■29
「な、」
「…」
「なんで泣いてんだよ!?」
クチビルが触れ合うという行為がこんなにも胸が震える行為だなんて、思いもしなかった。
キスしただけで泣けてくるなんて、どこの乙女だ。
「名前さん…?」
「ああ、風が吹いたからコンタクトにゴミがついた」
「…はぁ!?」
「キミ赤くなったり青くなったり忙しいね」
「いや、オメー、だって、コンタクトって」
「今度から工藤リトマス氏って呼んであげようか?しは紙じゃなく氏のほうで」
「…好きにしろ。なんなんだよオメー、もっとこうさぁ、ないわけ?」
「何が?」
「ム、ムードってもんがあんだろ、フツー!」
「私にそれを求める方が間違ってると思う」
「…」
ああ、そうだった的な表情の工藤くん。
その顔はさっきまでの青ざめた感じが消えてやっぱりどこか赤くなっていた。
ほんと、忙しいなキミは。
「でもキミがこういう話に興味を示すとは思わなかった」
「…別にジンクスに興味持ったわけじゃねーよ」
「そう?でも気にしてたじゃない」
「結果はまぁ、一応聞いておこうと思って」
「意外とキミ、乙女だよね」
「…そんなんじゃねーって言ってんだろ」
「そう?」
「オメーが」
「うん?」
「ここに来るたびにその男のこと思い出すだろーが」
「…は?」
「昔一緒に乗ったっていう男!」
「…ああ」
「今度からは俺を思い出せ」
随分可愛いことを言ってくれる。
口元が自然と緩む。
「キミそういうことが赤面せずに言えるようになったら一人前なんだけどね」
「ウルセェ」
いつの間にか繋がれてた手を握り締めながら、コーヒーカップがゆっくりと下降する。
この恋は苦い。
でもそれ以上に、今までに感じたことがないほどに、甘い。
…甘くて、ずっと溺れていたい。
自分を見失いそうだ。
たかが高校生相手に、どんだけ振り回されてるんだ、私。
「でも」
「あ?」
「今度からは俺を思い出せ、ということは2度とキミと来ることはないってことだね」
「…はっ!?」
「いや、だってそうでしょ?一緒に来てる人を思い出にはしない」
あ、青くなった。
この子ほんとに見てて飽きないな。
「まぁ私は遊園地に来なくてもいいんだけど」
「いや別にそういう意味じゃ」
「あ、向こうにひまわり畑が見えるね」
「聞けよ!」
「前に来た時は確かコスモスだったから、いちいち植え替えするのかな?」
「…まぁオメーが人の話聞かねぇのは今に始まったことじゃないし?」
「言っとくけどちゃんと聞いてるからね」
「えっ!?」
「不必要なことを聞き流してるだけ」
「不必要ってオメー…」
「なに、今実りある話した?」
「…もういい」
ガタン、と音を立ててコーヒーカップが地上についた。
眩しいほどに輝いていた夢の国の夢の時間も、もう終わる。
「工藤くん、」
「あー?」
「私、キミの家出ようと思う」
夢の国から目覚めて、そろそろ現実に戻ろう。
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bkm