
でも、どうして盗もうとしたのかも知っているから。
「怪盗さんは、不必要なものは盗まないじゃないですか」
「え?」
「怪盗さんの『目的』と違ったら、盗んでもきちんと返却する」
「…」
「だから怪盗さんを恨む人なんて、きっといません」
そりゃあ警察の人は違うかもしれないけどさ。
「あなたは、」
「はい?」
「…あなたはまるで、私が正義であるかのように言いますね」
キッドの声は、快斗くんのそれとは違う。
あまり抑揚が出ないような、そこに感情を乗せないような話し方をしてるから、何を考えているのかよくわからない。
だから声だけだと、今の言葉が喜んでいるから出た言葉なのかそうじゃないのかわからずにいた。
「怪盗さんは『怪盗』だからみんなの正義じゃないです。でも、」
「でも?」
「怪盗さんは、自分の思う正義のために動いてると思うんです」
「…」
「そういう人は、目標達成のためには何でもするけど、それ以外のことではすごく優しい。…と、思います」
原作を読んでいた時に思ったこと。
黒羽快斗と言う人は、まだ高校生なのに、その全てをたった1人で背負い頑張りすぎだと思った。
工藤新一が江戸川コナンになって、例えばそれは灰原哀のように、全てを理解した上で最大限の協力をしてくれるような味方が黒羽快斗には圧倒的に少ない。
それが探偵と怪盗の違いだと言われたらそうなのかもしれない。
でもさ、それでもさ。
快斗くんもまだ、高校生なんだ、って。
実際に快斗くんを見てきて、怪盗キッドに出会ってこうやって話をするようになって、いろいろな「黒羽快斗」という人の姿を見てきたけど。
私が1人じゃ寂しいだろうって気を遣ってくれるように、快斗くんだって、たった1人で背負い込むことはきっと寂しさもあるし、苦しさも、もどかしさも、いろんな感情がたくさんあるんじゃないかって思う。
「そ、りゃあ、怪盗さんは泥棒だから、警察の人とかには恨まれちゃうかもしれないけど、でもそれ以外の人にはきっと、怪盗さんのしていることが伝わると思うんです」
力にはなれなくても、快斗くんは1人じゃないんだよって伝わってほしいなぁ、って思う。
「あなたは不思議な人だ」
「え?」
「…私は確かに、誰に後ろ指を指されることになったとしても、己が正義のためにこの姿になっている。そのことに迷いも後悔もない」
キッドはそう言って月を見上げる。
「でもたまに、他の道もあったのかもしれないと思う時はあります」
まだ細くて心許ない、でも確かにそこに存在し輝いている月を…。
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bkm