■34
「テ、メェ…何で呼びやがった…!」
「俺が今考え得る中でこの状況を打開できる唯一の人間だからだよ!」
キッドの言葉に工藤さんがそう答えた。
「腹を2発撃たれてます。1発は掠っただけのようですが、もう1発は体内に残っている可能性がある。直ぐにここから運び出したいんです」
罰の悪そうなキッドを前に、工藤さんは私に問う時間を与えないように矢継ぎ早に言葉を紡いだ。
「今から俺が車を持ってきます。七海さんにはその車に同乗してもらい、検問を一緒に抜けてもらいたい」
「…」
「言いたいことも聞きたいこともあると思いますが、まずはここを抜けてからにしてください」
睨みつけるように見た私の視線に気づいた工藤さんはそう言い、車を持ってくると言いこの場を去った。
「…」
何をどう思ったのかわからない。
目の前にいる血塗れの彼に対して言葉が出てこなかった。
「逃げるなら、今ですよ」
無言で佇む私にキッドが声をかけてきた。
「私の逃走を助けたとなれば、佐藤七海巡査。あなたもタダじゃ済まない」
お腹を抑えている手袋は元々赤い色だったのかと錯覚するほどに血で染まっていた。
「あなたがここで去っても、恨む人間はいません。私も、もちろん名探偵もです」
あなたの正義に従ってください、と、息も絶え絶えにキッドは言う。
「ここで泥棒を助けないことが正義なら、ここで怪我をしている人を助けることも正義です」
私の言葉に、
「損な性格だ」
キッドは薄く笑った。
「七海さん!」
ヘッドライトを照らしながら工藤さんが現れた。
「コイツにはトランクに身を潜めてもらいます。検問ではトランクの中も対象と思いますが、七海さんがいれば免除される可能性が高い。そこに賭けます。いいか?オメーはここで物音立てんじゃねぇぞ!窮屈だろうけど、ぜってぇ助けてやっから大人しくしてろ」
工藤さんはそう言ってトランクにキッドを隠し運転席に乗り込もうとした。
「工藤さん」
逃げるなら今。
確かにそうだろう。
でも、決めたからには動くだけだ。
「手が血塗れです。それじゃあ隠しきれません」
「…」
「運転は自信がないですが、私が運転します」
その言葉に工藤さんは一度大きく目を見開いた後、ありがとうございます、と、小さくでもはっきりと言った。
「免許証確認します、て、七海ちゃん!?」
「お疲れ様です」
工藤さんに行き先だけ聞いた後、終始無言の車内に数分ぶりに響いてきた声は検問の警官、捜査一課の千葉刑事の声だった。
彼は美和姉ちゃんや渉さん同様、私を七海ちゃんと呼び可愛がってくれている。
「ど、どうしたの?え?こんなところで何してって、工藤くん!?え!?なんで!?」
「どーもー、お疲れ様でーす」
工藤さんは血塗れの手を隠すべく、ジャケットを脱いで膝にかけ、その中に手を入れている。
そのジャケットも血がついているけど、夜の車内、しかも助手席側であるなら千葉刑事からは見えないだろう。
「個人的に工藤さんの意見を聞きたい案件があってつきあって頂いてたんです」
「あー、なるほど」
「遅くなってしまったので、ご自宅まで送ろうかと。トランク開けましょうか?」
私の言葉に千葉刑事は、
「いやいや、大丈夫だよ。気をつけて帰ってね」
快くそう言ってくれた。
「はい。では失礼します」
「失礼しまーす」
検問後少し走らせた後で、
「正直少し焦りました」
工藤さんが口を開いた。
「何がです?」
「七海さんがトランク開けようかって切り出したから」
「あぁ…」
工藤さんが行き先に指定したのは、郊外にある一軒家。
「簡単な人間心理です。千葉刑事は真っ直ぐな人ですから、ああやって言うことでこちらにやましいことがないとすぐ切り上げてくれると思ったんです」
「さすがです」
その後再び無言になって数分、
「ここです。七海さんはトランクを開けてください。俺は玄関を開けてきます」
目的地に到着した。
工藤さんに言われた通り、トランクを開け中を確認すると、
「…」
キッドが苦しそうに小さく丸まって横たわっていた。
どうしてそういう行動に出たのかわからない。
けど、ほぼ無意識に苦しそうにしているキッドの顔から彼の代名詞でもあるモノクルを外した。
月下の奇術師、怪盗キッド。
その素顔はやっぱり、私が知っている人物の顔だった。
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bkm