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「あと、すこ、しっ!…くぅっ…」
「…」
お風呂でぶっ倒れた新一くんを浴槽から引き上げるのだけで一苦労だってのにっ!
タオル一枚で脱衣場で横になる新一くんに、いっそこのままここで食ってしまおうかと思った。
でも本人辛そうだし、それどころじゃないと思い止まって服を着せたのはいいけど。
問題はこの子をどうするかで。
リビングに連れて行こうかと思ったけど、こんな状態のところを有希子さんたちに見られたくないし…。
いや、今頃万座だろうけど、あの人たちなら突然帰ってきそうだし。
突然帰ってきてこんな状態の息子を見たらどうしたんだってなるだろう。
そうなった時の言い訳がめんどくさい。
だからやっぱり新一くんの部屋に連れて行こうとしたんだけど、この子重いっ!!
「はーーっ……!」
なんとか新一くんのベットに辿り着いて倒れこむように寝かせた。
ええっと、それからタオル冷やして、目が覚めた時用に一応水もあった方がいいか…。
「なんで私がこんなこと…」
世間じゃ絶対男女逆だと思う、このシチュエーション。
だいたいロウソクの灯りだけでお風呂に入るなんて、素晴らしくロマンチックな感じじゃないの?
で、そんな中でいい感じになって、むしろそのままそこでやってしまうか?
って感じにならないか?
なんだってうちのへタレは…!
数時間前までは失踪してたのにっ!!
決めるとこ決めれてたのにっ!!
いなきゃいないで嫌だけど、へタレが完全に帰って来られても困るんだって気がついた。
「…ん…」
頭や足に冷えたタオルをあてたのが良かったのか、へタレがお目覚めのようだ。
「気がついた?」
「名前…?」
「水、飲む?」
ぼーっと、焦点の合わない目で天井を見てる新一くん。
ああ、確かに私もそんな感じだった気がする。
「ああ、俺逆上せたんだっけ…」
「そうだよ。ここまで運ぶのかなり大変だったんだけど」
「…カッコ悪ぃ…」
仰向けのまま両手で顔を隠した新一くん。
…何を今さら。
「大丈夫」
「…ぇ?」
「キミにカッコいいと感じた時なんて数えるほどしかないから」
「…」
一瞬目が合ったけど、そのままプイッと背を向けられた。
…反抗期?
「俺このまま寝るから、オメーも好きな部屋使って寝て」
へタレは自分のへタレさにいたく打ちのめされたらしい。
…手のかかる奴だ。
「そう?じゃあそうさせてもらう」
「…」
背を向けて返事もしない新一くん。
彼は頭がいい。
私なんかとは比べ物にならないくらいに。
でも。
馬鹿な子ほど可愛いって言葉がぴったりな気がするのは何故だろう。
「…はっ!?何やってんだよ!」
「何って、好きな部屋で寝るんだけど」
電気を切って、部屋を暗くしてから新一くんのベットに入ったら案の定驚いてくれた。
それでこそ私の知る「工藤新一」だ。
「あれはゲストルームに行けって意味だろーがっ!」
「私、」
「あ?」
「この部屋が一番好きなんだけど」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…好きにしろ」
ふん、と暗い部屋で顔をそらすものの、薄っすらと入る月明かりの前では、照れた顔してるなんて、十分にわかる。
なんだか久しぶりだな。
旅先からようやく、日常生活に戻った!って気がする。
「まだ少し体熱いね」
「…まだ頭ぼーっとするからな」
「私は温かくて気持ちイイけどね」
「…俺は名前が冷たくて気持ちイイ…」
「私体温低いからねぇ」
「…基礎体温低いと免疫力も落ちて体調崩しやすいし、子供も出来にくいんだぞ」
「キミとの子供?」
「へっ?」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…ぶっ。ごめっ」
「オメーってヤツはまたからかって」
「あははっ!」
まさかあんなにフリーズするとは思わないじゃないか。
ああ、ほんと、見てて飽きない子だ。
「…もう寝ろ!」
「寝るの?」
「あー?」
「しないの?子作り」
「……はっ!?」
お風呂で倒れられた時は、ヘタレ具合を殴ってやろうかと思ったけど。
やっぱりこの子はこうでなくちゃ。
「残念だけど今日は寝ようか」
「…え、ちょ、」
「お休み新一くん」
向かい合って横になってた新一くんに背を向ける。
さて。
この子は手を出してくるかな?
出されても出されなくても楽しい夜になりそうだ。
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bkm