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「は?パン食いに行った?」
その日、訓練兵の宿舎に戻った後、リコちゃんにどういう訓練してきたのか問われ(制服が全く汚れていなかったから)答えたら、やや声を裏返して言われた。
「た、ぶん、この間リコちゃんが言ってた、トロスト区の中心地より少し路地に入る、」
「あのパン屋まで行ったのか!?なんでっ!!?」
リコちゃんは本当に驚いた顔をしていた。
…その反応はすごくわかる。
私も本当に驚いたから…。
「立体機動訓練でトップを取ったご褒美だって…。」
「ご褒美、って…。」
まさか「あの」リヴァイさんがご褒美をくれる、と言うのも驚いたけど、そのご褒美って言うのが美味しいパン、て言うのもなんて言うか…。
「…それでわざわざトロストまで行ったのか?あの男と2人で?」
「うん…。」
「なんだそれ?」
リコちゃんは心底呆れたように言った。
「なんだ、って、なに…?」
「だってお前それじゃあ、デートにその制服で行ったってことだろ?あり得ない!」
何考えてんだお前、って言いそうなほどリコちゃんは盛大にため息を吐いた。
…………………で、でーと!!!?
「ち、違う違う!ぜんぜんそんなんじゃっ、」
「はぁ?どこが違うんだよ?」
リコちゃんは本当に呆れた顔をしながら私を見てきた。
そ、そんなこと言われたって…。
「だ、って、」
「うん?」
「…」
「何?」
「…デートって、もっとこう…、楽しいもの、じゃ、ない、の?」
今現在、私の「記憶の中」にある人生と、そしてラガコ村で目を覚ましてからの人生。
2つを合わせたとしても、デートなんてただの1度もしたことがない私のあくまでイメージでしかないけど…。
もっとこう…、
「少なくとも、乗馬の訓練しながらトロスト区まで往復するようなものじゃ、ないと思う…。」
あんな沈黙が長いものじゃなく、お互いに楽しそうな会話があるようなイメージが…。
私の言葉を受けたリコちゃんは、うーん、と腕を組み考え出した。
もっともリヴァイさんと2人でいるときの沈黙は、慣れたというか…、それが当たり前って思ってしまっているから…。
そりゃあ馬が暴走しかけた直後の沈黙は痛かったけど、それ以外はなんて言うか、それが当たり前の風景であって、嫌な思いとかは、ぜんぜんしなかったんだけど…。
…それとリコちゃんには言ってないけど、実はパンを食べた後、
「え?」
「だから行きたい場所があるなら連れて行ってやると言ってんだろ?ちゃんと聞いてろ。」
なんてリヴァイさんに言われて…。
リコちゃんとは、パン屋さんに行った後でお洋服みたいね、とか言ってたけど「リヴァイさん」と行きたいかと言われたらそれは微妙なわけで。
「…特にない、です。」
「そうか、じゃあ帰るぞ。」
って言うやり取りがあった。
なぜそのことをリコちゃんに言わなかったのかは、自分でもわからない。
けど、もしあれでどこか別の場所にも連れて行ってもらってたらそれこそリコちゃんの言う「デート」のような状況になってしまうわけで…。
だからなのか、なんとなく、言えずにいた。
だけどさらにその後の、
「だから座るんじゃなく跨げと言ってんじゃねぇかっ!」
トロスト区からリヴァイさんを調査兵団宿舎に送り届けるまでの間、ずーーーーっと腰あたりをリヴァイさんの両手でがっつり押さえこまれてお尻を軽く浮かせた状態で馬を走らせていて、デートがどうのとか言う前に、まず自分の足が痙攣起こさないかが心配だったとか、そんなこと本当にリコちゃんには言えずにいた…。
「じゃあ今度の休暇はさ、」
「あ、ごめん…。」
「え?」
「…次の休暇は、乗馬訓練するって言われた…。」
「……………」
リコちゃんに言うと、リコちゃんは大きなため息を吐いた。
「フィーナはそれでいいの?」
「え?」
リコちゃんが心配そうに私を覗き込んできた。
「フィーナの話だと『アイツらが』調査兵団に入ってほしがってるんだろう?」
「…」
「それを受諾したのは確かにお前だ。でもまだ訓練兵だろ?私にはそこまでする必要性が感じられない。」
「…」
「今からそんなに拘束されて、いざ調査兵団に入ってみろ。お前バカみたいにこき使われるぞ?」
「…べ、つに拘束なんかじゃ、」
「あのねぇ、お前がそう思っていないだけで、周囲から見たらそうとしか見えないんだよ!…いくら人類のためとは言え、安全な壁の中のからわざわざ外に出ようって集団に目つけられて、なんとも思わないわけ?」
リコちゃんの言い分はわかる。
わかるんだけど…。
−俺たちにはお前が必要だ−
「わ、たし、」
「うん?」
ふぅ、と、大きく深呼吸をして、リコちゃんの目を見ながら口を開いた。
「本当に、調査兵団に入りたいと思ってる。」
「…」
「そ、りゃあ、リヴァイさんの特訓はちょっとどうかと思うことはあるけど…。でも無駄なことはない、し。」
「…」
「リヴァイさんは厳しい、って言うか、神経質な人だから、出来なかったら徹底的に、って感じで、嫌だなぁって思う時もある、けど…。でもだからってそれを拘束とは思ってない、し。」
思い返せば今までの人生。
誰かの目を見ながら、こうもはっきりと「自分の意志」と言うのを言ったことは、なかった気がする。
「調査兵団に入ることに必要なら、少しずつでも、やっていきたい、って、思う、ん、だ…。」
ただ最後の最後まではっきりと言い切れなかったのが、すごく私らしかった気も、した。
だけど…。
「…わかった。」
「え?」
「フィーナがそこまで言うならもう言わない。」
「リコちゃん…。」
「けど1つ聞いていいか?」
「うん?」
「なんでそこまで調査兵団に拘る?」
「…なんで、なん、て、」
「なんでなんて?」
−俺たちにはお前が必要だ−
「私を、必要としてくれた、から…?」
もし、あの日、あの時、リヴァイさんたちに投げつけられた石を身を呈して防いでいなかったら、今は、どうなっていたんだろう…。
「記憶喪失」となっている私は、あの小さな村で、好奇の目を向けられながら、いつか戻れるかもしれない「記憶の中」の世界を、夢見てただただ、待っていたんじゃないか、って思う。
でも、今は違う。
私が「ここ」で生きていくための術を、示し教えてくれた人たちと出会えた。
だから…。
「そうか…。じゃあまぁ頑張れ。」
リコちゃんは、そう言ってベッドに滑り込んだ。
調査兵団に入るために。
この日、改めてそのことを胸に誓った。
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bkm