■22
「こんばんは、麗しのお嬢さん。この怪盗めの戯言を聞いてくださりありがとうございます」
扉を閉めると、怪盗キッドは恭しく私に頭を下げた。
その言葉を聞きながら、一歩足を踏み出そうとした時、
「おっと、」
キッドもあからさまに一歩、私から遠ざかった。
「すみません、佐藤七海巡査。前回の件で学んだので、あなたとは適切な距離を取らせていただきますよ」
月が西に大きく傾いている夜空でも、距離を置いている目の前の男が薄ら笑っているのがわかった。
「随分と遠い距離ですね」
「あなたが私を捕まえないなら、隣に行けますけどね」
「捕まえられませんよ、今夜は」
どうせ無理だろうしと言う言葉は飲み込んだ私に、
「そうなんですか?それでは出世が危ういのでは?」
茶化すようにキッドは言った。
「今ここでこうしてるのがバレた時点で、出世どころか警官としての資格も失う可能性がありますけど」
「それは大変だ!なら今宵の会話は2人だけの秘密にしなければいけませんね」
大袈裟に手を広げ驚いたキッド。
彼と直接対面するのはもう何度目か…。
でもこうして「怪盗キッド」という姿で私の前に長時間居続けるの初めてかもしれない。
変装ではなく、この男のニュートラルな状態。
「怪盗キッド」という、この人物のベース。
…この身のこなし、やっぱりどう考えても20代老いていたとしても30代前半というところだ。
以前の警視庁での私の考察を素晴らしいと言ったことから、やはり彼は2代目
「美しいお嬢さんから、そんな熱烈な視線を向けられると胸が熱くなりますね」
私が無言で彼を見ていたら、そんな事を言い始めた。
「何を考えているんですか?」
「…あなたのことですね」
「おやそれは光栄だ!」
大袈裟に、そして胡散臭く彼は言う。
…こんなことしていたらあっという間に時間がきてしまう。
もっと本題、踏み込んだことを聞かなければ。
私のその焦りにも似た感情が伝わったのか、
「それで?警視庁捜査二課の巴御前殿は私とどんな話がしたいんです?」
キッドの方からそう尋ねてきた。
「…何故わざわざ予告状を?」
「勝手に人の家に上がることはできないじゃないですか?」
「それなら暗号めいた言葉を使わなくともストレートに書けばいいんじゃないですか?」
「それじゃあロマンがないでしょう!」
「…」
私ときちんと話す気はないのだなと思った瞬間、
「逆に問いますが、巴御前は何故私が予告状を出すとお思いで?」
再び私に質問を投げかけてきた。
「大衆に自分の存在を知らしめるため、ですか?」
「なるほど!それはなんのために?」
「…何者かに『怪盗キッド』と言う存在を強く印象づけるために」
「ふむふむ。それは一体誰に?」
今この段階でキッドは私の言葉を否定しない。
ということは、やはり「誰かに自分を知らしめるため」の行動ということだ。
「以前言った通り、私の中ではあなたは2代目です」
「えぇ、そう仰っていましたね」
「初代と思われる人物が消えてからあなたが現れるまでブランクがある。世間では初代の存在も忘れ去られていたのに。でもあなたはあえて『怪盗キッド』と名乗ることにした。つまり、」
「つまり?」
「つまりそれは、初代、もしくは初代に関わる何者かに対するメッセージの可能性がある」
「…」
「あの予告状は、あなたのターゲットの所有者を含めた不特定多数にではなく、すでに定めらている特定の者、初代怪盗キッドの関係者に対し2代目であるあなたの存在を知らしめるためのメッセージ」
私の言葉に、怪盗キッドは今までで1番綺麗な弧を描き笑った。
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bkm