■家族
「そう言えばロスに来ないと小耳に挟んだが、興味ないのかい?」
優作さんにこの喫茶店一番人気のケーキセットを薦められ、美味しいケーキを食べながら話しは続く。
「べ、つに、行かないと決めたわけではなく、て…」
「うん?」
「私、パスポートない、から…」
「ああ!じゃあ今から申請しに行こうか?」
夫婦って同じこと口走るんだ…。
「うん?どうかしたかな?」
ちょっと、相談、してみよう、かな。
有希子さんに言いたくなかったってより、工藤くんがいて、なんだか少し、言いにくかったけど、やっぱり自分1人じゃどうにもできなくて。
大人の知り合いなんて、学校の先生か阿笠博士か、有希子さん。
そして優作さんくらいしかいない。
なら、1番頼りになりそうなこの人に、相談してみよう、かな…。
「パスポートって、」
「うん?」
「申請に戸籍がいるんじゃないです、か?」
「ああ、そうだね。それがどうかしたかい?」
「…私、戸籍ないかもしれなくて、」
「え?」
「…」
「…何故そう思ったのか聞かせてもらえるかな?」
「なんで、って…」
まさか異次元から来たからです、なんて言えるわけない、し。
どうしたものかと俯いた。
「ふむ…。ならこうしよう。行く行かない、関係なく、1度戸籍を調べてみる。それでどうだい?」
「…でもどうやって調べたらいいのかわからない、し」
「もちろん、不肖工藤優作がお手伝いしますよ?」
優作さんはにっこり笑いかけてくれた。
「…もし、なかったら」
「その時はその時に考えよう。先を考え過ぎるあまりに恐れだけが芽生え、行動が起こせなくなってしまったら元の木阿弥だ。…その時も私が一緒に考えるから、まず事実確認をしないと、ね」
そう言って善は急げと、優作さんに促され喫茶店を後にした。
区役所分室ならやってるだろう、って。
すごくドキドキしてるけど、優作さんが大丈夫って言ってくれたから大丈夫な気がしてきた。
いつの間に繋いでいたのか、優作さんの手をしっかり握っていた。
「戸籍を調べたいんですが」
優作さんが、自分が対応するから横で待っていなさいって言うから、黙って優作さんと職員さんのやり取りと聞いていた。
「あおいくん、学生証は持っているかな?」
「あ、はい。コレです」
「少し借りるよ」
こっちの世界に来た時に用意されていた学生証を渡す。
ドキドキドキドキ。
優作さんと職員さんが、なんだか難しい単語を並べて話していた。
「…芳賀あおいさん」
「あ、はい!」
「こちらになります」
そう言って職員さんに渡されたのは1枚の紙切れ。
氏名はもちろん、生年月日、そして父母の氏名も書かれていた。
「…ご両親は亡くなられているが、筆頭者として名前が記載されているんだよ」
「…」
悲しかったのかな?
よく、わかんない。
でも、見せてもらった戸籍の父母の欄は、向こうの世界のお父さんとお母さんの名前だった。
2人はこの紙切れの上では亡くなったことになっていて。
すごく大好きだったわけじゃないけど。
仲が悪かったわけでもない。
きっと普通の親子関係。
でもそれが、ほんとにもう、お父さんとお母さんには会えないんだ、って。
たった紙切れ1枚にそう言われたような気がして、戸籍があったことへの喜びよりももっと別な何かが胸に広がった気がした。
「今日は有希子がブイヤベースを作ると言っていたが、食べに来るかい?」
「…」
「…あおいくん?」
「え?あ、はい?」
「…」
さっき見た紙切れが頭から離れずにいたら、優作さんが話しかけていたみたいで。
しかも良く見たらいつの間にか工藤家付近まで歩いて来てる!
「…問題がクリアになったことだし、改めて誘わせてもらおうかな」
「え?」
「あおいくん、年末年始に一緒にロスで過ごさないか?」
やっぱり悲しかったのかな?
お父さんとお母さんとはもう会えないんだって、そう思った時、ただぽっかり、何かが心から無くなったように感じた。
そのぽっかり空いた部分に、優作さんの笑顔が広がった気がした。
いつものように工藤家で食べるお夕飯は、いつもと違ってすごく美味しくて。
有希子さんが作った料理は私のお母さんの味とは全然違うけど、やっぱり優しい「お母さんの味」がした。
「つーかオメー、この間貸した本すら読めねぇってどんだけバカなんだよ…」
「新一、女性に対してその言い方は止めなさい」
「だって他に言いようがねーだろ!」
「お前なぁ…。お前のような本の虫、推理オタクな中学生ならまだしも普通の女子中学生にアレは難しいだろ」
「俺は別にオタクじゃねーってのっ!本を読むのは探偵になるための知識だ知識っ!」
いつものように叫ぶ工藤くんの声に、すごくホッとした。
「あおいちゃん!?」
ホッとしたらなんだか、涙が出てきた。
悲しかったのかな?
それとも、この人たちと過ごせることが嬉しいのかな?
「私、ロスに行きたいです。…行っても、いいですか?」
優作さんがもちろん、と言う。
有希子さんが楽しみね、と笑う。
そして、工藤くんは何も言わずに私の頭を小突いてきた。
悲しい涙なのか、嬉しい涙なのか、最後までよくわからなかった。
でも、この日を境に工藤家の人たちが本当の家族のようになった気がした。
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bkm