■18
私の中で完璧な女性と言ったら、それは美和姉ちゃんを指す。
私が完璧を目指すなんて無理な話だけど、そこまでいかずとも、美和姉ちゃんに近づけるような、そんな女性になりたいと思っているし、それが今の私の夢であり目標だ。
「七海ちゃんから見て『美和姉ちゃん』はどんな人なの?」
他人から向けられる好意に、不快に思うことなくここまで受け入れてしまうのは彼の人徳ゆえだろうか。
それも「私の顔が好きだ」とはっきりと伝えてくる好意であるのに。
快斗さんとバーでの時間を過ごしてから距離が縮まったものの、曰くシンデレラは帰る時間らしく、現在大通りにタクシーを拾いに向かっている。
「美和姉ちゃんは、強くて優しくてカッコよくて刑事の仕事に誇りを持ってて、いつも一生懸命で、周囲から頼りにされている人、かな?」
「じゃあ警視庁に勤務出来てる段階で、それもうほぼクリアしてんじゃねぇの?」
「うーん、どうでしょう…。あ!あと、恋人をすごく大切にしてる人!」
美和姉ちゃんが私に初めて恋人として渉さんを紹介してきた時は、正直ちょっと驚いた。
渉さん、少し頼りなさそうだから。
でも話してみると、すごく美和姉ちゃんを大事にしてくれている人だって伝わった。
「一見頼りなさそうに見えてもお父さんみたいな感じの懐の広い人で、誠実だしすごく優しい目をしてる人だから、そんな人を恋人にした美和姉ちゃんさすがだなーって思っちゃった」
すっかり酔いが回っている私を不快に思うことなく、快斗さんは会話を続けてくれた。
「なるほど?でも七海ちゃんにはそういう男、いつでも手に入ると思うけど?」
俺とかね、と快斗さんは言う。
…ここまで猛攻されると、ほんとに本気なのか疑ってしまうのは「刑事」と言う職業を選ぶ上で必要な性分だろうけど、「女」としては損をしているのかもしれない。
「お!タクシー止まったな」
快斗さんはタクシーを止めて私を車に乗せた。
「じゃあ、また連絡する」
バーで番号交換をした私たちは、ここで別れても別になんら問題はなかった。
…の、だけど。
「乗らないんですか?」
快斗さんはこれ使って、と私に5000円札を握らせた。
今日来てくれたお礼だ、と言いながら。
女、それも酔った女の力よりもずっと力強くお金を握らせていた。
その行為を受けながら、快斗さんに乗車の有無を尋ねた。
「ダメだろ、七海ちゃん」
「え?」
「よく知らない男に家まで送らせんなよ」
その言葉にハッとした物の、時既に遅く。
「じゃあお願いします」
そう言って快斗さんはタクシーのドアを閉めるよう促した。
せめてお別れの言葉でもと思ったのに、あっという間にドアは閉められ、
「…」
窓ガラス越しに笑顔で手を振る快斗さんに、私も振り返したところで車が出発した。
「誠実な男性ですね」
行き先を告げた私にタクシーの運転手がそう声をかけてくれたけど、そうですね、としか答えられなかった。
何故なら快斗さんの言動が嬉しかった反面、どこか少し、ほんの少しだけ、寂しかったような気もしたから…。
この時のことを振り返って、きっと私にかけられた魔法はこの夜完成したんじゃないかと思う。
それはまだ始まったばかりの。
だけど確実にそこからスタートする、壮大な魔法。
そして今もずっと、解けずにいる魔法の、始まりの夜だったと思う。
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bkm