キミのおこした奇跡ーAnother Blue


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思い出の時計台


その鐘の音は


「あれが時計台」


快斗くんと見に行こうと約束した当日。
久しぶりに江古田に向かって、快斗くんは真っ先に時計台に連れてきてくれた。
公園の入り口の方にいても建物が見えていた。


「思ってたよりずっと大きい!」
「だろ?」


大きいだろうな、くらいにしか思っていなかった私は、実際の時計台を前に驚きを隠せずにいた。
そりゃあ、快斗くんちにも鐘の音が聞こえるよなー、なんて思った。


「秒針が合わさった時、江古田中に聞こえんじゃねーかってくらいの音で鳴るんだぜ」


時計台の真下まで来た時に快斗くんが説明してくれた。
もう少しで正午だから、真っ先にここに連れてきてくれたんだってわかった。
真下にいると時計台は見上げなきゃいけなくて見づらいからって、時計台前の広場に場所を移した。


「あ、ほら!そろそろだぜ?…スリー、ツー、ワン!」


そう言って快斗くんは時計台を指差した。
瞬間、カチッと針が頂点を指し


リンゴーン リンゴーン…


どこまでも響き渡るような鐘の音が鳴り響いた。


「…すっごーい!こんな綺麗な鐘の音、初めて聞いた!」
「そんなに喜んでもらえて、連れてきた甲斐あったな!」


私の言葉に快斗くんも嬉しそうに笑った。


「すごく…全部を洗い流してくれそうな音だった!」
「ここで告白したことは、この時計台が受け止めて悩みをその鐘の音に乗せて吹き飛ばしてくれんだぜ」


そう言った快斗くんの視線は1つの場所を見ていて。
それは私たちがさっきまでいた時計台の真下、…たぶん、中森さんと出逢った場所で。
あぁ、今の言葉を教えてくれたのはきっと中森さんだ、って。
どうしてかはわからないけど、そう思った。


「快斗くんはここが大切な場所なんだね」
「うん?」
「ここ、中森さんとの思い出の場所?」


そう思ってしまったら、そんな言葉が口を吐いていて。
しまった、って思って快斗くんを見ると、快斗くんもこんな驚いた顔するんだってくらいに本当に驚いた顔をしていた。


「…なんでそう思うの?」


少し目を細めて快斗くんは聞いてくる。
…なんでなんて、ほんとは「知っている」からだよ。
なんて言えるわけない私は、


「快斗くん、懐かしそうな、でもちょっと寂しそうな顔して時計台見てたから」
「…」
「そういう時って快斗くんはだいたい、こうだったんだー、とか、こういうことあったんだよー、とか?そういう風に言ってくれるけど、言わないってことは中森さんとのことかな、って思って」


私の言葉に快斗くんはちょっと下を向いて頭を掻いた。


「別に寂しいとか、そんなんじゃねーけど、確かに懐かしい場所ではあるからさ」


快斗くんは私と目を合わせない。


「…初めて会った場所なんだよ。俺も『アイツ』も親待っててさ。でもなっかなか来ねーから泣きそうになってて。…俺が家族以外で初めてマジック見せたのが、あの日のこの場所だったなって思ってさ」


それはきっと、時を越えて初めて中森さんと出逢った自分を見ているんだと思った。


「ならここはマジシャン・黒羽快斗のはじまりの場所なんだね。じゃあやっぱり快斗くんにとっての大切な場所だ」
「はじまりの場所…」
「そういう場所が無くならないように、守らなきゃ」
「…守る、ねぇ…」


私の言葉に快斗くんは目を伏せ呟くように言った。
快斗くんはきっと、この場所を守ろうと動く。
それは中森さんとの思い出を守ることに繋がるから、嫌じゃないと言えばうそになる。
でもきっとここは「マジシャン・黒羽快斗」としてのはじまりの場所だから、失くしちゃいけない場所だと思う。
そんな大切な場所を守るためなら、私のモヤモヤはあってないようなものだ。


「あ、快斗くんだ」
「え?どこどこー?ほんとだ快斗も来てるんじゃん!」


そんなことを思っていた時、快斗くんの名前が呼ばれた。
振り返らなくてもわかる。


「あー!あおいちゃんも!久しぶり!」
「こ、こんにちは、」


中森さん、と、そのお友達だ。
…私が最初米花町に快斗くんが来るのを躊躇っていたのは、新一くんと鉢合わせしないようにするためで。
てことは当然、江古田に来たら中森さんと鉢合わせする可能性はあるわけで。
今日なんてここでイベントやってるし、いてもおかしくないわけで。


「なによー!青子たちが誘った時行かないって言ってたくせに!!」
「うるせーなぁ、オメーらとは行かねーって言ったんだよ!」
「はぁ!?何その言い方!だいたい最近快斗は」


そして、こんなところでやるイベントなんて、目的地は一緒なわけで。
不自然に去るわけにも行かずなんとなく、江古田組(中森さんはじめ男女合わせて5人)と一緒に回ることになってしまった…。
快斗くんとはそれまで手を繋いでいたけど、友達と、中森さんと会ってからは手を離している。
どちらからというわけではなくて、でもどちらからともなく、手を離した。
だから今は快斗くんの服の後ろ、裾の辺りをちょっぴり掴んでるんだけど。


「オメーらそっちから回れよ!着いてくんな!」
「仕方ないでしょ!?青子たちもこっちのブースに用があるのよ!!」


快斗くんはそれに気づいているのかいないのか…。
…たぶん、気づいてない、と、思う。
中森さんといるから、気づいてないと、思う。
今この手を離したら、快斗くんは本来の場所に戻って、本来辿るはずの道を辿るのかな、とか。
それとも手を離しても、快斗くんは気づいてくれるのかな、とか。
そんなことを思ってしまった私は、パッ、と、掴んでいた快斗くんの服を離してしまった。


「だいたい来るなら最初からあおいちゃん入れてみんなで来れば良かったんでしょ!?」
「だからなんでわざわざオメーらと来なきゃなんねーんだよ!」
「みんなで回ったら楽しいでしょ!?」
「2人で回らせろよ!」


あぁ、やっぱり、って。
快斗くんは私が掴んだ手を離しても気づかない。
そして私の目には本来の、あるべき姿が写し出されていて。
でもそれはやっぱり見ていたくない光景で、いたたまれない私は今来た道を逃げるように引き返した。

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bkm

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