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いえない想い



懐から取り出したそれに火をつけて、肺いっぱいに煙を吸い込む。さわやかに吹き抜けた風にのせてそれを吐き出せば、風下にいた部下が「ちょっと」と顔を歪めた。


「煙いんですけど」

「ああ、悪い」

「……悪いと思ってないでしょう」

「嫌ならそこに立つな」

「…………このニコチン中毒刑事が」

「聞こえてっぞ、和泉」


先輩である俺に平気で毒づくこの和泉という女は、最近俺とバディを組むことになった女刑事だ。

屈強な男ばかりの職場だが、そんな中でも全く臆することなく我を通せる性格の持ち主で、まぁそれなりに頼れる相棒ではある。


「にしても、全く収穫ありませんね」


和泉が残念そうにため息をつきながら、手元のメモ帳をぱらぱらとめくる。


「……まぁ、犯行時刻が深夜だからな。はなからあまり期待しちゃいなかったが」

「そうですね。それに、まだ捜査は始まったばかりですもんね」

「…………ああ。そうだな」



ここ最近あまり目立った事件もなく、休日をゆっくり過ごすことが出来るくらいには落ち着いていた。

だが、今朝方はいった通報で状況は一変した。

通報者は初老の夫婦。日課である早朝ウォーキングのため公園の遊歩道を歩いていたところ、植え込みに倒れていた女性の遺体を発見したという。

女性の体には複数の刺し傷があり、死亡推定時刻は深夜0時から2時の間。

すぐに捜査本部が立ち上げられ、俺たちは朝から聞き込みに回っているというわけだ。


「……それで?土方さんはさっきから何をイラついているんです?」

「あ?」


眉間に皺を寄せ和泉に視線を投げると、和泉は「それ」と俺が片手に握っていた携帯を指した。


「さっきからずーっと気にしてますよね」

「ああ、いや、これは……」

「……もしかして、"秋さん"ですか?」

「!」


後輩の口から見知った名前が飛び出して、思わず咳き込んだ。そんな俺を見て、和泉は愉快そうに笑う。


「てめェ、……なんで秋のこと」

「沖田さんから聞きました。土方さんの大切な幼馴染、でしたっけ?」

「総悟の野郎……」


普段サボってばかりのくせに、なぜこう余計な情報を他人に話すのは早いのか。

和泉はきょろきょろと辺りを見渡し、ここオフィス街ですもんねぇとのんびりとした口調で言った。


「秋さんの勤める会社も、近いんですよね」

「……あいつ、そんなことまで」

「いいえ?これはただの私の推測です。だから一刻も早く事件のことを伝えたくて、さっきから携帯を気にしてるんだろうなぁと」

「…………。」


誘導尋問された気がしてならないが、まさにその推測は的中していた。

今朝事件の内容を聞いたとき、真っ先に頭に浮かんだのは秋の顔だった。

何故なら女性の遺体が発見されたその公園は、秋が前によくそこで昼ごはんを食べると話していた公園だったからだ。

オフィス街の中心にある公園なだけあって、そこで昼食をとっているのは秋だけではないだろう。それに広さもかなりあるので、発見場所と秋が食事を摂っている場所とは距離があるかもしれない。

それでも、心配でたまらなかった。

だから一言気をつけろと連絡をいれておきたかったのに、何故か秋はこんな日に限って電話にもでなければメッセージにも応答しない。

そんな苛立ちを、どうやら見透かされていたようだ。


「でもマスコミも騒ぎ立ててますし、この周辺でもすでに噂は回っているでしょう。さすがに秋さんももう知ってるんじゃないですか?」

「……いや。あいつは結構抜けてるところがあるからな」


会社中で噂話が回っていても、きっと秋は"何か今日はみんなそわそわしてるな"くらいにしか捉えないかもしれない。

学生の時もそうだったのだ。誰もが知っているような噂話にも、全く頓着しない性格だった。


「……土方さん、よっぽど秋さんが大事なんですね」

「手のかかる幼馴染の面倒見るのが、昔っから俺の仕事だっただけだ」

「へえ。……それはそれは」

「……なにニヤついてやがる」

「いえ、なんでも?ほらそんなことより土方さん、そろそろ聞き込みに戻りますよ!」

「ったく、本当生意気な後輩だな」


颯爽と歩き出した和泉の背を追いかけながら、もう一度携帯の画面を確認した。

だが、そこに新しい通知の表示はなかった。



◆◆◆



「あ〜〜!つっかれた〜!」


思いっきり伸びをしながら、会社の自動ドアを通り抜ける。見上げた空に星が瞬くのが見えて、思わずふっと腕時計に視線を落とした。


「もうこんな時間かぁ……」


ぎりぎり、終電のひとつ前の電車には間に合う時間だ。だけどお腹はペコペコな上に激務で疲れ切った体は鉛のように重く、駅まで走る気力は湧かなかった。

本当は一刻も早く帰宅して湯船に浸かりたいけれど、もういい。諦めて終電に乗って帰ろう。

会社に来て早々上司から今日が期限の仕事を振られ、しかもそれが物凄く面倒な内容で、こんな時間まで残業する羽目になってしまった。

昼休みにはトシと綺麗な女の人が一緒にいるところを見ちゃうし。

ほんと、今日はついてない。


「厄日だなぁ……」

「おい」

「!」


ふらふらと駅までの道を歩き出そうとした時、不意に、物陰から誰かが声をかけてきた。

男の人の低い声に、背筋にひやっと冷たいものがはしる。

だけどそこに現れた予想外の人物に、すぐにその緊張は緩んだ。


「トシ!?なんでここにいるの!?」


まさか、1日に2回もトシに会えるなんて。今日はとんでもなくついてる日かもしれない。

さっきまでの鬱々とした気分はどこへやら。すっかり上機嫌になった私は、不機嫌そうに佇むトシに駆け寄った。


「なんでいるの、じゃねェ」

「へ?」


軽く頭を小突かれて、きょとんと首を傾げる。


「朝から何度も電話してるのにでやしねェし、メッセージの返信もないから心配しただろ」

「ええ?!」


ごそごそと鞄の中を探ってみたけれど、目当てのものは見当たらなかった。


「あ、あはは。今日携帯忘れてたみたい……」


苦笑いを浮かべる私に、トシは大袈裟なため息をつく。


「行くぞ」

「えっ?行くってどこに?」

「駅まで送る」

「ええっ?」


1日連絡がないだけで会社まで来て送ってくれるなんて、おかしい。

さっさと歩き出してしまったトシの横に駆け寄って覗き込んだ横顔に疲れが滲んでいて、何かあったんだと悟った。


「事件でもあったの?」

「…………やっぱりな」

「え?な、何かまずいこと聞いた?」


呆れ顔で見下ろされて、狼狽えた。


「お前はやっぱり知らなかったかと思ってな。……お前がよく昼飯食うって言ってた公園あるだろ。今朝、そこで女の刺殺体が見つかった」

「ええ!!?」


ぞくっと体が震えて、思わず大声を上げた私をトシはじろりと睨んだ。


「お前、これだけ近くで働いてて何で知らねェんだよ」

「あ、ははは……そういえば、なんか今日みんなが騒がしかったような気が……」


思い返してみれば、社内の人たちが何やらひそひそ話をしていたような気がする。自分の仕事が忙しすぎて、それどころではなかったのだ。

そうか、だからトシがあの公園にいたのか。


「ったく、お前は本当昔っからぼーっとしてんな」

「か、返す言葉もございません……」


情けなくなって地面に視線を落として、はっとあることに気が付いた。


「ま、待って。それならトシ、今ものすごく忙しいんじゃないの?」

「あ?……あぁ、少し抜け出すくらい大丈夫だ。本当は家まで送ってやりてーんだが……駅からはタクシー使えよ」

「…………ごめんね。私が携帯忘れるなんてへましてなかったら……」


ただでさえ忙しいときに、余計な心配と手間をかけさせてしまった。

トシに心配してもらえるのは嬉しいが、さすがにそれを喜べるほどの無神経さは持ち合わせていない。

肩を落とす私に、トシは不意に私の頭を乱暴に撫でた。


「!わっ!ちょっと!」


髪が乱れたことに非難の声をあげながらトシを見上げて、思わず言葉に詰まった。

小さく笑みを浮かべるトシの瞳と、視線が交錯する。

その瞳が、まるで愛しい人を見つめるような色を浮かべていた。


「お前の面倒みるくらい、大したことじゃねェよ」

「!!」


心臓が、どきりと大きく鳴った。

その音がトシにまで聞こえたんじゃないかと錯覚して、思わず顔をそらした。


「……さ、さすが!私のヒーロー!いつも頼りにしてるよ!」

「調子いいこと言いやがる」


咄嗟におどけて返してみせたけど、トシの方に顔は向けられなかった。

顔の赤みが月明かりに照らされることを恐れたのだ。

こんな顔見られたら、鋭いトシには気付かれてしまうかもしれない。


私の、このちっぽけな想いを。


これだけは、隠さなきゃならない。

ぎゅうと肩にかけた鞄の取っ手を握りしめた時、不意にトシの足が止まった。

ふと気がつくと、いつのまにか駅の目の前まで来ていた。


「それじゃあ、気をつけて帰れよ」

「うん、ありがとう。トシも、お仕事頑張ってね」

「おう」


立ち去ろうとしないトシに私が駅の中まで入るのを見送るつもりだと悟り、「それじゃあ」と足を進めた。


「秋!」

「?」


ふと呼び止められて振り返ると、トシは神妙な顔をして私を見つめていた。


「……気を付けろよ」


二度目の言葉に、思わずふふっと笑みがこぼれる。


「分かってるって!ありがとうね、過保護な幼なじみさん!」

「っ!てめェなぁ……!」

「……トシも、無理しないで。自分の身を、一番大事にしてね」

「!」


急に真剣な顔つきになった私に、トシは目を丸くした。

本当に危ないのは、私よりも犯人を追いかけるトシの方だ。

犯人を捕まえようとして、暴れる犯人に怪我をさせられてしまうかもしれない。最悪の場合だって、ありえない話じゃない。


「二階級特進なんてしても、祝ってあげないからね!」

「っ、縁起でもねーこと言うな!」


眉をつりあげ噛み付くトシに、あははと笑い声をあげる。


「それじゃあ、またね。トシ」

「ああ。またな」


手を振って、今度こそ駅の中へ進む。

しばらく歩いてから、もう見えなくなったトシの姿を振り返った。


「…………好きだよ、トシ」


小さなその呟きは、駅の喧騒の中に溶けて消えた。





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