■14
「今日お越しくださった皆さんに俺からの感謝の気持ちを込めて、1人1本ずつ、花をお受け取りください」
快斗さんの言葉に、数名のアシスタントが客席に花を配り始めた。
「ありがとうございます」
配られたのは1本の白い薔薇。
「皆さんは花言葉なんて興味ありますか?白薔薇は相手への深い敬意を意味するんです。本日俺のマジックに、いいえ、俺が使う魔法を見るためにお越しくださった皆さんに深い感謝と敬意を」
客席に配り終え、アシスタントの1人が快斗さんにも薔薇を渡した。
快斗さんはその薔薇を片手に深々と客席に頭を下げた。
「でも、今日のお客様にはこれよりももっとずっと、相応しい色がありそうだ。うーん…何色かな?」
「赤がいいー!」
快斗さんが片手に薔薇を、そしてもう片手で顎を摩りながら言った言葉に、会場からまた声が聞こえた。
「赤…?それはこんな色ですか?」
快斗さんがそう言いながらパチンと指を鳴らした瞬間、快斗さんの持っていた白い薔薇が真紅の薔薇に変わった。
会場がどよめき始めた時、
「うーん、でもまだ違う気がしますね。他にどんな色があるかな?」
「黄色ー!」
今日いる観客の中では珍しい、子供の声でそう聞こえた。
「黄色?黄色が好きなの?」
「好きー!」
「そっかー。じゃあ特別に!」
パチン。
また1つ、快斗さんが指を鳴らすと今度は真紅の薔薇が黄色に変わった。
黄色を指定した子がきゃーきゃー言って喜ぶ姿を見て、
「嬉しい?良かった!…でもまだ違う気がするな」
快斗さんがそう言った直後、
「青!」
「オレンジ!!」
「緑!」
我先にと叫ぶ女性たち。
…ここでも男性客の声が1つも聞こえないのがすごい。
もう女性客しかいないのかな?なんて思った時、
「青はない!それ以外!」
と快斗さんがはっきりと口にした。
…まぁ、仕込んでないとできないのがマジックだから、ないものはないんだろうな。
「オレンジ!」
「黒!!」
「紫!!!」
私がひどく現実的なことを考えていたら、快斗さんの次の言葉を待つことなく、観客は次々と「薔薇の色にありそうな色」を叫び始めた。
「あー、わかったわかった。じゃあもう手っ取り早く一瞬で行くぜ?」
快斗さんがステージ中央に立ち、右手を正面に掲げ、パチンと指を鳴らした。
瞬間、会場の照明が全て消えた。
「それでは、今宵1番の魔法をこの会場にいる全ての方に!」
暗闇の中、そう声が響き再びパチンと聞こえた直後、会場の端から徐々に波のように照明が戻り、
「すごい!」
「ああっ!!?」
一拍間を開けて至るところからそんな声が漏れた。
快斗さんのかけた魔法とは、客席の白い薔薇を一瞬でレインボーローズに変えること。
…の、だけど…。
「レインボーローズの花言葉は無限の可能性。本日お越しくださった皆さんの未来の可能性に!」
いつの間にかまた白い薔薇に変わっていた花を高々と掲げる快斗さん。
……いやいやいやいや、私の薔薇、黒くなってるんですけど?
「おや…?よく見ると、お一人だけ色が違うようだ」
快斗さんがステージから降りて客席に歩いてきた。
その行動に会場がざわつく。
「これはどうも、黒薔薇のお嬢さん」
私のところまでやってきて、快斗さんが恭しく頭を下げた。
突然のことで正に目が点となっている私は、一言も言葉が出て来なかった。
「黒薔薇ですか…。黒薔薇の花言葉は『あなたは私のもの』ですね」
「えっ!?」
マイクを通して会場中に響く快斗さんの声に、驚きと言う形ではあるものの、ようやく一言返すことが出来た。
「ですが、こんな綺麗なお嬢さんに不躾に私のもの、なんて言ったら、誰に何されるかわかりませんからね。その薔薇、変えさせてもらってもいいですか?」
真っ直ぐと私を見て聞いてくる快斗さんに、首を縦に振るしかなかった。
ありがとうございます、と快斗さんは呟くように言うと、持っていた白い薔薇を高々と会場中に見せるように掲げた。
「では、仲間はずれにしてしまったのに、快く許してくれたお嬢さんに!」
快斗さんは持っていた白い薔薇を顔に近づけフーッと息を吹きかけた。
すると白かった薔薇は見事に、綺麗な青い薔薇に変わった。
「青い薔薇の花言葉は夢叶う。黒薔薇のお嬢さんの夢が叶いますように」
そう言った快斗さんに私の持っていた黒薔薇を差し出し、快斗さんの持っていた青薔薇を受け取った。
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