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とおい王子様



ぽろぽろぽろ、と両頬を涙が伝う。

私は号泣していた。

何故泣いているのかは分からない。

ただただ、ひどく悲しかった。


「うっ、ひ、ひっく、」


だんだんと涙の量は増え、ついには子供のように泣きじゃくり始めてしまった。

なぜ、

どうして、

そんな思いが心に浮かぶ。


「う、う〜〜っ、!」


ひっくひっくと揺れる肩を必死に落ち着けようとしていたら、不意に腕を掴まれた。

強引なその手は、半ば無理やりに私を振り向かせる。

瞬間、目に映ったのは、


「……!ト、」


シ、と言い切る前に、ぐいっと自分の方へと腕を引っ張るトシ。

その顔は、何故か私よりも痛そうだった。


「……トシ……?」


ぎゅう、と私を抱きしめる腕に力が入る。

あったかいトシの体温に、全身が包まれていた。

あぁ嘘、嘘みたい。

トシに、抱きしめられてるなんて。


「秋……」

「……なに?」

「秋、俺、お前を離したくない……」

「!」

「俺、幼馴染みじゃ嫌なんだ」

「な、な、何いきなり、」


どっ、どっ、どっ、と急な展開に心臓がついていけず、途端に駆け足になる。

トシはゆっくりと体を離すと、真っ直ぐに私を見つめた。


「俺と付き合ってほしい」

「!!!」


いま、

いま、なんて?


ドクンドクンと、自分の心臓の音が耳元で聞こえる。

ああ今きっと、私の心臓は世界一のスピードを刻んでいる。


ゆっくりと近付く、端正なトシの顔。

呆然として硬直していると、ふわりとトシの前髪が額にあたった。



……あ、私、トシとキスするんだ…………。



ぼんやりとしたまま目を閉じた、その瞬間だった。






ーージリリリリ!!!



「!!、だっ、!」


ゴン、と頭に強い衝撃がはしって。

目を開くと、逆さまになった見慣れた部屋が映った。


「……夢か……」


ベタな、と思いながらのそのそと起き上がって、目覚ましを止める。


「……寝る前にこんなの見るからだよ、もう」


机の上のDVD。

昨日レンタルショップで借りた、イケメンの幼馴染と恋に落ちるというべったべたのラブストーリーだ。

そういえば、トシのしゃべり方も完全にこの幼馴染役と一緒だったな……。

単純すぎる自分に、肩を落とす。


「……でも、どうせ夢ならキスしときたかった……」


現実じゃトシとキスなんて、夢のまた夢なんだから。


「……はぁ。支度しよ」


ぺったぺったと足音を立てて、洗面所に向かった。



◆◆◆



「あ〜お腹へった、」


ぐうぐうと悲しげな声を上げるお腹をさすりながら、会社を出る。

今朝あんな夢を見てぼーっとしていたから、時間がなくなって朝食を食べ損ねてしまったのだ。

お腹が鳴りそうになるのを必死に堪えながら、やっと迎えたお昼休み。

辛うじて作ったお弁当を片手に、いつもの公園のベンチへ向かう。

オフィス街の中心にあるそこは、おしゃれなつくりで周辺の会社員の人達には人気の場所だ。


「ん〜いっただっきまーす!」


今日も無事にお気に入りのベンチを確保して、お弁当をひろげる。

木の陰になっているこの場所は人目につかず、一人でも気にせずいられる。


「おいし、」


もぐ、とお手製の唐揚げを頬張って呟く。

今日も上手にできた。

でもこんなところ他人が見たら私は完全に不審者だろう。

まぁ今は周りに誰もいないからいいけれど。


お弁当を半分食べたところで、タンブラーに手を伸ばす。

ごくごくとお茶を飲みながら空を仰げば、爽やかな風が吹き抜けた。


「〜〜〜、」

「!」


その風にのって聞こえた、声。

聞き覚えのあるようなそれに、思わず陰から身を乗り出していた。


「……あっ」


遠くにみえる、人影。

ベンチに腰掛けた他社の会社員らしき女性達の前に、目立つ長身の男性が立っていた。


嘘。

トシだ。


遠目にだって分かる。

間違いない。


思いがけず出会えたことに、途端に胸が高鳴りだす。


仕事中だろうか。

警察手帳らしきものを見せながら、トシは女性達となにかを話している。


ここらへんでなにか事件でもあったのかな。

……にしても、仕事中の真剣な横顔、本当にかっこいい。

ただでさえ顔が整っているのに、スーツなんてずるい。

周りの人達もトシを見ながら小さくきゃあきゃあと騒いでいる。

話をしている女性達なんて、目がハートだ。


……いいなぁ。

トシとしゃべれて。

…………。

……い、いやいや。

そこを羨んでどうする。


ぶんぶん、と頭を振って、トシの方へ視線を戻した。


「……あれ?」


トシの、隣。

トシの陰になって気付かなかったけれど、誰か立っている。


「……あ」


嫌な予感がする。

目をそらしたい気持ちに反して、瞳は必死にその誰かを捉えようとしていた。


すると、ふわりと風にのって揺れた黒髪が見えて。


その人が髪をおさえたのと同時に、顔もはっきりと見えた。



「……綺麗な人……」



思わず、口をついてでた言葉。

それくらいの美人だった。

真っ黒なロングの黒髪に、切れ長の目と高い鼻。

ぱりっと着こなしたスーツに、スカートからのびる足は細くてすらっとしていた。


思わず、美人の親友が頭をよぎる。


一緒にいるってことは、トシの仕事関係の人だよね。

てことは彼女も刑事さんか。


「…………。」


そうか、分かった。

女性だけじゃなく男性まで目を向けていると思ったら、目的は彼女か。

本当、女の私でも見惚れるような美人だもの。気持ちは分かる。


「……お似合い、だなぁ」


自分で言っておきながら、ずきりと胸が痛む。

トシより少し低いくらいの長身の彼女は、トシの隣がとっても似合う。


「……!」


ぼんやりと見つめていたら、不意にトシがこちらを振り返ったので、慌てて顔を引っ込めた。

別に隠れる必要はないけど……。

今はなんとなく、顔を合わせたくはない。


少し待って再び陰から様子を伺うと、ちょうどトシ達が女性達に軽く頭を下げながら、立ち去ろうとしているところだった。


あぁ、行っちゃう。

よっちゃんで会ったっきり、会えてなかったのにな……。


トシは美人の彼女となにやら真剣に言葉を交わしながら、公園を出て行こうとしている。


……邪魔しちゃ悪いか。

仕事中だもんね。



でも本当は分かってる。

そんなのは、言い訳にすぎない。


あんな人と一緒にいる時に、会いたくない。

くだらないプライドが、醜い顔をして心に居座ろうとする。


「……馬鹿みたい」


トシが一緒にいて絵になるのは、百パーセント彼女の方だ。

誰がみたってそう言うだろう。

私みたいなちんちくりんがそばにいることさえ、本当は許されないのかもしれない。


トシは、いつだって遠い。

私なんかには、手が届かない。


見下ろしたお弁当が、なぜだか急に美味しくなさそうに見えた。



やっぱりあんな夢、所詮夢でしかない。

あんなこと、現実でおこりうるはずがないのに。



「……あーあ……」


例えるならトシはそう。

絵本の中の王子様。

きらきらして、かっこよくて。

いつか絵本から飛び出して、迎えに来てくれる。

王子様はとっくに絵本の中でお姫様と結ばれて、幸せになっているのに。

私はいつまでも、馬鹿みたいに絵本の外で迎えにきてもらうのを待っている。



「…………。」


なんだか悲しくなって、ぱたんとお弁当のふたを閉じた。


「……あーあーやめやめ!じめじめしてやんなる!!」


ネガティヴな考えを振り切るように、少し大きめの声をだした。

だけどなぜだか、胸のもやもやは晴れてくれなかった。


「…………会いたいな……」


こんな、一方的じゃなくて。

トシの目をみて、話がしたい。


また、呆れたように、でも優しいあの笑顔で、私を見てほしい。



「……会いたいよ、」


この呟きが、風にのってトシに届けばいいのに、なんて。



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