■2
「『どうして誰もお前を責めないのか』だと?」
「…」
「逆に聞くがお前を責めれば何か変わるのか?」
リヴァイさんの言葉は、いつにも増して胸に刺さった。
「何も変わんねぇよな?死んだ奴が生き返ることはない。違うか?」
リヴァイさんのそれはいつもの口調。
怒っているわけでもなければ、恨んでいるわけでもない。
「今回の任務での最優先事項は何だ?」
「…」
「フィーナ・スプリンガー。お前を無傷で壁内へ帰還させることだろ?そのためにアイツはその身を賭した。それは無駄死にでもなんでもない。」
「…」
「ならばどこにお前を責める要因がある?」
ただ淡々と、「いつもと変わらず」必要なことのみを、述べているだけだ。
だからこそ、余計に心が軋んだ。
「どうして、」
「あ?」
「どうして、私なんですかっ…!」
ただ人より少しだけ、耳がいいから。
そんな理由でいいのであれば、きっと他にもたくさんいるだろうに…。
「お前やっぱりバカだろ?」
リヴァイさんは私の背に向かって、大きなため息を吐いた。
「『どうしてお前か』なんざ、ずっと言ってんじゃねぇか。」
「…」
「お前『だから』必要なんだ。」
「…」
「確かに兵団の全兵士が賛成してるわけじゃねぇが、少なくともエルヴィンやハンジ、何より俺がお前を必要としてる。」
「…」
「俺やハンジの代わりはいても、お前の代わりになるような奴はいねぇんだよ。いい加減その無い脳みそに刻み込め。」
…そんなの嘘だ。
私の代わりになる兵士なんてたくさんいる。
だけど…、リヴァイさんの代わりが出来るような人なんて、いるわけが、ない。
「で?」
「え?」
私が自分の命とリヴァイさんの命を比べていたら、当のリヴァイさんが先を促すような言葉を投げかけていた。
「後はなんだ?」
「…え?」
「この際だから全部聞いてやる。言え。」
その言葉に、思考が止まった気がした。
言いたいことも、聞きたいことも、たくさんあるような気がする。
でもそれら全部がガラン、とした、心の空洞に落ち込んでしまって、どう足掻いても、今の私では取り出せない、…言葉として音に出来ない、そんな感覚だった。
「…ないのか?」
少しの沈黙の後、リヴァイさんが口を開いた。
…本当に、今ここで言うことは、ないんだろうか?
「人の死」が当たり前のようなこの状況に対して、言うことが、何もないんだろうか?
「ないなら外に、」
「首が、」
別にそれは「今」言う必要のことじゃないって、後から考えたら思うこと。
やっぱり私は、コミュニケーションをとることが苦手で、現状言わなければいけないことと、口をついて出る言葉は、全く違う気がする。
だけどそれは全て、後から気がつくことで…。
この時はただ、「何か言わなきゃ」って思っただけで、その「何か」がたまたま、これだっただけだ。
「首がどうした?」
「…首、が、すーすーするんです。」
「…はぁ?」
私の真後ろにいるだろうリヴァイさんは、普段のリヴァイさんからじゃ考えられないほど素っ頓狂な声をあげた。
「わかるように話せ。」
でもすぐに、いつもの声色に戻ったリヴァイさんに、ぽつり、ぽつり、と話はじめた。
「『あの時』から、なんだか、首が、すーすーするんです。」
「…」
「巨人に襲われたことを考えるとか、そういうことじゃなくてただ、なんて言うか…、これからも続くはずだった命を考えると、すーすーするんです。」
それは、自分でも意味のわからないこと。
潰えた命に対して、…自分の行動に対して、首筋がひんやりと冷えるような…、そんな感じがずっと続いていた。
「そんな格好してるからだろーが、バカが。」
リヴァイさんは盛大にため息を吐きながら言った。
「そんな格好」と言う私は今、兵団ジャケットを脱いで、長袖のTシャツ1枚で蹲っている、そういう姿のことを指していた。
シュルリ、と、真後ろから衣擦れの音が響いた。
「首が冷えるならこれでも巻いてろ。」
「これ」と言って首に巻きつけられたのは、リヴァイさんがつい今さっきまで巻いていたスカーフだった。
「で?後はねぇんだろうな?」
私の首にスカーフを巻きつけたリヴァイさんのスカーフの巻きつけ方や、その後の言動があまりにも「リヴァイさん」で。
「…」
もう本当に、何も言う言葉が出てこなかった。
「ないなら立て。」
「え?」
「お前に見せたいものがあるから着いて来い。」
そう言いながら私の腕を引っ張り立ち上がらせようとするリヴァイさんに、されるがまま、立ち上がった。
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bkm