Lの寝顔をこんなにもまじまじと見るのはマユにとって初めての経験だった。
それはとても貴重で、甘やかで、幸せなものであった。誰かに教えたいような、ひとりじめしたいような。

ソファで丸まって目を閉じているLのそばに腰を下ろす。起こさないようにゆっくりと。いつもは部屋に帰ればすぐに部屋着に着替え、化粧を落とすのだが、そんな習慣すら吹き飛ぶほどの貴重な状況なのだ。
恐らく、待ちくたびれて眠ってしまったのだろう。マユは、彼が自分のことを考えながら眠りに落ちたのだとしたら、それはこの上ない幸せだとクスリと笑った。待たせて申し訳ない気持ちよりも、じわり湧き上がる嬉しさが勝ってしまう。

マユの口からため息が漏れた。

なんて可愛い寝顔だろうか。縮こまって、手で顔を隠すようにしているけれど、覗き込めばまる見えだ。いくつになっても寝顔にはあどけなさが残るものらしい。成熟した男子である上にいつも無表情なLも、こんなにも母性をくすぐる表情を隠し持っている。自分の寝顔を見られるばかりのマユは、ここぞとばかりにLの寝顔を堪能する。
透けてしまいそうなほど白い肌は、普段甘いものばかり食べているくせにすべすべときめ細やかで美しく、女性のマユに羨ましさを抱かせるほどだ。

マユは、彼のすべてを愛しく思い、ふわりと微笑む。

緩く開いた手のひらに人差し指を触れさせると、きゅ、とまるで赤ちゃんのように握りしめてきた。しかしマユの指を握りしめたそれは、長く細く、男らしく骨張っていて、赤ちゃんのものとは似ても似つかない。自分の指がLという男の手の中にあることを、直に伝わる彼の熱から思い知り、途端に頬に血が上り恥ずかしくなったが、Lがマユの指を解放することはなかった。
高鳴る胸を落ち着かせて、もう一方の手の親指の腹で白い頬を撫でると思ったよりも温かく、その温かさがマユに安心を与える。半開きのLの唇が一瞬むにりと動いた。甘いものを食べている夢でも見ているのではないかと想像し、マユは体を2度震わせて笑った。


Lと何かを共有することは多い。幸せや悲しみ、楽しさ、怒り、いろいろな感情を共有してきたけれど、Lの気づかぬところでこんなにも大きな幸せを彼から与えてもらったことにマユは悪戯な優越感を感じた。彼とは共有できない、Lには感じられない、しかしLがいなければ決して生まれない、Lのそばにいる自分だけが受け取ることができる幸せ。彼と育む愛はもちろん、Lの存在自体が、マユにとっての幸せなのだということ。


時計の音と安らかな寝息だけが響く空間。
マユは白い肌に浮かぶ見慣れたクマを撫でた。すると、閉じられていた薄いまぶたがピクッと動く。
あ、しまった、起きる。と思うと同時にLのまぶたは半分ほど開き、頬に添えていた手をマユが反射的に離すと、真っ黒の瞳がぬらりと動いて目が合う。
行き場を失って宙に浮いた彼女の手を、指を握りしめていないほうの手ですかさず捕まえたLの動きは、寝起きとは思えぬ俊敏さだった。
寝込みを襲ったわけではない。ただ貴重な寝顔を堪能していただけなのだけれど、後ろめたさと恥ずかしさでマユの頬は赤く染まった。見つめ合ったまま、少しの沈黙が下りる。
Lはふと、マユにつながった自分の両手を見て、むしょうに気恥ずかしくなった。そっと手を離し、ぽりぽりと頬を掻く。寝ぼけていても、しっかりと彼女を捕まえてしまうのだ。こんなタイミングで、相変わらず彼女への執着が強い自分を再確認することになるとは。

沈黙を破ったのはマユだ。



「……エル、もしかして、ずっと起きてた?」

「いいえ……今、起きました」

「…そう」


Lはひじを立てて半身を起こし、目をこすった。手を解放されたマユは姿勢を正して、膝の上に握りこぶしを置いた。お互いに少し恥ずかしくて、目を合わせることをしない。


「…ずっと、いたんですか?」

「うん」

「ここに?」

「…うん、あの…エルの、寝顔を見てました」

「…着替えもせずに、ですか?」

「…あ!忘れてた」


自らのよそ行きの格好を見て、マユは笑う。
疲れて帰宅して、ここで眠る自分を見つけて、本当にそれからずっとそばにいてくれたのだと、そのことをLは心から嬉しく思った。しかし、表情には出ない。無表情のままだ。だから、態度で示す。
「着替えてくる」と立ち上がろうとした彼女を、名前を呼んで引き止める。

なぁに、とぽかんとした顔のマユに、再びLの手が伸びる。頬に着地した指先は確かめるように肌を滑り、輪郭を大きな手のひらで包みこんだ。


「待っていました。ずっと、夢の中でも、あなたに触れたかった」


少し目を見開いてから、微笑み頷き、その手に自分の手のひらを重ねた彼女を、Lは確かに今までも、そしてこれからも傍に置き愛するはずだ。



「お帰りなさい、マユ」

「ただいま、エル」






Fin.



竜崎の寝顔が見たいと思って書きました。安心して寝顔を見せられる相手がいたらいいなという願いも込めて。素の竜崎、ということを強調したかったので呼び方はLにしました。さらにマユさんには、本当にひとつの名前として呼んでほしかったのでカタカナ表記にしました。
好きな人が近くにいたらしあわせな夢がみれるのではないでしょうか。
20110828




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