■10
「キッドの素顔、知ってるんですか?」
突然の工藤さんの一言に、言葉が詰まった。
「素顔、までは知らないですが、かつて僕に変装したことがあったんですが、その時頬をつねっても変装が取れるようなことはなかった。それはつまり、」
「本来の顔が、工藤さんと似ている…?」
「えぇ!最も、化粧をしていた、とかの可能性もないわけではないので、素顔と言うのは、ね」
工藤さんはどこか困ったように笑いながら言った。
「それでも工藤さんと似ている…」
「けどまぁ、中森警部に言わせたらそれすら奴の策略だ、って話ですけど?」
その時、館内の警報ベルが一斉に鳴り響いた。
「警報機!」
「来たか!…佐藤さん、奴が通るルートで1番怪しいのは、」
「通路Dへ抜ける扉です!」
「同意見です。行きましょう!」
「はいっ!!」
工藤さんとの話を切り上げ、キッドがいると思われる場所へ駆け出した。
「…いた!」
キッドの姿を見つけて思わず声をあげた私を、工藤さんは手で制止するようにと促した。
「これはこれは名探偵。私の予告時は上で指示しているだけのあなたが現場に来るのは珍しいですね」
「今日は警視総監直々の依頼でね」
「あぁ…。親戚になられた警部に花を持たせたい、と」
工藤さんの言葉に右手で軽く拳をつくって顎の辺りに添え、うんうんと頷いた。
「それにしても…」
「…なんだよ?」
「か弱い女性同伴で無鉄砲に現場突入とは感心しませんね」
と思った直後、薄く笑いながら工藤さんの顔を見つめながら言った。
でもシルクハットで隠れている目元は、笑っているようには思えなかった。
「…怪盗1412号」
「あ、先日も言いましたが私は『怪盗キッド』と呼ばれる方が好きで、って、うぉいっ!!」
そのキッドに上段回し蹴りを喰らわせようと足を振り上げたら紙一重で避けられた。
「…せいっ!!はっ!!…チョロチョロ動くんじゃない!犯罪者っ!!」
「…っ、ほんっと、空手の達人ですね、巴御前殿はっ!!」
そう言いながら私の蹴りや拳を全てかわしていたキッドが、私が繰り出した拳を右手で受け止めた。
「その右手を、離しなさいっ…!!」
「冗談でしょう?いくら巴御前からの愛の鞭とは言え、何度も喰らいたくないんですよ。名探偵も動かないでくださいね」
キッドは工藤さんに向かって、変わった形をした銃の銃口を向けながらそう言い放った。
「…空手の達人を抑えたまま、利き腕とは違う腕で俺にその銃突きつけて当たるとでも思ってんのかよ?しかもさっき一発入っただろ、その左腕に」
工藤さんに銃口を向けられてる以上、無理矢理にでも蹴りを繰り出し間合いを取る、と言う危ないことは出来ない。
「…もちろん思ってませんが、足止めくらいには使えますよ」
「逃げる気っ!?」
「巴御前殿。私は本来合意の上でしかしませんが、まぁ左腕を強打した慰謝料と言うことで」
「何言、っ!!?」
「んなっ!?」
グイ、と私の右腕を自分の方へと引き寄せたかと思ったら、ふわり、とキッドの唇が私の唇を掠めた。
「では巴御前殿、ごきげんよう。オメーもな、探偵くん?」
キッドのこの突然の行動に一拍動きを完全に止めた私と工藤さんにそう言い残し、次の瞬間ポン、と言う音と共にキッドは姿を消した。
「くそっ!!逃げやがった!!……中森警部!工藤ですっ!!キッドが、」
工藤さんが無線で中森警部にしている報告をどこか遠くで聞いているような気がした。
「佐藤さん行きま、って、佐藤さん、…大丈夫ですか?」
工藤さんが驚いたように私を見ているのがわかった。
「………追います」
恐らく今私は顔が赤いのではないだろうか。
グイッ、と唇を拭いながら工藤さんにそう言い館内を駆けた。
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bkm