ラブソングをキミに


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卒業、そして


6


明日はいよいよ入団式。
私は本格的に「兵士」になる。
…「私」が兵士なんて…。
それは怖い、とか、そういうことじゃなく、なんだか雲をも掴むようなことで…。
確かに「そうなるため」の訓練はしていた。
でも実際に兵士になるなんて…なんだか…、一言で言うなら「現実味がない」
それはやっぱり、未だにはっきりと思い出せるあの平和すぎるほど平和だった「記憶の中の世界」が存在しているからなのかも、しれない…。
…もっとも、個人の尊厳的には、こちらの世界の方が、私には平和と言えるのかも、しれないけど…。
そう思ったらまたフッと、「記憶の中の世界」で好きで、…嫌いだった、いつか口ずさんでいたあの歌を歌いたくなって、またこっそりと、部屋を抜け出した。


「…やっぱり明るい…」


特に今日は満月。
街灯なんて、ないけれど、大きな月と、星の瞬くここは、すごく、明るい。


「〜♪〜」


なんで宿舎のあの部屋で歌わないのか、なんて、そんなの決まってる。
「この世界」の建物は、まだまだ「記憶の中の世界」と比べ未熟で、至るところの壁が薄いからだ。
歌おうものなら、すぐに隣から煩いだなんだ言われてしまう。…と、思う。
訓練兵の3年間、雪山訓練とか…。
そういう時にこっそり口ずさんでいたけど、夜はずっとリコちゃんと話していたから、こんな風に星空を見ながらって言うのは、本当に久しぶりだった。


「また脱走か?」


口ずさんでいた私の後ろから不意に聞こえた声に振り返ると、


「リヴァイさん…。」


いつか、そうだったように、ランプを片手にどこか呆れたような顔をしているリヴァイさんが立っていた。
…「また」?


「『また』って、なんです、か?」


こんな時間に誰も来ないであろう、調査兵団宿舎の裏手にある小高い丘の上。
その丘でちょうどよさそうに倒れている木に座っている私の隣、倒れている木に寄り添うように転がっている石の上にリヴァイさんは座った。


「お前はよく夜中に宿舎から抜け出す。」
「…そ、んなこと、ない、です、けど…、」


私の言葉を聞いているのかいないのか、リヴァイさんは足元にランプを置いてそのまま瞬く星空を見上げた。
それにつられるように、見上げた空にはキラキラと、星たちが輝いていた。


「ここよりももっとよく見える場所があるぞ。」


リヴァイさんは星を眺めながら言う。


「地平線て言葉、知ってるか?」


リヴァイさんは星を眺めるのをやめて私の顔を見て尋ねてきた。
…地平線、て、あの地平線のこと、だよ、ね?


「空、と、大地が、接しているように見える面のことです、よ、ね?」
「あぁ…。」


リヴァイさんは伏し目がちに、今度は地面を見つめて口を開いた。


「こんな『籠の中』の空じゃなく、どこまでも続く空のことだ。」


リヴァイさんはそう言うと、首を少し横に、私たちが押し込められている「籠」の方へ、目を向けた…。
…あぁ、そうか。
「この世界」は壁に囲まれていて、一般人が地平線なんて、見れるわけがない…。
壁の上に登れば、見えるかもしれないけど、それは「兵士」だから許される行為。
普通なら、「地平線」なんて言葉自体、知らないのかも、しれない…。


「あれを1度見たら、こんな『籠の中』の空、狭すぎるぜ?」


そう言って、リヴァイさんはもう1度空を眺めた。
リヴァイさんは「壁の中」ではなく、「籠の中」と言う。
それはまるで、壁の中の人類が、ペット…あのニュアンスだと家畜か何かとでも言っているように取れる。
それが現実なのかはわからないけど、「記憶の中の世界」がある私には、リヴァイさんの言い方はひどく…。


「お前の村の歌、」
「え?」


リヴァイさんが不意に私を見て言った。


「…あの歌の意味は知らねぇが、ここよりも『外の世界』の方が合ってんじゃねぇか?」


リヴァイさんは普段から無表情だ。
でも、その無表情の中にも少し、感情と言うものが見えるような気がした。


「よく、」
「あ?」
「…よく、『私の村の歌』って、覚えてました、ね。確か、訓練兵になる前、ですよ、ね…?」
「…良い歌は覚えてる。」
「そうです、か…。」
「あぁ。」


リヴァイさんは「意味は知らない」と言ったけど、それでも「良い歌」だと認識してくれていたんだ、と、どこか胸が温かくなった。


「で?」
「え?で?」
「もう歌わねぇのか?」
「……………えっ!?」


そもそも私がここに来たのは星空を眺めたい、って言うのもあったけど、人様に歌声を聞かれるのが嫌だからなわけで…。
目の前にはジーッとこっちを見ているリヴァイさん。
……………それはつまり、この状況で歌え、と言うことですか?


「…やっ、ほ、ほら、私っ、誰かに見られながら歌うなんてそんなっ、」
「………」


リヴァイさんは一瞬の沈黙の後、ため息を吐きながら私とは反対側を見た。


「見てねぇから歌え。」


……………そういう問題じゃないですよね?
なんて思っていても、あっち側を向いたリヴァイさんが動く気配は全くなく…。
これは本当に私が歌わない限りこの人動かないんだろうな、と、今までのリヴァイさんの行動からなんとなくそれを感じ取った。
ふーっと、大きく息を吐いて、


「〜♪〜」


いつもより少し、上ずりながらリヴァイさんの気が済むまで、リヴァイさんが「良い歌」と言った歌を、歌っていた。

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bkm

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