びゅうびゅうと外が騒がしい。ガタガタと窓も小刻みに震えている。どこからか、空き缶が転がるカランコロンというのんきな音が聞こえた。 嵐が来たときは、まるで地球ごと震えているみたいで落ち着かない。普段は隠している不安が尽く暴かれて、さらに耳元で怖い話でも囁かれている気分だ。テレビは激しく断崖に打ち付ける波を映している。 ふっ、と怖くなって、カーテンを掴んだ。 真っ暗の窓の外を見ていたわたしに、Lが声をかけた。 「興奮するタイプですか?」 「え?」 何を聞かれたかと思い振り向くと、先ほどまで外の騒々しさに何の興味もなさそうに紅茶を飲んでいた男が、こちらへ歩いてきたころであった。 ちょうどわたしの右隣りまで来て立ち止まり、カエルみたいな、相変わらず色のない瞳で外を見つめた。こんなときもやっぱり落ち着いている。 「暗い、ですね」 「何も見えない」 「はい。しかし部屋の光に反射する雨粒は見えます。吹きつける向きを見るかぎり、風はかなり強そうです」 「風は音でもわかるよ」 「そうですね」 しばらく二人黙って外を見つめていたけど、Lが飽きてまたテレビの前のソファに移動したので、わたしもカーテンを閉めて彼の隣に向かう。 わたしの紅茶はぬるくなっていた。Lはもうとっくに飲み干していたが、カップの底に溶けきらなかった砂糖が残っていて、それをスプーンですくって味わっている。 「興奮するの?Lは」 「いいえ、特には」 「なぁんだ」 「興奮してほしかったですか」 「うん」 「すみません」 横から、じゃり、という音。紅茶には溶けられなかったけれど、Lの歯でさらに小さく潰され、舌の上で溶かされ、味わわれて。砂糖が少しだけうらやましい。 ガタタタ、と窓がより一層激しく揺れて少し肩が震えてしまったのを、Lは気づいただろうか。 「マユは…」 「昔はね、不謹慎にもわくわくしたなぁ…。わざわざ外に出ようとして、お母さんに怒られたり。のんきだった。なんでだろうね」 「現象としか考えてなかったからでしょう。心配は全部、大人に任せて」 「…そっか。確かに被害とか何にも気にしてなかった。今はなんで不安なんだろう」 「大人になったんですね、マユ」 「――違う。Lがいるからよ」 無意味なレインコートを纏ったリポーターが、暴風と戦いながらその激しさを伝えている。 Lがわたしのほうを見ているのは気づいていたけど、わたしは意地を張ってテレビを見つめた。 カチャリ、とカップが皿に置かれた。 仕方ないのだ。わたしたちは嵐が去るのを待つしかない。風が雲を押し流すのを待つしかない。でも、いくら時間が経ってもLは動かない?嵐みたいに、好き放題暴れたいだけ暴れてどこかへ消えてしまうような、そんな身勝手なひとじゃない。信じているわけではなくて、そう願っているだけだ。 観念してLのほうを見ると、まっすぐにわたしに視線を向けていたその口元が微かに笑った。気のせいかもしれない。 「――怖いですか?」 こくりと頷く。そのあと少しの間があった。長い腕が伸びてきて、肩を掴まれ体をLと向き合う形にされる。クッと反射的に息を止めた。まばたきをした一瞬の隙にわたしの体は引き寄せられて、わたしの顎は彼の白いシャツの肩に乗っていた。左頬に、首の太い血管が脈打つ振動が感じられる。 いつも思うけれどLには言ったことがない。Lの首筋はぬるいミルクのにおいがすること。それがとてもわたしを安心させてくれること。 「マユ。私はいなくなったりしません。マユが怖くなくなるまでここにいますよ」 「いや」 「……マユ?」 「嫌だよ。怖くなくなっても、ここにいてくれなきゃ嫌。理由なんか無くても、ここにいてよL――。そうじゃなきゃ今すぐ嵐と一緒にどっか行っちゃえ、風に飛ばされちゃえっ」 まくし立てるわたしの背中に、トン、と優しい衝撃が走った。同時に部屋に静寂が広がる。嵐が来ているはずなのに、不思議なくらいに静かで、不気味なほど。 Lの手のひらがわたしの背中をトン、トンと宥めるように叩く。 「――すみません。こうする以外、あなたを落ち着かせる方法を思いつきませんでした」 「どう、して…謝るの?」 「子供扱いしたくなかったのですが。…マユが気にするかと思いまして」 「気にしないもん」 「どうでしょう。あなたは意地っ張りですからね」 Lの声音は少し笑っているようだった。わたしは首を横に振る。 しばらく止まっていた手のひらが、またわたしの背中の上でゆったりとリズムを刻む。わたしを受け止める体に身を任せて、口から長い息を吐きだし、目を閉じる。 わたしが落ち着いたことを感じたのか、Lも長く深いため息をついた。 Lがいると自分が弱くなってしまうような気がしていた。だけど人間なんてもともと弱い。当たり前に弱い。 信じるよりも願うことしか今はできないけど、信じても大丈夫って思いたい。Lのこと、わたしのこと。ちゃんと向き合って、ささいな不安なんて吹き飛ばしたい。 細いくせに意外と頼りがいのある背中にしがみついて、嵐が過ぎるのを待つ。 Fin. 強い風の音を聞きながら書きました。一人で山小屋にでもいる気分だったので、Lさんにぎゅっとしてほしくて(´`) イメージソングはaikoのカブトムシ。(全然関係ねぇ) 20110905 ←→ |