■27
「まぁ、そんな冗談はさておき、」
工藤さんはそう言い、こほん、と1つを咳払いをした。
…今の冗談だったんだ…。
この人のことだから、本気かと思ってしまった。
「一般的に言うなら、好きな人のこと、ではないでしょうか?」
物凄く失礼なことを考えていた私に対して工藤さんは真っ直ぐに見つめて言った。
「…いや、それは、」
言いかけた時、あの言葉をもう1度思い出した。
2人の人間から聞いた言葉。
1人は快斗さん。
快斗さんは私に一目惚れしたと公言している。
そしてもう1人は怪盗キッド。
彼は何故…。
「あまり参考にならなかったようですね」
黙ってしまった私に工藤さんは、すみませんこの手のことは苦手で、と口にした。
それに対して首を横に振って返事をした。
「ならあともう1つ聞いてもいいですか?」
「俺でわかることなら」
「別々の人間が、全く同じ言葉を口にするのはどれくらいの確率だと思いますか?」
私の言葉に、さっきよりは彼の得意分野なのかどことなく安心したような表情をした。
「まぁ単語であるなら、そんなの日常的でしょうが、文章となると確かに確率の話が出てもおかしくないですよね」
それは先ほどのワードですか?と工藤さんは聞いてきたので、大きく1つ頷いた。
「あれだと、確かに誰でも言いやすい長さではありますよね。でも例えば『月が見える場所』なのか『月が見えるところ』なのかでも枝分かれし得る言葉です」
工藤さんは私にもわかりやすく例えを出してくれた。
これは間違いなく彼の得意分野の域の話題だったようだ。
「そうなってくると多少確率は下がるわけですが、ヒントはそれだけですか?」
「ヒント…」
「えぇ。その一文だけであるなら、そこまで確率は低くないですよ」
「…なら、」
ー月が見える場所で会えて嬉しかったぜー
「その言葉を発した人物の声が似ている確率は?」
意識が遠のく直前、キッドの素の声と思わしき声を聞いた。
でもすでに意識が朦朧としていたから、確証はない。
「それ本気で聞いてます?」
でも心のどこかで引っかかっていること。
「それはもう、その人物が別人と見せかけた同一人物でしょ」
いつかの時に、快斗さんが発して、知らず知らずに私の心の奥底に沈んだ言葉は、今この瞬間に再び浮かび上がってきた気がした。
「七海さんはその人物を同一人物と思いたくないんですね」
「…そういうことではなく、あまりにも飛躍しすぎた発想なので…」
ほんのわずかな引っ掛かり。
それがこう繋がるとは、さすがに無理矢理すぎる。
私はそう思うのだけど、
「七海さんに良い言葉を教えますよ」
工藤さんは違ったようだ。
「不可能なものを除外していって、例えそれがどんなに信じられなくても残ったものが真実なんです」
ホームズの受け売りですけどね、と工藤さんは言った。
「七海さんが考え得ること全て1つずつ潰していった時、最後に残ったものが例えどんなに突飛で滑稽であったとしても、それがたった1つの真実です」
「…工藤さんが言うと重みがありますね」
「力になれました?」
「はい。…たぶん」
良かった、と息を吐いて工藤さんは帰って行った。
…どんなに信じられないものであったとしてもそれがたった1つの真実、か…。
それを断定するだけのものは何1つない。
それどころか、私の幻聴だったと切り捨てられかねない。
…でもそんなことより何より、こんな不確かな情報だけで、快斗さんを疑いたくなんてない。
そう思った私は万が一この選択が真実から目を背くことになったとしても、改めて、このことを自分だけの胸に秘めることに決めた。
…後になって気づいたのは、きっとこれも、彼の魔法のせいだったのだろうということ。
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bkm