!グロ描写が含まれます。苦手な方の観覧はお控えください。

























「お前らなあ〜〜〜」



間延びした霊幻先生の声が暗闇に響き渡る。

手にしたスマホが示す時間は深夜の2時30分。国道沿いとは言えこの時間に通る車はまばらで、辺りはしんと静まり返っていた。

腕組みをして私たちを見下ろす霊幻先生に、モブくんと顔を見合わせる。

例の電話の時間の5分前。私たちはみぞおちアパートの前の電話ボックスの前に来ていた。


「今何時かわかってんのか!?ナマエ!お前も一応女子なんだからこんな時間にうろつくな!モブ!お前に至っては中学生だろ!?一人で深夜に出歩くんじゃねーよ!!」

「一応って…」

「そういう師匠だって結局来てるじゃないですか」


何故か怒り心頭な先生に抗議の言葉も飲み込んだ。しかし空気を読まず揚げ足を取ったモブくんに、先生はうぐ、と言葉に詰まる。モブくんのそういうところ、少し尊敬する。


「俺はもしかしたら依頼だったらイカンと思ってだな……」

「というか、あんな意味深な電話されたら誰だって気になりますよね」

「……まあそうだよなあ」



結局先生も同意してくれた。

それに、私はどうしても昼間の事件と、この謎の電話が切り離して考えられなかった。このままモヤモヤしたまま朝を迎えるなら、電話の言葉通りに行ってみようとのことで、父親が就寝したのを見計らい家を抜け出してきた。

モブくんも大方同じだろう。そのため、私たちは普段のスーツ、制服姿ではなくラフな普段着だった。なんだか新鮮だ。



「……あ。そろそろ電話の時間ですよ」



私がスマホの画面を見ながら告げると、霊幻先生もモブくんもそこをのぞき込んだ。時計が示す時間は2時34分。例の時間まであと数十秒。

はたして、ここに何があるのか、何が起きるのか。

5月の夜の肌寒い空気が肌を撫でる中、無言になった私たちはスマホの画面を見つめその時を待った。



そして、時刻は2時35分を示した。



私たちは目を合わせ、バッ!と周囲に視線を送る。すると、


「!!!」

「わっ、」


私が目を見開いたと同時にモブくんが小さく声を上げた。ジジ、と電話ボックスが点灯すると、私たちの周囲を取り囲む数十人の人たちの姿がそこにあった。

その数、ざっと見ただけで50人以上はいる。そのほとんどが若い女性で、中には小さな子供もいた。


彼女たちは幽霊だった。



「………あ、あなたたちが、……電話の主…?」



私たちを取り囲む彼女たちに、恐る恐る訊ねる。例え私やモブくんが除霊できるとはいえ、この量の幽霊に取り囲まれては動揺するしかない。

じっと私たちを見つめる数多の視線に、ごくりと喉を鳴らす。そして私の問いに、一人の女の子が口を開いた。



「その通りよ。来てくれて、ありがとう」


そう言ってわずかに微笑んだ彼女に、私とモブくんは目を合わせてホッと息を吐く。それにしても、こんなに大勢の幽霊が私たちを呼び出すなんて、一体何事だろう?


「あの、私たちに何か用ですか……?」

「ええ……依頼があって、呼んだの」


「!!依頼、ですか」

「はい。でも、その前に……」



まさかの依頼、の言葉に私もモブくんも目を丸くする。

まさか幽霊から依頼を受けるだなんて。その内容も気になるところだが、訊ねようとした私を遮るように言った彼女に、一先ず閉口する。

そして私たちは気づいた。彼女たちの視線の先が霊幻先生に向けられていることに。



「……なんだよ、結局何も起こらねーじゃねーか。まったく、最近のイタズラは手が込んでてイカンな……。というか、お前ら、さっきから二人で何ブツブツ言ってんだ?」



きょとんとした顔でそう訊ねる霊幻先生に、あ。この人見えないんだった。と再認識して残念な気持ちになる。

そんな霊幻先生の発言に、幽霊たちもざわざわとざわつき出す。


「……ねえ、この人見えてなくない?」

「えっうっそ、もしかして零感〜!?」

「でもお祓い事務所の経営者なんでしょお?」

「まじ、詐欺師じゃん」

「マズった〜料金安いからって胡散臭い事務所に頼むんじゃなかったわ〜」

「だから言ったじゃん〜」

「つーか私らレベルの霊見えないとか終わってない?」

「けっこうカッコイイのに残念だよね〜残念イケメン!」


「………」

「………」


「…ん?何だ?どうしたお前ら」



霊たちからの散々な言われように思わず先生から目を逸らす。

そんな私に代わってモブくんが説明してくれた。モブくん、よくこの空気の中で話せるな…ほんとに、マイペースってある意味すごい。


「師匠。僕たちさっきから幽霊に囲まれてます。気づかなかったんですか?」


「えっ」


じとりとした目を向けるモブくんに、霊幻先生は初めこそ焦ったようだったが、すぐに妙に説得力のある表情に変わり、霊が見えなかった理由もとい言い訳を始めた。


「あ〜〜なるほどな。そういうパターンね。ウンウン」


「何ですかそれ」

「ホラ、いつも言ってんだろ。俺ほどになると低級な霊は見えねーんだよ。何故なら取り憑かれたところで俺の霊力が強すぎて除霊しちまうからだ。なら、見える必要もねーだろ?なっ??理にかなってぶべらっ!?!?」


「なるほど……ところで師匠。急に飛んで行ってどうしたんですか」



とおっ!と先生の背後に回った女の子の一人が、ピンヒールで飛び蹴りした。

その衝撃で思い切り顔面からアスファルトにダイブした先生は悲惨だ。まあ、たしかに依頼した先の霊能力者が詐欺師で、しかも自分たちを低級な霊だから見えなかったとか言われればポルターガイストも起こしたくなるだろう。

とはいえさすがに気の毒なのでぶっ倒れている先生の傍に行って盛大に擦りむいている顔面をなおしてあげる。


「っ何だ今のは!?悪霊の攻撃か!?」

「気のせいですよ先生。きっと疲れてるんですよ今日は帰ったら早く寝てください」


バッ!バッ!と周囲を警戒して見る先生をなんとかなだめて、たった今飛び蹴りをした仁王立ちの女の子に視線を向ける。逞しいなあオイ…。

なんだかとても幽霊とは思えないイマドキの女子高生のような会話と、パワフルな振る舞いに圧倒される。でもとりあえず、話を進めないと。


「えっと、先生にも見えるようにできますか?」

「ん?できるけど……そもそも依頼内容この人に話して意味あんの?」


「まあそう言わず……一応私たちのボスなんで」

「ふうん。じゃあわかったよ」


なんだかすごくナメられている霊幻先生に、さすがに気の毒になる。

仕方なしといった風に可視化モードにしてくれる彼女たち。すると突然目の前に現れた幽霊の集団に、さすがの先生も目を丸くして短く声を上げた。



「うおっ!?こんなにいたのかよ」



驚く先生に、先頭の女の子が話しかける。さっきの飛び蹴りピンヒールの子だ。


「そうよ。あんたには見えてなかったけどね」


トゲのある言い方に先生は少し不機嫌そうな顔をする。そんなことは気にせず女の子は続けた。


「でも、今のことで合点がいったわ。私たちが何度事務所に電話しても話が通じなかった訳。」

「何度も電話……?」

「あっ!もしかして先生が言ってた無言電話って」


「あ。」

「そう。私たち何度もかけたわ。それなのに一行に聞こえてないようだし、誰も来ないし、お陰でもう時間が無いのよ!!」

「……時間が無いって、どういうことですか」


一つ謎が解決したところで、また新たな謎が浮上。時間が無い、と言った彼女に、モブくんが訊ねる。すると彼女たちは途端に静まり返り、神妙な面持ちで私たちに向き直った。



「改めて、依頼があるの。もうこんなこと、あなたちにしか頼めない」



そう前置きをされれば一体どんな内容なのかと好奇心と同時に不安に駆られる。そうでなくても相手は幽霊だ。普段は除霊するはずの対象からの依頼。それだけで十分奇妙だし、謎だ。

そうして、彼女は静かに言葉を紡いだ。





「私たちはみんな、ある一人の男に殺された。そいつを探し出して、消して欲しい」





ハッキリととした口調で、彼女は言った。しかしその言葉の内容は、私たちの予想以上に無理難題だった。

まさか、殺人犯を探し出して殺せ、っていうことだろうか。そんな物騒な仕事はうちでは請け負っていない。



「……あのなあ、うちは探偵事務所でも殺し屋でもねーんだよ。んな物騒な依頼なら他を当たってくれるか」



私もモブくんも、同じ思いだっただろう。私たちはたしかに超能力者だし、事務所も『霊とか相談所』なのだから、霊とか、犯人探しとか、殺しとか〜〜を請け負っている、と解釈できないでもない。

けれど、きっと霊幻先生は私たちにそんな仕事はさせない。そう信じて話の続きは先生に託すことにした。



「犯人ならもうわかってるわ。」

「は?」



しかし、返ってきた言葉はまたも予想外のものだった。犯人がわかっているのに探して欲しい?逃亡犯ということだろうか。

いまいち理解し切れない私たちは静かに彼女の言葉を待った。



「約20年前。判明しているだけで50人以上殺した大量殺人鬼。その異常性と猟奇性から報道規制されつつもその悪名を轟かせた男……」




「安藤藤馬。」





「マスコミは『フジ』って呼んでたわね、奴のこと…。まあそんなことどうでもいいけど」


「フジ……」



安藤藤馬。

聞き覚えのない名前だった。けれど、50人以上を一人で殺すだなんて、明らかに異常な連続殺人鬼だ。彼女たちは、そいつに。


眉間にシワをよせて彼女たちの話を聞いていると、ふいに隣で霊幻先生がひとりごちるように言った。見ると険しい表情で何か考えるような先生の様子に、モブくんが声をかける。



「知ってるんですか?師匠」


「ああ……」


さも知っていて当然だという口ぶりに、驚く。そんなに有名な殺人鬼なのだろうか。それなのにそいつを見つけて消してくれとは?それに、報道までされていて、名前を聞いただけでわかる人間もいるんだ、すでに逮捕されているのでは?

次々に浮かぶ疑問と、嫌な予感。それらの答えを出すように、彼女は語り始めた。



「フジ。」

「約20年前の1997年から2003年ごろまで。6年間で殺した人数は恐らく50人を軽く超える。なぜ数字が曖昧なのかと言うと、奴は殺したその死体を喰っていたから。いわゆるカニバリスト。奴は異常性癖だった。」


「犠牲者は幼稚園就学前後の幼児から高校生までの未成年。奴が逮捕され、厳しい取り調べ間の中で悪びれずに言った言葉は世間を凍りつかせ、のちに密やかに語り継がれることになった。」




「『一番おいしいのはね、子供の尻の肉さ。ホイルで包んでオーブン焼きにしたら最高だね。』」





「……」

「……」


淡々と語る彼女の言葉に、不快感がこみ上げる。背筋には冷たい悪寒が走った。

モブくんも同じように黙って聞いていたけど、その目にはたしかな嫌悪感が湛えられていた。


自分たちの殺された時を思い出してしまうだろうに、彼女たちは痛みに耐えるように悲痛な面持ちをする子や、涙を滲ませる子もいるけれど、けして話は止めようとしなかった。だから、私たちも黙って続きを聞いた。



「愚かな人間はその発言に夢を持ち、模倣犯も現れたけど、どれも未遂で捕まった。」




「そして、奴は逮捕から約3年後という短い期間で死刑を執行される。」





「!!」


「えっ……」

「……」



「動機や供述に曖昧な点が多いのになぜかというと、奴は服役中看守の指に噛み付いて食いちぎったり、刑務所内の他の囚人に対する殺人未遂といった問題行動を多く起こしていたから。それ故、やむなくの処置だったと言えるわね。」



死刑?それじゃあ、奴はもうこの世にはいないってこと?

ちらりと霊幻先生の方を見ると、難しい表情で彼女の話を聞いていた。先生は、知っていたんだろう。それはそうだ、世紀の連続殺人鬼の末路。きっと当時の世代の人たちは誰もが知っているのだろう。だとすると。



「そう、私たちの依頼は処刑されて尚、悪霊としてこの世にのさばる奴を、地獄に送ってやること。」





「奴を、安藤藤馬を、除霊して欲しいの。」





強い口調で言い放たれた言葉に、私たちは言葉を失った。

だって、幽霊が幽霊を除霊、なんて聞いたことがない。

それ以前にかなり危なそうな仕事だ。安藤藤馬……フジ、がどこにいるかも皆目検討がつかないし、見つけたところで除霊、できるのだろうか。

そんなことを考えるも、結局判断は雇い主である霊幻先生にかかっている。私たちはそれに従うだけだ。


「……あんたらの依頼内容はわかった。だが、つまりお前らは自分たちが殺された復讐をしたいってことか?それに、フジだって生きてりゃ人を殺したかもしれねーが、死んでまで同じことをしてるっていうのか?だとしたら、ニュースや新聞に載っててもおかしくないもんだが」



衝撃的な内容の話だったが、先生はあくまで冷静に彼女たちに疑問をぶつけた。

聞くだけで身の毛もよだつ話。その被害者である彼女たち自身にこんな質問をするのは野暮だと思う。

祓いたい理由も何も、そんなことをされて未来を奪われて、憎くないはずがない。理由なんてなくとも、復讐したやりたい、自分と同じ苦しみを味合わせて殺してやりたい。

そう思うのは至極当然のことだ。


その問いかけに、さっきまで霊幻先生を軽く見ていた彼女たちも、真剣な表情を向ける。答えたのは飛び蹴りをしたピンヒールの女の子だった。



「……初めは奴への怨念だけだった。それだけがこの世に残って、私たちは幽霊になってしまった。けれど、」


「今では私たちのように未来を奪われる若い命を増やしたくないの。そのことを誰かに伝えなきゃ、ってずっとこの町を探していた。」



幽霊の言葉だというのに、妙に力強く、勇気を感じるのは何故だろうか。そこには陰鬱とした雰囲気はなく、爽やかさすら感じられた。

この世への未練は未練でも、彼女たちは私たち生きている人間の平和を思って、20年もの長い時間をここで幽霊として過ごしていたのだ。その事実に胸を打たれた。


「私たち、あの時のことは思い出すだけで身が引き裂かれるくらい辛くて苦しいけど、それでも死んでしまったことは仕方ないって思ってんのよ。」


「もう、区切りはついているの。」


「それでもあの男を地獄に落としてやりたいって思うのは、この世に置いておいていい存在じゃないから…」





「奴は近々また殺しをするわ。」






「!!」

「それは、確かなのか」


「ええ。」



恐れていた言葉が、口に出される。

悪霊となっても尚、人を殺し続ける。もしそれが本当だとしたら、放っておけば近々本当にニュースや新聞でとんでもない事件が報道されるかもしれない。

いよいよ他人事ではなくなってきたこの依頼。時折通る車のライトが私たちを照らしていく。ハタから見ればこんな時間に電話ボックスの前に突っ立っている年齢もバラバラな三人組。かなり怪しい。

けれどそこでは私たちの平和に関わる重要な話が行われている訳で。

彼女が話を続ける。



「奴は悪霊となってこの世に留まって、最初はそんなに大したパワーじゃなかった。それでも、私たちなんかよりずっと、禍々しい罪や欲望を抱えていたから、中級悪霊ってとこだったかしら」

「私たちが成仏できなかったのは、もちろん奴への怨念が残ってのものだったから、奴が幽霊として私たちと同じ世界にやってきたことはすぐに知った。」


「だからってどうすることもできなかったけど、何か嫌な予感はしてたんだ。」



「そしてその予感は当たった。」



嫌な予感というものは当たるものだ。脳裏に学校での事件が浮かぶ。首から血を流した生徒。私を見つめる女の子。カニバリストの連続殺人鬼。その悪霊。

まさかとは思いつつも、嫌な予感は拭えない。霊幻先生も、もしかするとモブくんも。頭のどこかでは考えてるんじゃないかな。


「奴は悪霊となってまで、悪霊を喰っていた。そして確実に、霊力を増していった。」



「死刑が執行され、奴が悪霊となって約10年。今のフジはそこらの上級悪霊以上のパワーを持ってる。もう、人一人くらい乗っ取れるほどの」


「……」

「……それって、」

「……」


「……奴は、生前の自分と同じような欲望を持った人間を懐柔し、再び殺しをする。その証拠に近頃幽霊たちの行方不明が異常に増えている。やつは確実に霊力を蓄えているわ」



自分と同じような欲望を持った人間を、懐柔し、乗っ取る。

その言葉に点と線が繋がった気がした。まだ確証は持てないけど、今日学校で起こった事件は、連続殺人鬼フジが女子生徒に乗っ取り、殺しをしようとした。そう仮説を立ててもおかしくなかった。


「……あの、質問なんですけど」



す、と小さくモブくんが手を挙げた。それに私や先生、幽霊たちも注目する。あまり注目されることに慣れていないのか、少しまごついたようだったけど、モブくんは喋り始めた。



「その犯人を探す……って、あなたたちでは探せなかったってことですか?」


そう彼女たちに訊ねたモブくんに、たしかに、と納得する。よくわからないけど、同じ幽霊なら探せるんじゃないのかな?地縛霊ならここから動けないから無理だけど、そういう訳でもなさそうだし。


「私たちは最初にこの男が言った通り、とても低級な霊なの。あなたたちにはわかるかもしれないけど……」


「だから、決まった時間にしか活動できない。それがいわゆる逢魔時と丑三つ時。一般的には幽霊の出る時間、なんて言われてるけど、本当に強い霊は昼間に出るからね。だから私たちでは探せないのよ。」


「なるほど…」


そう説明されて、それにも納得する。幽霊の世界って深いな。なんて思いつつ、私も彼女たちに聞いてみたいことがある。続けて問いかけた。


「じゃあ、あなたたちがこの電話ボックスの前に現れるのはこの付近で殺されたってこと?それとも、何かこの辺りに思い入れがあるの?」

「それは違うわ。」



犯人を探す手がかり、もといあの女子生徒に取り憑いているらしき悪霊が、フジなのかを確かめる問いかけ。


しかしそれはアッサリと否定されてしまう。


スーパーでの地縛霊も、事故物件の男も、やっぱり生前に思い入れのある場所に幽霊はいた。もちろん、そんなものなくても現れるのかもしれないけど、彼女の答えを聞いて昼間の事件とこの一件は別物なのかな、と少し肩を落とす。


「私たちが殺されたのはみんなバラバラの場所。ある時は旅行中に、ある時は学校の帰り道に。節操なんてないの、奴は喰いたいと思った時に殺すのよ。」

「そうですか…」



「だから、手がかりが何もないからこそ、私たちはここに来た。ここ、調味市は奴の生まれ故郷なの。当時奴が通ってた学校も遊び場も、ここにあるわ。」



「!!」


しかし。彼女が続けた言葉にはまさかのどんでん返しがあった。思わずバッ!と先生やモブくんと顔を見合わせる。逸る気持ちを抑え、ゆっくり、静かに彼女に訊ねた。



「……フジが、通っていた高校の名前は、わかりますか……?」



ごくり、と生唾を飲み込む。ドクドクと心臓が大袈裟に音を立てる。

私たちの緊張をよそに、彼女はあっけらかんとその問いに答えた。





「ええ。わかるわ。ここから結構近い場所よ。県立、ごま油高等学校。」






「……」

「…まじか」

「じゃあ、ナマエさんが言ってた事件はやっぱり、」



県立、ごま油高等学校。私が通う高校だ。


これで確信した。あの女子生徒に取り憑いていたのは、カニバリストの連続殺人鬼、安藤藤馬の悪霊だ。やっぱり、嫌な予感というのは当たるものだ。

そして、このままあの子を放っておけば、私の高校だけじゃなく、調味市やその他の人たちまで危険に晒される。



「奴を倒せるほどのパワーを持った霊能力者は、もうあなたたちしかいない。」

「お願いします。奴を地獄へ送って。この町の平和を守って。そしたら私たちもきっと、成仏すると約束します」



真摯に訴えてくる幽霊たち。

彼女たちの無念を晴らすために、町の平和のために。私にとっては何より、大切な人たちがいる、自分の学ぶ場所を守るために。今この力を使わなければ、本当に意味なんてなくなる。そう思った。

ハルやアンナの笑顔が浮かぶ。


切実に訴える幽霊たちに、ふいにずっと黙っていた霊幻先生が口を開いた。



「報酬は?」



淡々と訊ねた先生に、彼女たちは顔を見合わせる。

幽霊が報酬なんて出せるのだろうか、と少し不安に思ったけど、彼女たちは頷いて答えた。


「もちろん用意しています。私たちの遺品の中で、お金になるものを持ち寄りました。きっと換金すれば数十万円にはなるはずです」

「……ええ、そんなにはいいよ…」



数十万、と言われて少し引き気味に言う先生。

私もモブくんも、先生の言葉を待つ。これは、受けなければならない仕事だと思う。もし、先生が断るなら私一人でも行く。そのくらいの気持ちだった。しかし、


「……でもま、命張るわけだからありがたくもらっとくか。モブ、ナマエ、今回は初ボーナス出るかもな」

「!師匠」

「それじゃあ、」


そんな心配は杞憂だったようだ。

重苦しい空気を晴らすように、いつものような悪い笑顔を浮かべた先生に、つられて私も、彼女たちも、笑顔になる。

モブくんもこの一件について私を擁護しようとしてくれたくらいだ。この仕事を引き受けることに賛成のようだった。




「わかりました。その依頼、この霊幻新隆が引き受けたッッッ!!!」





「……あ、ありがとうございます……!!!」


俺に任せろ!と言わんばかりに親指で自分を指す決めポーズが決まったところで、彼女たちはわあ!と歓声をあげた。うん。霊幻先生頼もしい。

そう思って喜ぶ彼女たちを見ていると、ふと我に返ったらしい一部の女の子たちがヒソヒソと喋り出す。


「ねえ、でもこの人霊祓えなくなーい?」

「だよね、なんかドヤ顔で引き受けたとか言ってるけど」

「まじうけるんですけど〜」


「………」


「先生。大丈夫ですよ。モブくんと私がいるじゃないですか!」

「……(フォローになってねえ)」


あからさまに落ち込んだ先生に、モブくんに聞こえないようこちらもヒソヒソと元気づける。まあ、何はともあれ初ボーナス。焼肉食べ放題行くのをモチベーションにがんばろう。



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