合コンでも偽名を使わなければならないのは女としてどうなのか。

毎日、疲れに気づく暇もないくらい忙しく大量の情報に浸かり頭を働かせる生活。合コンになんて行く気も行く余裕も無いはずのところに、学生時代の友人がどうしてもと必死に頼み込んできて、仕方なく。仕方なく…。


『あたしも出会い無いし…、いいよ』


そう返事したときに頭に浮かんだ猫背の男の後ろ姿。なんであんな変人のことを気にしてしまってるんだ、自分。いつも本気なのか冗談なのかわからない発言で私をからかって遊ぶ、ただの嫌な上司なのに。

会が始まって間もない自己紹介の時からもう私のやる気はゼロに等しかった。だって、偽名だもの。私じゃないんだから、醜態晒したって構わない。相手の人達もそんなに本気じゃないみたいだし。
正直、どうでもよかった。
ただ、一瞬でも違う場所にいたかっただけかもしれない。
日頃の疲れをご飯とお酒に癒してもらって、明日からまた男だらけの操作本部で男のようにバリバリ仕事してやる!

気づけば、二杯目以降も勢いよくビールを飲んでる女子なんて私くらいのものだった。













「おっはようございまーす!」


翌朝。
絶対にバラしたくない二日酔いの頭を抱えて、いつも以上に元気よく挨拶をした。

「おはよう、澄田」

「局長おはようございます!」

局長含め、何の疑いも無く挨拶を返してくれる捜査員の中でひとり、唯一竜崎だけが怪訝そうな顔で無言。
それでも出来るかぎり平静を装って、「どうかしました?」なんて惚けて笑ってみる。

「…元気いいですね」

「いつもですよ。ね、松田さん」

「うん!澄田さんは捜査本部の華だからね〜!」


少しズレた松田さんの言葉にツッコむ気力も無く、さっさと仕事に取り掛かる。竜崎とその周辺に必要以上に関わったらボロが出そうで怖いもの。今日はデスクワークはなるべく早めに終わらせて、食料調達や掃除などミスの出ない雑務に専念したほうが安全だ。
何事も無いようにパソコンと睨めっこしていると、竜崎がキャスター付きの椅子に乗ってコロコロと近づいてきた。
他の捜査員も各々の仕事に集中していて、図書館のような静けさの中。
何ですかと表情で問うと、こっそり耳元で囁かれる。


「マユさん」

「…はい?」

「お酒臭いです」

「ぐえっ!?」

「どうした澄田!?」


驚いた局長が立ち上がる。色気の無い奇声で注目の的になってしまい、慌てて「何でもないです!」と笑顔で取り繕う。
竜崎は黒い瞳で探るようにじっと見つめている。


「…きっ、気のせい、です、よ」

「……そうですか、失礼しました。なんだか必要以上に元気なので、二日酔いにでもなって無理しているのでは、と勝手に推測してしまいました」

「………そー…んなことないですよ」

「はい。そうですね、大人なんですから自己管理くらいできますよね。私の思い違いでした。すみません、お気になさらず」

「……………」

またコロコロと自分のパソコンの前へ帰っていった奴の口元が微かに笑っていたのは、気のせいだと信じたい。
さすが名探偵。侮れない。
悔しいけれど、やっぱり竜崎相手に隠し事は不可能なのだ。




夕方からは雑務に没頭。コーヒーや紅茶をスーパーで買い込み、帰って捜査本部の書類の整理、部屋の掃除。動いていることが多くていつも以上に働いているように見えたのか、やたらと「ご苦労様」と労をねぎらわれる。そのたび罪悪感。明日からはちゃんと働きます、と心の中で誓うのだった。

大量の書類の整理に手こずり、気づけば日付が変わろうとする時間。


「はぁー…結局こんな遅くなっちゃった…」


静まり返った広い部屋を見渡すと、捜査員はおろか、竜崎さえいない。


「……あれ?」


おかしい。時間帯関係なく黙々と働く竜崎がいないなんて。部屋中を探しても見つからず、広い明るい部屋に夜中に一人ぼっちなのがとても心細い。
どこか行くなら声かけてくれたっていいじゃない。
不満と不安を抱えて外に出ようとドアに手をかけた瞬間、ノブがガチャリと動く。あ、と声を発するより先に、ドアの向こうから猫背の男が現れた。はたと目が合い、一度だけまばたき。


「もう…、竜崎!どこに行ってたんですか!?」

「…ちょっと外に」

「びっくりしましたよ!気づいたら誰もいなくて部屋の中探し回っちゃいましたよ!出かけるなら一言言ってからにしてください!そりゃ私は男性に交じって仕事してますけど、さすがに夜中に一人は不安なんですから、……」


心細かったからか、強く責め立てる私を、いつもどおり冷静な黒い瞳が見つめ返した。
温度差に少し恥ずかしくなって口ごもり、沈黙が下りる。


「寂しかったんですね」

「へ?」


俯いていた顔を上げると、目の前にビニール袋。


「な、んです?」

「二日酔いのようでしたから」

「だから、」

「バレバレな嘘はやめてください。あなたは自分が思う以上にわかりやすい人間です」

「…………」


袋の中身を見ると、二日酔いに効く栄養ドリンク。
ああ、かなわない。


「……すみませんでした…竜崎。以後気をつけます」

「はい。お願いします」


怒りは感じない。淡々とそう言って、竜崎は私の横をすり抜けてソファに座った。
もう一つ持っていたらしいビニール袋の中に顔を突っ込んでガサガサとあさり、その様子が餌を見つけた猫のようだったので思わず頬が緩んだ。
珍しく自分で買ってきたらしいショートケーキをニヤニヤしながら取り出している。


「マユさんも休憩しましょう」

「あ、はぁ…」

「今は甘いものは受け付けないだろうと思いまして、マユさんのケーキは買ってきませんでした」

「はい。お察しの通り、今日は栄養ドリンクで十分ですよ」


竜崎の向かい側に座り、キリリと爽快な音を立ててドリンクの蓋を回す。のけ反ってグビッと飲み干すと、竜崎がこちらを凝視している。

「………なんですか?そんなじっと見て…」

「いえ…」

ふっと笑って、またショートケーキに手を伸ばす。
もうだいぶ二日酔いも気にならなくなっていたけど勢いよく飲み干してしまったのは、嬉しかったからだ。竜崎の心遣いが。
竜崎はいつものようにコンパクトな体勢でショートケーキを貪っている。
よく考えると、竜崎とこんなふうに夜中に二人きりで話すことなんて無かったかもしれない。

意識すると、照れる。


「…………」

「…………」

「……合コン…」

「!?」

「ですか…?」

「………」


上目遣いでまっすぐに見つめる竜崎は、今も容疑者を追い詰めるときと同じ気分なのだろうか。
だとしたら逃げられない。白状するしかない。


「………すごいですね、何でわかったんですか?」

「勘です」

「勘……」

「いい人はいましたか?」


最後に残しておいたらしいイチゴに、ぷすり。フォークが突き刺さった。ドキッとする。


「…………変なの」

「なにがです?」

「そういうのも竜崎の観察力や推理力でわかりそうなものですけど」

「……確信を得るためです」


少しうつむいて呟く。
フォークをイチゴに刺したままだ。

私の言葉を待っている…?



「…たぶん、竜崎の思ってることが正解ですよ」

「そうですか…」

「………はい」


そのとき私の目に映ったのは。


「……安心…、しました」


驚くほど素直に笑う竜崎。
常に睨むように人を見つめて真理を追求する男が、拍子抜けするくらい無防備な笑顔。
こんなふうに笑うなんて。
しかも、安心って、どういうことなの?


反応に困っている私もお構いなしに、竜崎はイチゴをぱくりと食べてもぐもぐと味わっている。


ズルい。自分だけスッキリした顔して。
私の頭の中はわからないことだらけで、ぐるぐる渦を巻いているというのに。
自己満足で終わらせるなんて、名探偵らしくない。



でも一つ心に決めたこと。


もう合コンは行かない。




それよりも、居心地のいい場所を見つけたから。

私が偽名でなく本名のまま振る舞うことができて、そんな私に素直な笑顔を見せてくれる人がいる、この場所にいたい。







Fin.


今回はカレカノ設定ではありません。もどかしい距離の二人を書きたかったんです。ちゃんともどかしくなってるか不安です´`リベンジしたいです。
どちらかと言えば色気より食い気って感じのヒロインが好きです。
20110801



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