■wedding night
side H
小さく震える指の隙間から、もう1度ごめん、て声が聞こえた。
何を思って、どうしてそうなったのか、ほんとのところはわからない。
だけど…。
「っ!?」
なんとなくなら、わかる気がした。
side K
自分が犯した過ちは消せない。
「あの時」があったから、今がある。
それはわかっている。
ただ…。
「今」があまりにも、…都合が良すぎるほどに、幸福を感じるからなのかもしれない。
−いやぁぁぁぁぁっ!!!−
−お願いっ、家に帰して−
また「あの時」のように拒絶されたらと思うと、どうしてもそこから先には進めなかった。
「っ!?」
「…大丈夫だよ」
そんな俺に、名前ちゃんは抱きついてきた。
「大丈夫。私、ここにいるよ」
俺の胸のあたりにピタリと顔をくっつけてそういう名前ちゃん。
「お、れは、」
「大丈夫。私ずっと、快斗くんの傍にいるから」
どうして俺がこうなったのか。
まるで全てを理解しているかのように、名前ちゃんは俺を抱きしめながら言う。
そして、
「っ、」
「…ね?大丈夫だよ。快斗くんにこうされるの、すごく嬉しい」
俺の右手を取って、自分の頬に触れさせた。
「だから、っ!?」
その一連の行動に、思わず潤んできた瞳を隠すかのように名前ちゃんに抱きつきながらベッドに倒れこんだ。
side H
どちらからそうしたのかはわからない。
けど、ベッドに倒れこんでしばらくしたら、
「ん…」
どちらからともなくちゅうをした。
ちゅっちゅっ、って、触れるだけの優しいキス。
不意にくちびるが離れて目を開けると、優しく、柔らかく微笑んでいる快斗くんと目があった。
「快斗くん、」
「ん…」
「私、快斗くんのこと大好き」
そう言った私に少しだけ、困ったような顔で笑った後で、私の首筋にちゅうをしてきた。
首筋から鎖骨にかけてちゅっちゅ、ちゅっちゅと音を立てる快斗くん。
「くすぐ、った、」
その言葉に快斗くんが笑った気がした。
side K
女を抱くことが初めてなわけでもなければ、そもそもにして初めて抱く女と言うわけでもなく。
でも…。
−いやぁあっ!!触らないでっ!!−
−…動くと足に傷がつくぜ?−
−離し、…っ、誰か…誰か助けてぇっ!!!−
−誰も来ねぇし、来たところでこの部屋には気づかねぇよ−
−っ、い、やぁあぁぁ!!!−
「快斗くん、」
「ん…」
「私、快斗くんのこと大好き」
こんな風に、穏やかな雰囲気に包まれたまま抱くことなど叶わない子だと思っていた。だからなのか、その言葉に反応した心が、視界を少し、滲ませた。
「くすぐ、った、」
同じ行為でも、くすぐったさを感じるのは、相手に心を許している証なんだそうだ。
半ば滲んだ瞳を隠すかのように(だってかっこ悪ぃし!)首筋に顔を埋めたら、自然と出たらしい名前ちゃんのその言葉に、口角が上がった。
「ん…」
吐息も「あの部屋」では聞いたことのないほど、甘く穏やかなものになっていた。
「そういや、」
「うん?」
「1番手っ取り早い媚薬の作り方、知ってるか?」
顔を上げたら、少し頬を赤くした名前ちゃんと目が合った。
side H
「1番手っ取り早い媚薬の作り方、知ってるか?」
そう言ってニヤッと笑う快斗くん。
……びやく?びやくって、媚薬?
え、えぇーっと、私の認識が間違いじゃなければ媚薬って、こう…いやん、な気分にさせちゃう薬、の、こと?
「…こうするんだぜ?」
快斗くんはそう言うとカプッ、と私の首元を噛んだ。
瞬間、どきり、と心音が跳ねた。
「ここに心拍数を上げる甲状腺ホルモン、てーのがあって、その心拍数が恋のソレと似てる、ってわけ」
快斗くんはそう言ってもう1度、カプッと私の首元を噛んだ。
恋のそれと似てる?
何言ってるの?
快斗くんてば、実はちょっぴりおバカさん。
そんなの、似せるまでもないのに。
「え?っ、」
「…快斗くんもどきどきした?」
side K
「ここに心拍数を上げる甲状腺ホルモン、てーのがあって、その心拍数が恋のソレと似てる、ってわけ」
それは所謂、つり橋効果って奴で。
けど首元に噛みつけるほどの仲なら、ぶっちゃけ媚薬なんかいらねぇんじゃねぇの?って思ったんだけど。
「え?っ、」
グィッと俺の顔を掴み、首元を甘噛みしてきた名前ちゃん。
「快斗くんもどきどきした?」
赤い顔しながらも、どこかいたずらな笑顔を向けていた。
…バーロォ。
「もうとっくに心臓壊れそうだよ」
そう言った俺に名前ちゃんは、一瞬驚いたように見開いた目を向けた直後、今日1番の優しい顔で微笑んだ。
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bkm