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天国のお母さん。
美和姉ちゃんに憧れ、美和姉ちゃんみたいになりたくて、ずっと頑張って生きてきました。
警視庁に入庁した日、本当に嬉しかったのも事実なんです。
美和姉ちゃんのように高らかに正義を掲げて仕事をする日を夢見ていたんです。
だけど私は出逢ってしまった。
彼の言う、運命に。
まさかそんなお伽話のような話が自分の身に降りかかるなんて思ってもいませんでした。
美和姉ちゃんのように、いつか渉さんのような人を見つけて慎ましやかにも誠実に生きていく。
そんな未来を思っていたんですが、実際は大間違いです。
私は彼に魔法をかけられ、そして今もまだその魔法の中にいます。
正確には、その魔法の中に「いてあげる」んですけどね。
彼には内緒です。
でもー。
「お!ここにいたの?」
「準備出来たんですか?」
「おぅ!ばっちり!」
さぁ行こうと快斗さんは首を動かし促した。
ここは、いつかの時に快斗さんが盗一さんに会わせてくれた場所。
少し山を登ると見える遮る物など何もない、満天の星空。
「じゃあ飛ばすぜ?」
今日はこの場所で2人、ランタンを飛ばす約束をした。
願いが叶ったことに感謝して。
夜空に、揺れる淡い光が高く高く飛んでいく。
まるでこれから1つ夜空に新しい星が上って行くかのような光景だ。
「けど快斗さんがこうしてる時点で私の願いは叶ってないんですけどね」
「何言ってんの!七海ちゃんの願いもばっちり叶ってんじゃん!」
細い月明かりの元、新しい星になる光を2人で見上げていた。
「言ってただろう?『美和姉ちゃんみたいに、渉さんのような恋人ほしい』って!」
「ほしいとは言ってなかったような?」
「そうだっけー?でも俺が七海ちゃんにとっての渉さんになるなら問題ないでしょ」
「…そーいえば初めてショーを見に行った時に夢が叶うようにと青薔薇貰ったけど、あれは盛大な嫌味だったんですね」
「んなわけあるかよ!」
暗闇の中でも、快斗さんが笑っているのがわかる。
快斗さんはよく笑う。
いつの頃からか、本当に、心の底から楽しそうな顔で笑う姿を見せてくれるようになった。
それはかつて言っていた「いろんなしがらみ」から解放されたからだろうと思える。
「快斗さんの魔法って結局のところ上手くいったのかわからないですね」
「は?上手くいってんじゃん!」
「いやこの前志保さんとも話してたんですが、魔法使いなんて言われてるのに魔法が失敗したことへの同情なんじゃないか、って」
「志保さん酷くね?あの人俺に冷たいよね?」
「彼女はクールなんですよ」
「クールって言えばこの間名探偵がさー」
天国のお母さん。
私は彼に魔法をかけられ、そして今もまだその魔法の中にいます。
正確には、その魔法の中に「いてあげる」んですけどね。
彼には内緒です。
でも、でもね。
それがとても心地いいんです。
あんなに固執していた美和姉ちゃんと同じ「刑事」という肩書きを捨てられるほどに、この場所を手放したくないんです。
私の信念すら大きく変えたこの魔法のような出来事は、彼が私にかけたかった魔法とは少し、違うのかもしれません。
でもこれはきっと彼と出逢ったことで廻りはじめた運命なんだと思います。
それこそが、彼が私にかけた、ううん、もしかしたら私たち2人でかけた魔法なのだから。
その証拠に、何をするわけでなくとも、彼といるだけで今も胸が高鳴るんです。
いつかこの生が終わりを迎える時、今のこの選択を私は後悔するのかもしれません。
だけどその後悔も、彼と一緒ならいいかなーと今は思ってます。
「次はさー、オーストラリア行こうぜ。すっげー景色いいとこあるから!」
「その前に就職先見つけます」
「だーからそれは俺のところに永久就職すればいいって言ってんじゃん!」
「だからそれはお断りしたじゃないですか」
「だからなんで!?」
「私に専業主婦は向きません」
「あ、うん。それはそう」
「やっぱり工藤さんのところで雇ってもらえないか相談してみようかな」
「断固反対!アイツのとこなんて絶対ブラックだから辞めておけって!人間離れした無茶ぶりされっから!!」
その「いつかの生を終える時」までは、今こうして彼と2人で、生きていってもいいんじゃないかと思ってます。
私がいつか、お母さんのところに行くその日まで、どうか温かく見守っていてください。
その時はきっとお母さんに彼を紹介し、この魔法のような出来事の続きを一緒にお話出来ると思います。
それでは、いつかお母さんと再会できる日を楽しみにしていてください。
敬具
七海
fin.
bkm