■23
「素晴らしい!」
パチパチと、キッドが渇いた拍手をした。
「佐藤七海巡査。やはりあなたは警視庁期待の才女と呼ばれるだけある」
「それは当たっているということですか?」
「さぁ、どうでしょう。秘密は秘密のままの方が惹かれませんか?」
この屋上に来た時のように、キッドは人差し指を口元に当てながらそう言った。
「あぁ、でもあなたに1つだけ訂正したいことがあります」
キッドは1度天空を仰ぎ、再び私を見据えて口を開いた。
「以前あなたは私を愉快犯だと言った」
「えぇ、言いましたけど、違うんですか?」
「全く違います」
大袈裟なまでに首を横に振る怪盗キッド。
…いちいち芝居がかっている。
「当初は最優先しなければいけない事がありましたので、ビックジュエルを狙っていましたが、その件に方がついた今、他に手をつけられるようになっただけです。けどまぁ、この姿でしか得られない高揚感というのは確かにありますけどね」
「それはつまり、ただ闇雲に盗みを働いているってことじゃないですか」
「まさか!今の私はまぁ…恩返しと言ったところですかね」
それもあと少しですけどね、と、顎を手で擦りながら言うキッド。
…恩返し?
誰に?
何のために?
「それにしても、」
私が無言でいたら、キッドが再び話しを始めた。
「せっかく2人きりで話せるので、てっきり前回の口づけのことを聞かれるのだと思っていたのですが」
白い手袋越しに、自分の唇に触れおかしそうに笑うキッド。
…あぁ、そういえば、
「そんなこともありましたね」
あの後、快斗さんの怒涛の攻めにあっていた私はすっかり頭からその事が消えていた。
…これはある意味、快斗さんに感謝しなければいけない。
「随分連れないことを言う」
私の言葉に気分を害したとでも言うかのように、声のトーンを少し下げてキッドは言った。
「巴御前には、私との口づけを忘れさせるような男でもいるんでしょうか」
「そうだと言ったらどうします?」
「妬けますね」
決して嘘は言っていない私の言葉に、やはりどこか、キッドの言葉の熱が下がったような印象を受けた。
妬ける?
あなたが何故?
私が口を開きかけた瞬間、
「おっと、残念ながらタイムオーバーです」
キッドが一歩、私に踏み込んできた。
「今日、私を捕まえないんですよね?」
「捕まえられると思えないだけで、捕まえないとは言ってません」
更に一歩、私の方へ近づいてくる。
「なるほど。巴御前は私とのスリルを長く楽しみたいわけだ」
「いいえ、それ以上近づくなら本気で行きます」
一歩一歩、近づいてくるキッドに空手の構えをした瞬間、
「んぐっ!?」
「タイムオーバー、って言ったろ?」
後ろから手を回されタオルを口に当てられた。
一体何が起きているかわからない私が、意識を手離す瞬間見たのはいつすり替わったのか、それまでキッドだと思って話していた物体が音を立てて萎んでいく様。
そして、
「月が見える場所で会えて嬉しかったぜ?」
恐らく、キッドの素の声であろう青年の言葉だった。
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bkm