■62
「じゃあまぁ、簡単に聴取させていただいたので今日はお疲れさまでした」
「はい、お騒がせしたました」
「パトカーで送って行きましょうか?」
「あ、お願いしていいですか?」
「じゃあもう少し待っていてください」
あの後中森警部率いる捜査2課が屋上に雪崩れ込んで来たかと思ったら、一足違いで飛び去った大怪盗様を追っかけてあっという間に去っていった。
その大怪盗様に拉致られた私に簡単に聴取するという理由で2人ほど屋上に残ったけど、祭りの後の静けさと言う感じに虚しい空間が屋上を包んでいた。
「お待たせしました。じゃあ送って行くんで乗ってください」
「ありがとうございます」
「ええっと、苗字さんちはどちらでしたっけ?」
「あ、うちは」
「米花町2丁目22番地」
「はいはい、米花町2丁目ですね。じゃあ行きますよ」
大怪盗様が飛び去ってからひとっことも喋らなかった新一くんがようやく口にした一言だった。
…でもそれキミんちの住所でしょ。
「米花町2丁目22番地、ってここでいいのかな?」
「…どーも」
「…」
「降りるぞ」
「…はい」
むしろ私は私でマンションに送ってもらおうかと思ったら強制的に降ろされるらしい。
この子機嫌悪いとへタレがどこかに失踪してしまうから困る。
いや、確かに?
私もキミの立場なら頭に来るかもしれない。
でもそれは不可抗力というものじゃないか。
むしろ私が無事帰還できたことを喜んでほしいもんだ。
あのキザ怪盗が極悪非道だったらキスくらいじゃ済まなかったぞ。
キス1つで帰って来たことをもっと喜んでだね
「何ぶつぶつ言ってんだオメー」
「…別に何も」
触らぬ工藤に祟り無し。
起こってしまったことにいつまでも頭を使わずに、ここはまずどうやって穏便にことを運べるかに頭を使おう。
この子が怒ってる理由ってのは明白なわけで。
何かうまいかわし方を考えないと…。
「あがれば?」
「…お邪魔します」
鍵を開けてドアを少し開けたところでそう言われた。
いや確かにキミんちだけどさ。
普段なら「どうぞ」と言うところを「あがれば?」ってあたりこの子の怒りというかを感じた。
ああ、ほんとにどうしよう。
だいたいあのキザ怪盗なんだって私に目つけたんだ。
新一くんをからかうためとは言え普通あそこまでするか?
いや「怪盗」って段階ですでにあの人普通じゃないか…。
そもそもあの人新一くんが好きとか言ってなかった?
ああ、つれない相手に痺れ切らして攻め方変えたのか。
でもそれは逆効
「え、いっ!?ちょ、」
「…」
先に私が工藤家に入って後から入った新一くんが玄関ドアを閉めた、と思ったら思いっきり腕を引っ張られてドアに叩きつけられた。
「…」
「…」
「…っふ…」
口の端から漏れる吐息が、いやに扇情的だな。
なんて、冷静にツッコむ自分がいた。
いや、押さえつけられてる腕が痛くてどうしても冷静になってしまう。
この子、こんなに力あったんだっけ?
「…はあ…」
「…」
クチビルが離れた後も、新一くんは掴んだ腕を放さない。
いい加減、ほんとに痛いから放してほしいんだけど。
「…んだよっ」
「ぇ?」
「なんなんだよっアイツ!!」
私の掠れた声に返ってきた言葉は怒りそのもので。
私の肩に額をつけているから、その表情は見えない。
でも、これは確認するまでもない。
「オメーも何触らせてんだよっ!!!」
「…ごめん」
「ごめんじゃねーよっ!ふざけんじゃねーっ!アイツ俺を見て笑って行きやがった!!ぜってぇ許さねぇっ!!」
ああ、私この子に思われてるんだなぁ、なんて。
怒りまくってるこの子には申し訳ないけど、そんなこと思ってしまった。
「新一くん、」
「…」
「ありがとう」
手を動かして新一くんの服を掴むと、それまで押さえつけられてた二の腕も解放されたけど。
押さえつけられた二の腕よりも強く、抱きしめられた。
「もうあんなヤローに好き勝手させんじゃねぇよ…」
「うん、気をつける」
そんなこと言ってもあんな不可抗力、どうにもできるわけないじゃない。
なんて思っても、この子の思いが嬉しかったから、ただ黙って抱きしめられた。
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bkm