基本的に、動物は危険から身を守るときに丸まる。 その事実が、わたしはちょっと悲しい。 「…………どうしたんですか」 「ん?」 「その体勢は」 「えっと。竜崎の真似」 「…………はぁ。」 「どんな感じなのかなーと思いまして」 竜崎座り(と、個人的に呼んでいる)をソファの上で実践中。休憩にやって来た竜崎が、わたしを変なものを見るような目で見る。自分のことは棚に上げて! 猫背男は眉間にシワを寄せたままその場からなかなか動かないので、痺れを切らして隣をぽんぽんと叩くと、のそのそ歩いてソファにわたしと同じ格好で収まった。 ちょこん。そんな効果音が似合う。 「……ふふっ」 はたから見たら変な光景だろう。そう思ったら笑えてしまった。同じ格好で、男女が並んでソファの上に座り込んでいる。 「変な感じです」 「でもさぁ、竜崎だっていつもこの格好で座ってるじゃない?」 「私の場合、この体勢じゃないと推理力40%減なので。しかしマユさんまでこの体勢でいる必要は無いですよ」 「だから、どんな感じなのかなーって思って」 「…どんな感じですか?」 「足が痺れてきた」 「では早くやめればいいと思います」 「嫌です。まだ満足できてません」 「………やっぱりあなた変ですね」 「あなたに言われたくないです。…ね、ね、竜崎」 「?」 「普通に座ってみて!」 「推理力40%減になります」 「…今は推理力気にしなくていいんじゃない?」 竜崎は面倒臭そうに唇を尖らせると、言われたとおり足を床に下ろした。すると、怒涛のようにわたしの中に押し寄せるモヤモヤ。あれれ?普通に座れ、と言ったのはわたしだけど、ものすごい違和感。座り方一つで、ごく普通の人になってしまった。 彼が縮こまっていない姿はなんだか別人のようで。 「………うーん」 「満足ですか?」 「…は、い…」 「落ち着かないので元に戻りますよ」 “落ち着かない”。 やっぱりそうなのか。 「……ごめん…」 「…?」 決めつけはよくない。でも、やっぱりそうなのかもしれない。 常に働いている警戒心。防衛本能。 彼が身を丸めている理由はそれなのではないか。彼の仕事を考えれば周囲を警戒するのは当たり前のことで、“周囲”というのはわたしも例外ではない。そうでないことを心のどこかで祈ったけれど、この格好でなければ落ち着かないという言葉にわたしの胸はちくりと痛む。やはりいくら彼と親しくなっても、越えられない壁はあるようだ。 だけど、わたし自身もこの格好ではない竜崎に違和感を覚えたのだ。警戒心云々じゃなくてこれが竜崎のスタイルなのかも。そうに違いない、そうであってほしい。心を許してくれてないなんて、悲しすぎる。わたしは竜崎の安心にはなれないなんて。そんなの嫌だ。 負のスパイラルに突入する思考回路。黙って俯くわたしを変に思った竜崎が、顔を覗き込む。 真っ黒な瞳に映るわたし。それは偽りなきわたし。あなたの目の前にいるときは、安心しきっている、ありのままのわたしなのよ。 「今、何を考えていますか?」 「………べつに」 「ネガティブな考えの中を突っ走ったりしてませんか?」 「……………」 「急に落ち込みましたよね。隠しても無駄ですよ」 「そうやって…わたしのことを捕まえるばっかりだよ、竜崎は」 「………」 むくれて視線を逸らすわたしを、竜崎は相変わらず黒い瞳で捕えたままだ。わたしのことを捕まえるくせに、わたしには少しの隙を見せることもしないの?それじゃあ近寄ろうにも限界があるじゃない。 「マユ」 「………なに」 「マユは理解されることが嫌ですか?」 「………ち、…っ」 違う。 そう言いきる前に、涙が湧き上がってきて言葉を飲み込んだ。下唇を噛む。 緩すぎる涙腺が憎たらしくて恥ずかしい。 膝を抱えて顔を隠した。 竜崎がわたしに心を許しきれないのも仕方ない気がする。頼りなくて不安定で脆い。 いつぶりだろうか、こんな格好で拗ねたのは。 意外と便利だ、竜崎座り。 はあ、とため息。 「…だから駄目なんですよ、マユがこの体勢でいるのは」 「………」 「拗ねているように見えて不安になるんです。心臓に悪いです。…まあ今は本当に拗ねていますが」 「………」 あたたかい手の平がわたしの頭に触れた。 「顔を上げてください」 ときに母のようにわたしを包む彼に、わたしはたやすく解かれてしまう。 手の甲で涙を拭って、顔を上げる。 きっとぐしゃぐしゃの顔だ。でも竜崎になら見せても平気なの。 ほら、優しく涙を拭ってくれる。 竜崎は少し笑った。 ああ、こんなにも大好き。 「私がマユを信用してないとでも思ったのでしょう」 「………正解」 「馬鹿ですね」 引き寄せられた頭はちょうど、竜崎の首元に収まる。 一番安心できる場所。 「信用してなかったら恋人になんてなりません」 「…でも、二人っきりのときも丸まってる」 「これはクセです。というか、基本姿勢です」 「………」 「納得してもらえませんか?」 「竜崎は…わたしと一緒にいて安心できる?」 少しの沈黙がおりた。 呆れられただろうか。聞き分けのない女だと、面倒臭く思っただろうか。 でも、こうでもしなきゃあなたについていくことができないんだ。見苦しくても、あなたから見て馬鹿馬鹿しくても、わたしにとってはとても重要なことなの。 愛することで臆病になっても、やめたくない。あなたを好きでいること。 「マユ」 「はい」 「私は…、できるならマユに殺されたいと思っています」 「…は?」 「マユになら殺されても構いません」 「ちょっ…と。いきなり何言うの」 離れようとするのを制して、竜崎は続ける。 「なのでマユに対して強がる気も、警戒する気もおきません。ありのままの私です」 「…………」 「あなたが私の前でそうであるように」 「……、竜崎…」 そうよ。 あなたの傍にいるときのわたしは、ふわふわと空中を舞う羽根みたいなもの。ただ流れに身を任せるだけのちっぽけな存在。 それがとても心地いい。 ぎゅっと背中にしがみつくと、竜崎は包むように抱きしめてくれた。 竜崎の腕の中にいる。丸まった背中を撫でたら、先ほどまで悩みの原因だったこの丸みが愛しく感じられた。 今、安心で満たされているのがわたしだけじゃなかったらいい――…心からそう願う。 ゆるやかな鼓動と竜崎の体の温もりがわたしの眠気を誘う。 目を閉じた瞬間、聞こえた。 “あなたは私の安らぎです” その言葉が、何よりもわたしを安心させた。 あなたはいつだって、こうやって魔法のように私の全てを優しくほどいていく。 Fin. ダンゴムシやアルマジロを竜崎と重ねてみました。でもどちらかというと私の中で竜崎はハリネズミのイメージです。顔はパンダだと思います。いや、カエルか… 20110813 ←→ |