■2
「エルヴィン。いつからお前の班に同行させるつもりだ?」
キース団長に頭突きされた頭も痛いけど、敬礼を止めてしまったら頭突き以上の何かがきそうで痛みを堪えながら直立不動に敬礼している私。
「来週の壁外遠征から同行させます。」
その私を置いて団長とエルヴィンさんは話を進めていた。
「…本当にいいのか?」
「はい。彼女は我々に必要な人材です。より早く実戦に慣れてもらわなければなりません。」
「…そうか。ならばお前の判断に委ねよう。」
この時の2人の会話が何を意味するのか、私にはわからなかった。
ただなんとなく、団長は私が他の新兵のように段階を踏まずに遠征に同行することに反対なんだろう、ということだけは伝わった。
そして団長の言葉を受けてエルヴィンさんも団長に敬礼し、私たちは団長の下を離れた。
「団長。」
「なんだ、ディータ。」
「…いいんですか?いくらエルヴィンの進言だからと言え、新兵をいきなり1ヶ月以上の壁外遠征に同行させるなど…。」
「…」
「通例通り、巨人や壁外での活動に慣れるべく他の新兵同様壁外遠征に向けての訓練後、まず1週間の短期遠征からの方が、」
「だからお前は一兵士止まりなんだ。」
「え?」
「…エルヴィンは『我々』…引いては『人類のため』であるなら、あの少女1人の精神ケアなど如何様にもなると思っているんだろう。必要なのは『如何に即戦力としての使い手にするか』だ。」
「…」
「随分と非情な男に見込まれたものだな、あの少女も…。」
「…潰れなきゃいいですけどね…。」
「報告によると『あの』リヴァイのつききりの訓練にも泣き言1つ言わず耐えたそうだからその精神力に賭けるしかないだろう。」
「…ですが、」
「わかってる。『外』は机上で習う以上に壮大で…残酷だ。」
団長の思惑、エルヴィンさんの思惑。
それぞれが何を思っているかなんて、私にわかるわけがなく…。
ただ「今」の私を必要としてくれている人に答えたい…、なんていうとおこがましい気もするけど、こんな私を必要としてくれた以上、その人たちに何かしら返したいと思った。
そしてその人たちが「来週から壁外へ」と言うのであれば、私はそれに従うだけだった。
「報告が前後してしまったが、」
エルヴィンさんが歩きながら口を開いた。
「フィーナ、キミには来週の壁外長期遠征に同行してもらう。」
その言葉に、私はただ、頷いた。
「大丈夫。私の班は兵団内でも安全な位置な上、キミのことは私が責任を持って守ろう。壁外だから100パーセント安全だとは言い切れないが、よほどのことがない限り、キミが死ぬことはない。…その代わり、」
エルヴィンさんが立ち止まり、私を振り返った。
「キミがすべきことは、わかっているね?」
「…巨人の位置を、伝えること…?」
「それだけじゃない。」
「え?」
「巨人の位置を『より早く』『より正確に』伝えることがキミがするべき、そしてキミにしか出来ないことだ。」
私に「しか」出来ないこと…。
その言葉が、くすぐったいような、重たいような、不思議な感覚だった。
「…とりあえず、キミが初めての壁外遠征に挑むに当たり、陣形の説明や今回の調査目的など、頭に入れておいてもらいたいことが山ほどある。当日まで基礎訓練と、作戦確認等に追われると思っていてくれ。」
「はい。」
「…期待しているよ、フィーナ。」
ぽんぽん、と、エルヴィンさんは私の頭を軽く撫でた。
「あの、」
「うん?」
「…他の、新兵は同行しない、ん、ですよ、ね?」
私のその質問に、エルヴィンさんは目を逸らしながら答えた。
「今回我々の任務の最優先事項が何かわかるかい?」
「…なん、です、か?」
「フィーナ・スプリンガー。キミを壁外調査から無傷で壁内へと帰還させることだ。」
「…え?」
再び私の方を見たエルヴィンさんは、すごく真剣な顔をしていた。
「言葉は悪いかもしれないが、キミには我々がそうするだけの『価値』がある。…少なくとも私やハンジ、そしてリヴァイはそう思っている。」
「…」
「私の班は元々兵団内では安全な位置にいる。だが今回は『より安全にキミを守れる』ような陣形が組まれている。」
「…わ、たし、は、」
「その陣形に他の新兵は不要だ。今回はキミ以外の新兵の同行は無い。」
「…」
「キミは安心して我々に同行してくれ。キミが任務を遂行できるように。」
−え?エルヴィンがどんな人かって?−
−は、はい。訓練兵の中でも有名な人だし…。リヴァイさんに聞いたら「見たままだ」って言うだけだし…。ハンジさんなら教えてくれるかな、って…−
−まぁ…、見たままだよね−
−…はぁ…−
−エルヴィンは誰より優しい−
−はい−
−…そして誰より非情な男だよ−
訓練兵時代、ハンジさんと交わした言葉を思い出した。
それが「非情」か?と聞かれたら、わからない。
だけど…。
エルヴィンさんは、リヴァイさんとは違う、「怖さ」のある人だと思った。
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bkm