■83
「クズミって誰のことですか?」
そうか、アイツも今こっちにいるのか、と思っていたところ、新一くんの声にハッと我に返った。
「あー…っと、同級生で、私と名前よりはつきあい短いけど、まぁ…その次につきあいの長い子だよ?」
…さすがだ、千紗。
嘘をつかずによく説明した!
いくらコイツが高校生探偵でも、今の会話じゃ久住が「男」だとは思うまい。
いや、別にやましいことなど一切ないが、無駄な諍いは避けると言うか…。
うん…。
出来ることなら今回は久住に会わずに東京に帰りたい。
「あれ?名前?」
「…だから嫌なんだよ、田舎は!」
会わずに帰りたいと思った矢先に噂に影が差したように現れた久住。
他に行くとこあるだろ。
揺れる稲穂を眺めるとか。
色づきはじめた紅葉を眺めるとか。
ムーミン谷にだって良いところかき集めればあるじゃないか!
「あ、もしかしてキミが噂の『苗字さんちの名前ちゃんが連れてきた婚約者』?」
久住がヘラッ、と笑いながら新一くんを見た。
「新一くんは婚約者じゃないから、」
「あ、そっかそっか。名前が『婚約者にし損ねた都会の男』?」
「黙れ」
「相変わらず冷てぇなぁ!」
久住が苦笑いする。
…噂で聞いてはいたけど、昔はただの田舎の爽やか少年だったのに、コイツ本当にチャラい男系になったんだな…。
「名前」
私が久しぶりの久住との対面に過去のボウズ頭で野球してた久住を思い返していたら、新一くんが声かけてきた。
「この人、昨日見たアルバムのそこら中でオメーの隣にいたボウズの人?」
…どこまで観察力いいんだ、キミは…。
久住とは中学の卒業式から清い交際が始まったものの高校で些細な(今となっては本当にくだらない)喧嘩を理由に破局したとは言え、それ以上に「友人、幼馴染み」としての期間が長かったから思い出の写真たちの至るところに写ってて当たり前なんだけど、
−なぁ、さっきから気になってたんだけど−
あ!
…昨日、アルバム見ながら新一くんが何か言いかけてたことって、これだったのか…?
「あぁ、うん、そ」
「どーも!アルバムの至るところにいた元ボウズで名前と1番つきあい長い男の久住でっす!」
私がうん、そう、と言うより早く、久住が答えた。
「…しばらく見ない間に、ついに脳ミソ捨てたんだな?もっと他に言い方あるだろう?」
「誰が捨てるかよ!事実だろ、事実!」
別に間違っちゃいないが、なんかこう…モヤっする言い方じゃないか?
「…あなたが『クズミ』さん?」
「そーだけど?」
…しまった、まずそこからだったか…。
「……………」
チラッと見た新一くんは、それはそれは本職なんでしょうけども。
初対面の久住をさも「観察」するかのように見ていた。
「で?お前は?なんて言ったっけ、えぇーっと、確か、」
「工藤新一です」
「…あれ?その名前どっかで、」
「工藤くんは『あの』高校生探偵の工藤新一くんだって」
「……はっ!?お前ついに何も知らない高校生毒牙にかけたわけ?」
「なんだその言い方。私に謝れ」
「いやだってお前ねぇ…。工藤くんだっけ?」
「はい?」
「悪いこと言わないから、こんな根性も話し方も折れ曲がってるような『オバサン』やめて学校のコにしなって」
「久住に謝罪と賠償を要求する」
「あー、そういやばあちゃんが千紗んちとお前んちにトマト届けるとか言ってたぞ」
それまで新一くんの方を向いていた久住が、私を指差しながら言った。
「…許す」
「おー、サンキュー」
久住の家はわりと長く続いている農家で、家業を継ぐのが嫌だと都会に出て行った久住を思い出した。
「てゆうかこんなところで何してんの?仕事は?」
「は?あ、お前メール見てねぇだろ?俺仕事辞めてこっち戻って農家継ぐことにしたんだ」
「…はっ!?」
久住が投げかけた言葉はまるで小型爆弾のようだった。
「農家?あんたが農家?『オラこんな村やだぁ』って出てったあんたが農家!?」
「…誰も一言もそんな言い方してねぇよな?」
私の言葉に久住の顔が引きつった。
「…じぃちゃんが去年倒れてさ。オヤジは農家継がねぇし。なら俺しかいねぇだろ?生きてるうちにいろいろ教えてもらおうと思って」
そう言った久住の顔をまじまじと見た。
見た目こそ変わったものの、あの頃のままと言うかなんと言うか…。
そんな姿の久住に驚きを隠せず、少し目を細めた。
bkm