■41
「きゃあっ!?」
路地に引きずりこまれたと思ったら、地面に投げ飛ばされた。
高木刑事がこの辺りで連続婦女暴行事件が続いててこの間ついに殺人が起こったから気をつけてって言ってたじゃないかっ!
でもまさかいつもの道でこんなことに巻き込まれるなんてっ!
地面に打ち付けて擦りむいた腕も痛いけど、今は逃げるのが先だ!!
「はぁ、はぁ…」
どこをどう走ったのかわからない。
いつの間にかミュールが脱げて、素足で駆け回ったから足の裏も痛い。
でもそんなこと言ってる場合じゃないっ!
チラッとしか見えなかったけどさっきの人ナイフ持ってなかったっ!?
はぁはぁ言う呼吸を整えても、口から飛び出そうなほどばくばくしてる心臓は収まることを知らなくて。
さっきの人に聞こえるんじゃないかって心配になる。
ピリリリリ
ビクッとした体で咄嗟に携帯を開いた。
「助けてっ!」
誰からの電話か確認する間もなかったけど、きっと工藤くんだって、本能でわかった。
「今どこにいる!?」
「わ、わからない、いろいろ走り回って、」
「何が見える!?」
「え、ええっと、青い、大きいゴミバケツ、と、黄色い壁、それから、」
「みーつけた」
心臓が、止まるかと思った。
「名前さん!?名前っ!!」
体がすくむって、ほんとにあるんだ。
足どころか手すら動かない。
「…この子の彼氏?名前ちゃんて言うの?…さぁ?誰でしょう。…そこで聞いてたらいいよ。名前ちゃんの鳴き声」
掴まれた腕はどんなに力を入れても外れない。
なんでこんなにも体が動かないんだっ!
私は泣くことしかできない女なんかじゃないっ!
「いやぁぁぁっ!!」
「いいねー、ソレ」
こういう事件を聞くたびに、なんで蹴り飛ばして逃げなかったんだ、って思ってた。
でも逃げなかったんじゃなく、逃げれなかっただなんて、思いもしなかった。
だって、体がこんなに動かなくなるなんて、思いもしなかった。
自分の体じゃないみたいだ。
「っ!!」
服を切り裂く音も、地肌に触れる冷たいナイフも、全部全部、嘘ならいいのにっ!
「うああっ!?」
それまでヘラヘラ笑って私に跨っていた男がいきなり呻きだした。
「ってーー!なんだコレ!?トランプ!?」
男の肩に刺さったらしい何かは、私の目から見てもトランプにしか見えなかった。
…トランプ?
「うわぁぁ!?…どこのどいつだっ!?」
…今しかない。
すっかり気がそれている男から少しずつ離れる。
でも。
足腰に力が入らなくて、立ち上がって逃げることができなかった。
「どこにいやがるっ!?」
「…見つけたぜ」
男の向こうに、息の上がった工藤くんがいた。
「テメーか、ふざけた真似しやがったのはっ!?」
「ふざけてんのはオメーだろ!?誰の女に手出したかわかってんのかっ!?」
「あぁ?…よく見りゃまだガキじゃねぇか!何いきがったことぬかしてやがる」
「…確かにまだガキかもしれねーけど、守ると決めた女くらい守れんだよっ!」
「何をっうわぁぁ!?まだ他にもいやがるのかっ!?」
「くらえっ!!」
一瞬の出来事。
工藤くんと話していた男を目掛けて、もう一枚トランプが飛んできた。
それに気を取られて男が工藤くんから注意を反らした瞬間、工藤くんは手に持っていた私のミュールを男の顔面目掛けて蹴り飛ばした。
「いたか!?」
「中森警部こっちですっ!」
「この伸びてるのが連続婦女暴行犯か…。それでキッドは!?」
「…この近くにいたようですが姿までは」
「なにぃ?…よし、お前とお前は俺についてこい!お前らはそこで伸びてるヤツを1課が来るまで見張ってろ!」
「はいっ!」
さっきまでの空間が嘘のように慌ただしく警察の人間が動く。
近くでけたたましくパトカーのサイレンが鳴り響いていた。
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bkm