■ 15
「今日は早く帰れそうだ」
いつも通りの朝に、いつもとは違う言葉を口にした我愛羅。
「…本当!?」
「あぁ」
我愛羅は1度頷くと、行ってくる、と言っていつものように出て行った。
ここに来て早3ヶ月。
ようやくまともに夕食を共に出来る。
それに私からは言っていなかったけど、今日は私の誕生日だ。
…我愛羅は知っていて、今日は早く帰ると言ったんだろうか?
特に何もする予定がなかったけど、今日はご馳走でも作ろうか、なんて。
早くお店が開く時間にならないかと朝からソワソワとしていた。
「ユナ様、今日はたくさん買い物されるんですね」
ここに来てすぐくらいに、私を「ユナ様」と呼ぶ人たちに「様」はいらないと言ったことがあった。
でもみんな口々に「風影様の奥方を呼び捨てに出来るわけない」と敬称をつけたまま呼んでいたし、私ももう止める気も起きなかった。
「今日は私の誕生日で、風影様も早く帰って来られるそうなんで」
「あら、新婚さんはいいわね!」
あはは、なんて笑うお店のおばちゃんに笑顔で答えて食材を買い揃えていった。
我愛羅は砂肝が好きだから(だから最初砂の里に来た時に案内すると言ったんだと最近わかった)それもちゃんと用意して、滅多に作らないからあまり得意ではないけどケーキも作ってしまおうか。
普段は特に友人もいなく嫌と言うほど時間があるのに、いざこうなると時間とはなんて足りないものなんだろうか。
そんなこと思いながら久しぶりにバタバタと動き回った。
………なのに、
「嘘つき」
待てど暮らせど、我愛羅は帰って来なかった。
「…はぁ…」
突発的に何か問題が起こったんだろうか?
「影」と言う仕事は、本当に休む間もないようだ…。
そう思った時、
ドンドン
玄関扉から音が響いた。
「…はい?」
「ユナ様!良かった起きてましたね」
そうっと扉を開けると、立っていたのは風影の側近として働いている忍びと、彼に肩を借りて支えられるように立っている我愛羅の姿があった。
「すみません、風影様を、」
「すまん、飲み過ぎた。寝る」
「あ、はい!ご馳走様でした!」
我愛羅は一方的に話すと、フラフラっとした足取りで自室に向かって行った。
「すみません、ユナ様。今日は久しぶりに早く終わったので、風影様をお連れして飲みに行ったんですが、思いの外酔ってしまわれたようで…」
我愛羅のその姿を半ば呆然と見ていた。
「あの、ユナ様?」
「あ、あぁ…、ありがとう、ございました…」
「いえ、遅くにすみませんでした。おやすみなさい」
パタリ、と閉まった玄関扉の前で、しばらくの間立ち尽くしていた。
あの人は今なんて言っただろう?
送り届けてくれた彼は、なんて言っただろう?
飲み過ぎた?
酔ってしまわれた?
それってつまり…。
「…」
脳が今の出来事を理解した瞬間、ギリっと、奥歯を噛みしめた。
そうでもしないと、自分がとても滑稽で、内側からドロドロとした何かが溢れ出てしまいそうだった。
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bkm