Detective Conan


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stock-永遠の恋-


15


「あ、おはよ」
「…え、あ、はい。おはよー、ございます?」
「なに?まだそんなバタバタする時間じゃないでしょ」
「え?あ、そう、です、け、ど…」
「ご飯出来てるから座って」
「はあ…」


前夜に何があろうが世界は廻り、時は流れる。
酔いも冷めて冷静になるってもんだ。
物凄い勢いで2階から駆け下りて来た工藤くんを座らせ朝食をテーブルに並べた。


「いただきます」
「…いただきます」


若干、と言うか思いきり腑に落ちない顔してる工藤くんを正面に朝食を流し込む。
朝はやっぱり和食に限る。


「聞いていいですか?」
「なに?」
「…あれは俺の夢ですか?」
「そうだね」


夢の方がいい。
蘭ちゃんは、キミのためにホンドーくんと別れたんだから。


「んなわけねぇだろ」
「夢にしとこうよ、お互いのために」
「なんだよそれ」
「飼い主の手をうっかり咬んじゃったくらいに思って忘れなよ」
「はぁ?」
「私とキミはただの同居人。昨日は何もなかった。以上」


…今日の味噌汁少し濃いな。
煮詰まっちゃったか。


「なかったことになんかできるわけねぇだろ」
「…」
「元を正せば俺のせいで、その…」
「キミいつの時代の乙女?」
「はっ?」
「キミにとって私は1分の1でなかったことにできないかもしれないけど、私にとってキミとの出来事は何十分の1でしかない」
「…」
「それこそ飼い犬に手咬まれた程度だから責任とる必要もないし、むしろ責任感じてほしくもない。感じられてもかえって迷惑」
「んだよそれっ」
「…」
「じゃあ聞くけど、オメーはどういうつもりで誘ってきたんだよ!?」
「…酔った勢い?」
「…はぁ?」
「キミはあんな状態だったし、私も酔っぱらってた。2人ともまともに考えられる状態じゃなかったってこと。だから忘れよう」
「…オメーさぁ」
「なに?」
「…」
「…」
「…なんでもねぇよ。ごちそうさまでしたっ!」


ガタガタと食べた物を片づけ工藤くんはリビングから出ていった。
…これでいい。
あの子には、蘭ちゃんがいるんだから。


「…今日会社休むかなぁ」


荷造りもしなきゃいけないし、不動産会社も見て回らなきゃいけない。
働いてる場合なんかじゃねぇよ、ちくしょー。
バタン、とエライでかい音が玄関から響いた。
どうやら工藤くんはそーとーご立腹らしい。
…学校行って蘭ちゃんの顔見れば頭冷えるでしょ。
私はその前に退散しますか。


「…結構居心地良かったから、何気にセツナイかも」


この家に来た時同様、スーツケースに荷物を積める。
このスーツケースだけが私の荷物。


「…行きますか!」


自分を奮い立たせなければ、足が止まる。
まさかたかが高校生相手に、別れを惜しむ日が来ようとは思いもしなかった。
元カレとの別れより胸が痛むとか、我ながら笑える。
結局私も、彼に一方的に理想を押しつけた1人だったわけだ。
…みんなが憧れの王子さまは、この上なくパーフェクトなお姫さまの元に帰られましたとさ。
めでたしめでたし、って、ところだろう。
でも、お姫さま以外の人間の思いはどうなるわけよ?


「女って厄介」


1度体を重ねたら、相手に情が移り深入りしてしまう。
まぁ…、体を重ねる以前に情はあったのかもしれないけど、さ。
工藤家の門を閉めて、ポストに合鍵を入れるこの行為が、こんなにも涙を誘うなんて思いもしなかった。
いや、泣かないけど。


「あれ?苗字さんじゃないですか!」
「ほんとだ、苗字さん久しぶりね!」
「…高木刑事、佐藤刑事」
「奇遇ですねー!って、その荷物どうしたんです?」
「どこかに旅行?」
「…佐藤刑事ぃ…」
「え、ちょ、何どうしたの?」


現場でもチャキチャキと頼りになる漢・佐藤美和子を見たら思わずすがりたくなってしまった。
…てゆうかこの2人今日非番か?


「落ち着いた?」
「…スミマセン」
「高木くん、お茶」
「あ、はい、ここに」
「はい苗字さん。お茶でも飲んで一息ついて」


荷物持ち高木渉を率いて佐藤刑事はベンチのある公園まで手を引いてくれた。
荷物持ちはパシリ高木渉に変わりお茶まで買ってきてくれた。
…今度現場に差し入れでも持っていこう。


「何があったの?」
「…」
「もしかして工藤くんじゃないですか?」
「え?工藤くんて?」
「あれ?佐藤さん知らないんですか?2ヶ月くらい前にスポーツ紙に載ったんですよ。高校生探偵の純愛相手って」
「…ええっ!?工藤くんて工藤新一くん!?」
「高木刑事…」
「なんです?」
「余計なこと言うとこっちの情報も話しますよ?」
「…」
「こっちの情報って?」
「な、なんでもないですよ!あ、佐藤さん僕ちょっと電話しなきゃいけないところ思い出したんで席外しますね」
「あ、高木くん!」


あの男、刑事のくせに口が軽いな…。
事件のことは今度から全部高木刑事に聞こう。
公表されていないことまでしゃべってもらえそうだ。


「…ええっと、それでどうしたのか聞いてもいいのかな?」
「聞かないでください」
「あ、そう…」


うっかり雰囲気に流されて押し倒しましたなんて、恥ずかしくて言えるか。
一歩間違えば淫行罪でしょっ引かれるじゃないか。
…間違えなくても青少年保護条例に違反してるのか?


「その荷物は?」
「…ああ。これは…」
「これは?」
「…住む場所がなくなったんです」
「え?」
「…住む場所だけじゃなく、…心の居場所も失くしたのかも」
「…」
「自分で思った以上に、打撃が大きくて驚いてる最中です」
「…そう」


行為そのものに打撃があったわけじゃなく。
むしろ私自身ああいう形であったとしても、起こった出来事をどこか喜んでる。
そうじゃなくて。
結局彼は「高校生」で、隣には相応しい幼馴染の彼女がいて。
彼はその彼女のことをずっとずっと、求めていた。
それを知っているからこそ、彼女の今の状況は彼にとって喜ばしいことであり、私にとっては打撃以外の何物でもない。
それが思った以上に、深く心を抉っていることに、自分で驚きだ。


「…まぁ、よくわからないけど」
「…」
「人間、打撃を受けてもそこからいくらでも這い上がれるものよ?」
「…」
「だいたい'打撃'なら打ち返してやればいいじゃない!」
「…佐藤刑事って」
「うん?」
「現場で見た通り、漢な人ですよね…」
「刑事なんてそのくらいじゃなきゃ務まらないもの」
「…私も自分はもう少し漢だと思ってたんだけどなぁ」
「でも痛みを知らない人間は強くも、優しくもなれないわよ」
「…良いこと言いますねぇ…」
「だてに苗字さんより社会経験多くないから私」


この痛みが、強くも優しくも、してくれるんだろうか。
そう、なったらいい。
せめて、工藤くんが、蘭ちゃんと幸せそうにしてるところを、温かく見守れるくらいは、強くなったらいい。

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