ラブソングをキミに


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訓練兵としての一歩


3


正直なところ、「兵士」になろうなんて女の子、いないんじゃないかって思ってた。


「リコ・プレツェンスカです。」


訓練兵として集まったそこに、何も兵士を目指さなくてもいいんじゃない?って言う頭も良さそうで顔も可愛い子が私の隣で教官に向けて敬礼していた。


「フィーナ・スプリンガーです。」
「そうか、スプリンガー。お前はなんのために兵士を目指す?」


ここに来る前、調査兵団の宿舎でハンジさんに会った。
訓練兵は1番最初の通過儀礼と言う名の洗礼を受けなければならない、とハンジさんは教えてくれた。
なんのことかと思っていたけど、前の人たちが教官にやられている様を見て、このことか、と納得した。


「調査兵団へ入団するためです。」


ハンジさんのアドバイスは「とにかくはきはき簡潔に答えること」だったので、聞かれそうなことは何度も何度も脳内でシュミレーションをして何とか詰まることなく、答えることが出来た。
そもそもこの教官、怖い怖い、と言われていたけど、「あの」リヴァイさんと1ヶ月半も一緒にいたらこの教官の目つき顔つきは可愛いものだと思う。


「いたっ!!?」


顔の迫力はリヴァイさんに負ける教官は、何の前触れもなく足払いをし、私を地面に倒した。


「エルヴィン・スミスの子飼いが調子に乗ったことをするとこれだけでは済まさんぞ。」


教官は他の子に聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう言い去っていった。
…エルヴィン・スミスの子飼い、って、エルヴィンさんの子分か何かだと思われてるの!?
いやいやいやいやいや、結局私、リヴァイさんの特訓中もエルヴィンさんとは会ってないですよ!
あの日、調査兵団に勧誘された日に会っただけで、エルヴィンさんなんてほんと全く交流がない人ですよ!
なんでそんな、


−お前の成績は随時俺やエルヴィンの元に報告が来るようになってる−


…あれか!
リヴァイさんのせいか…!
ハンジさんにならまだしも、エルヴィンさんにまで報告あげるみたいなことするからこんな仕打ち…!


−お前は訓練兵になってもトップを目指す必要なんかねぇし、10位以内に入る必要もない−


もともと私なんかが10位以内に入れるわけなんてないって知ってるからそんなの狙わないし、そういう意味で目立つことはまずないけど。
でも悪い意味でも目立たないようにしないととひっそり思った。
なのに…。


「え…。」


何故今までそこに考え至らなかったのか。
何故今までそこを見ようとしなかったのか。
リヴァイさんの特訓期間だけでも1ヶ月半あったのだから、もっとどうにかなったのかもしれないのに、


「字が…、読めない…。」


「教科書」としてもらった本に書かれている文字は、全く理解が出来ないものだった。
どうしよう、どうしよう。
なんでなんでなんで。
そんなことばかり浮かんでくるけど、解決策なんてもちろんあるわけがなく。


「つまりここの後頭部より下のうなじにかけての縦1m幅10cmの部分を、」


教官が黒板に書く言葉を「耳」で聞いて理解していくしかなかった。
だけど…。


「やる気がないなら辞めちまいな。」


気づく人は気づくようで、同じ部屋のリコさんに、そう言われた。


「べ、つに、やる気がないわけじゃ、」
「へぇ?じゃあお前は座学なんてやるまでもないとでも思ってるわけ?」
「…そういうわけじゃ、」
「じゃあなんなの?」


リコさんはどうやら、初日に教官が小声で言っていた「エルヴィン・スミスの子飼い」発言が聞こえていたようだった。
そして私が知らなかっただけで、エルヴィンさんは兵士を目指すものの中では有名人。
…次期、調査兵団の団長になるだろうという人物らしかった。
確かに私はエルヴィンさんと面識はある。
でもだからと言ってここで優遇されているわけではない。
…むしろ優遇されていないから今のこの困っている現状に至るわけで。
でもまさか「字を読み書きできません」なんて、誰に言うことも出来なくて。
今日の座学の初の抜き打ちテストで自分の名前すら書けない私は、白紙で出さざるを得なかった。
…それに対して教官がお前ふざけてんのか発言をし施設内5周させられた後、くたくたで部屋に戻ってきたら同じ部屋のリコさんにお前ふざけてんのか発言をされてしまった…。


「だいたいお前、なんなんだよ?」
「なに、って?」
「特に運動が出来るわけでもなければ、座学に至っては白紙で出すような不真面目さ!それがなんでエルヴィン・スミスに目をかけられているんだ?」


リコさんは自他共に認めるような逸材だ。
だれに贔屓にされているわけでもないけど、運動も勉強も出来る。
訓練兵の中では、リコさんのトップ10入りは確実だろう、と言ってる人もいるくらいだ。
…そんな人から見たら、兵士の中でも有名人なエルヴィンさんから目をかけられている、と言うのはきっと納得いかないんだろうと思う。
正直すっごく疲れていて今すぐ寝たい。
だけど同室故にリコさんがそれをさせてくれなそうで、言葉に詰まりながら話し出した。


「別、に、目をかけられているんじゃなくて、」
「…」
「たまたま、1回会ったことが、ある、くらい?」
「…お前さ、」
「え?」
「人と話してる時になんで人の目を見て話さない?馬鹿にしてるのか?」


リコさんは、あからさまにムッとした顔で聞いてきた。


「べ、別に馬鹿にしてるわけじゃ、」
「だいたいその喋り方も、おどおどとしていてイラつく。言いたいことははっきり喋りな。」


それが出来ないから、こういう喋り方なんじゃない、って。
今度は私がムッとした。


「調査兵団目指してるんだろ?壁外でそんな喋り方してるとあっという間に食われる。」
「…好きでこういう喋り方なわけじゃないし、」
「はぁ?じゃあ何?」
「…」


今日はすごく疲れている。
それは確か。
だから早く寝たかった。
普段なら、「これを言われたら気分を悪くするだろう」とか「これを言ったら嫌われるだろう」なんて思って絶対に口にしないし、まして口喧嘩なんてもっての他だ。
だけど今日はイライラとしている自分を抑えられずに、ありのままをぶつけた。


「ほら、言いたいことあるなら、」
「リ、リコさんみたいに!」
「え?」
「リコさんみたいに人と上手く話せないのがそんなに悪いこと!?自分の言いたいことどう言っていいかわからないだけでしょ!?」
「…」
「エルヴィンさんのことは、本当にたまたま1度会っただけで、その後のことなんて知らないし!」
「…」
「初日に教官から『エルヴィンさんの子飼い』なんて言われて私の方が迷惑してるし!!」
「…」
「それに、座学だって…。」
「何?」
「…座学だって、出したくて白紙で出したんじゃなくて、字が読み書き出来ないから白紙で出さざるを得なかっただけだし…!」


リコさんに対してムッとしていたのは確か。
…だけど、途中から、「何をやってもうまくいかない自分」に対しての叫びになっていたような気がした。


「なんだ。」
「…」
「ちゃんと自分の主張出来るじゃん。」
「…え?」


リコさんはやれやれ、と自分のベッドに潜り込んでいった。


「自分の腹のうちも明かさないような奴と少なくともあと3年近く同じ部屋なんてごめんだからね。」
「…」
「私の部屋なのに、ぜんぜん休まらないだろ。」
「…リコさん…。」
「言いたいことがあるなら言いな。私もお前に言いたいことがあるならはっきり言う。じゃないと居心地悪いんだよ、この部屋。」


リコさんとは知り合ってまだ1ヶ月ちょっと。
以前の私なら、その短い期間で「嫌いだな」「苦手だな」と思う人はいても、「好きになれそう」と思う人なんて、絶対に出来なかったと思う。
だけどリコさんは、きっと…。


「それと、字読めないって?」
「…はい。」
「…空いた時間に教えてやるから、今日みたいな答案出すんじゃないよ。」


そう言ってリコさんは私に背を向けて寝た。


「リコさん。」
「…」
「ありが、とう。」
「気持ち悪いから『さん』をつけるんじゃない。」
「…リコちゃん?」
「………………明日も早いんだから寝ろ。」


むくりと起き上がって私を睨みつけたリコちゃんは、しばらくの沈黙の後ため息を吐いてそう言った。

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bkm

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