■3
なんだか、よく、わからないことだらけだ。
私は日本で生まれ育った名字名前ではなく、フィーナ・スプリンガーと言う、ラガコ村に住む女の子だと言われた。
鏡を見ると確かに、名字名前の顔よりは彫りが深くなっていて、…どことなくコニーと似ている気もする女の子だった。
なんで?どうして?
そんなこと、私にわかるわけがない。
−長い夢を見ていたんだよ−
そう言ったのはコニーのママ…、フィーナ・スプリンガーの、ママ。
夢、を、見ているというなら、私にとってこっちの世界こそが、夢。
…だと思う。
だって、「今」私が持っている記憶が夢だなんて、そんなこと…。
「姉ちゃん!!」
「…コニー…。」
「1人で出歩いちゃダメって言っただろ!!」
「あの日」から、コニーはやたらと私の後をついて来るようになった。
ただ家の周りを散歩する、と言うだけでも、絶対についてくる。
どこに行くにも一緒。
記憶がない、と言われた私を心配してるのかな、なんて思ったけどその理由はすぐにわかった。
「っ!?」
コニーが駆け寄って来た方とは違う方から、何かが飛んできて咄嗟に避けた。
地面に落ちたそれを見ると、小さな石が転がっていた。
「バカコニーの姉ちゃんだっ!」
「姉ちゃんの方がほんとのバカになったんだぜ!自分のこと、忘れちまったんだって!」
「さっすがバカコニーの姉ちゃん!」
コニーが私につきっきりの理由。
記憶喪失、なんて話題、コニーたちの住んでいるこの小さな村ではあっという間に話題になり、変人扱いをされ、程度は違えど好奇の目に晒され、言われない中傷が待っていたからだ。
「お前ら姉ちゃんに近寄るなっ!!!」
「近寄らねーよっ!バカが移りたくねーもん!!」
笑いながら去っていく子供たちの姿は、
−名前?あぁ、あのつまんないコね−
−アイツ、何考えてんのかわかんなくて、なんかムカつく−
−てかウザイ!−
私の「記憶」にある、日常の、1コマと、ダブって見えた。
「だ、大丈夫、大丈夫!姉ちゃんは俺が守ってやる!」
その記憶に押し黙った私に、コニーが笑いかける。
「俺、絶対憲兵団に入って、姉ちゃんを内地の医者に診てもらって、アイツら見返してやるんだっ!!」
コニーが胸の前でグッ、と拳を握り締めて言った。
「けんペーだん?」
「そう!この国は3つの兵団があって、」
コニーはおもしろい話をしてくれた。
ここは、ウォール・ローゼと言う「壁の中」の世界。
この世界は「巨人」と呼ばれる存在に人類が壁の中に追い込まれた世界で、巨人の侵入を阻む3つの分厚い壁、「ウォール・マリア」「ウォール・ローゼ」「ウォール・シーナ」から出来ていて、コニーの言う「内地の憲兵団」と言うのは王のいる都、ウォール・シーナで勤務する兵士のこと。…らしい。
兵士とか、王とか。
そもそも「巨人」と言う存在とか…。
現実じゃあり得ない。
やっぱりここが夢の世界なんだ。
コニーのママが言ったように、きっと私は日本のいつもの部屋のいつものベッドで長い夢を、この世界の夢を見ているんだ。
…じゃなきゃおかしいもの。
「コニーは憲兵団になりたいの?」
「おぅ!!訓練兵の中でも成績上位10人にしか与えられない栄誉ある権利さ!!」
話すことは、やっぱりちょっと、苦手で緊張する。
だけど、屈託なく笑うコニーだからなのか、夢の中の世界でくらいは、と思ったからなのかはわからないけど、他の人よりも、いつもよりも、話が弾んでいる気がした。
「そうだ!今度街である祭りに行っていいって母ちゃんが言ってたから、俺が姉ちゃん連れてってやるよ!」
「…街?」
「ここは、ウォール・ローゼの南区の村だけど、ウォール・ローゼ南端にトロストって言う街があって、」
コニーはここでのことをたくさん教えてくれる。
考えながら話す私に、辛抱強くつきあってくれる。
たぶんきっと、この世界の「ママ」や「パパ」よりもずっと、気を許せる、唯一の相手。
「行こうか、お祭り。」
「おぅ!じゃあさ、じゃあさ、母ちゃんに、」
ここはよくわからないことばかり。
たぶんここは、私の夢の世界。
そこでは生まれて初めてできた「弟」と言う存在が、私を助けてくれる。
小さなその存在に助けられながら、この「壁の中」と言う限られた世界を一歩踏み出した。
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bkm