!かなりのグロ描写があります。苦手な方の観覧はお控えください。



























チャイムの音とともに先生が授業の終わりを告げる。それと同時にクラスメイトの気の抜けたようなため息と、ガヤガヤと騒がしくなる教室内の雰囲気。

私は先生が黒板を消して教室をあとにしたのを確認してから、こっそりとその場を抜け出した。

今は少しの時間も惜しい。だから、誰かに捕まって余計な話をするのは嫌だ。

そう思いながら足早に廊下を抜けて、階段を駆け上がる。本来、今は昼休みなのでみんなは各々の場所でお弁当を食べたり、友達と話をしている頃だろう。


だから、少しでも早く。万が一、彼女が教室を離れる前に。


階段を上って廊下に出ると、そこも生徒たちで賑わっていた。違うのは、みんな着ている制服が真新しく、男の子なんかは今後の成長を見込んで少しダボついたものを着ているところか。

ここは一年生の教室が並ぶ階だ。


あまり目立たないけど、それでも色の違うタイをつけた私に、珍しそうに視線を送ってくる子はいる。私たちの学校はタイの色で学年が分けられている。

ちなみに1階が3年生の教室で、上に上がるにつれて学年が小さくなる。階段を上らずに教室に行けるのは上級生の特権というやつだろうか。そんな理由かはわからないが、とにかくうちはそういう決まりになっていた。



「……」



一年生であふれる廊下を抜けて、たどり着いたのは1年1組。村田先生が担任を受け持つクラスであり、例の、鈴木ミサトがいる教室である。



「あの、何か用っすか?」



賑わう教室の出入口で中を見回していると、ふいに扉のそばにいた男の子に声をかけられた。ずいぶん背が高くてガタイのいい男の子だった。肌も浅黒く日焼けしているから、きっと運動部の子だと悟る。



「鈴木ミサトさん、っている?」



そう訊ねると男の子は少し目を見開いて、しかし手に持っていたカフェオレを一口吸い込むと、すぐに大きな声で呼んでくれた。



「おーい、鈴木。呼んでるぞー」



彼としては普通に呼びかけたつもりなのだろう。しかし、運動部だからなのか、元来なのか、よく届く声は教室中に響き渡った。声をかける人を間違えたかな、と思ってしまう。


しん、と静まり返った教室の中で、一人の女の子がこちらを見上げた。


教室の、後ろの方の席。お昼休みだというのに一人黙々と本を読んでいた。ボブヘアの女の子。鈴木ミサトだ。


彼女は私を見上げると感情の読めない瞳で少しの間じっとこちらを見つめていた。クラスメイトの視線は私と鈴木さんとの間を行ったり来たりしている。

やがて、静かに立ち上がった鈴木さんは足音もなくこちらに歩いてくる。周囲の生徒はそれを黙って目で追った。


「ごめんね、急に呼び出して」

「……」

「……ちょっと、いいかな」


ここでは話ができない、そう思って彼女を連れ出した。彼女は、何も言うことなく教室をあとにし、黙って私のあとを着いてくる。1組の生徒たちはもちろん、廊下を歩くと周りにいた生徒たちまで私たちに注目する。

どうやら、昨日の事件の噂が、もうすでにここまで広がっているようだ。


私たちは居心地の悪い思いをしながら、屋上へと続く階段の踊り場までやって来た。周りに人がいないのを確認して、鈴木さんに向き直る。



「……誰?」



先に口を開いたのは鈴木さんの方だった。訝しげにそう問いかける鈴木さんに、昨日のことは覚えていないのだと悟る。


「……昨日の昼休み、校舎裏であなたを見たんだ。その時、目が合ったんだけど、覚えてない?」

「!!昨日…」


昨日の昼休み、という言葉に反応を見せた鈴木さん。やはり記憶がないでも、何か思い当たる節や引っかかるところがあるのかもしれない。



「……昨日の、私を知っているんですか…。昨日、私は……あの子に……何をしたんですか……!?」



小さくか細い枯れた声を絞り出すように言うと、両手で顔を覆ってへなへなとその場に崩れ落ちる。

私は慌てて彼女の体を支え、壁に背中を預けさせた。はあ、と過呼吸をおこすように荒い息の彼女の肩を静かにさする。


「落ち着いて……大丈夫。何があったのか、少しずつでいいから話してくれる?」


いきなり初対面の、しかも自分の知らない記憶を知っていると言ってきた得体の知れない上級生なんて、普通は怪しんで話さないだろう。しかし、今の彼女にはそんな判断力も、思考もないように見えた。

まるで、縋れるものなら藁にでも縋りたい、そう言わんばかりの面持ちだった。



「……最初は、興味本位だったんです。たまたま見つけたネットの記事を読んで、ある男のことを知った……」




安藤藤馬のことだと、瞬時に悟る。

虚ろな瞳で虚空を見据え、呟くように言う彼女の言葉を聞き漏らさないようにしっかり聞き耳を立てる。



「そいつは調味市出身の連続殺人鬼だった。若い女や子供の肉を、食べるために殺しを行っていた。体の部位ごとにおいしい調理の仕方をレシピにして、切り取った肉は冷凍庫に保存して骨の髄までしゃぶって楽しんだ……」


「……」

「さらに調べると奴はここ、ごま油高校の卒業生だった。私はそれを知った時、何故か、運命だと感じた。彼の猟奇性や残虐性の中に見える知的さやユーモアにひどく興味を持った。けれど、」



どこかうっとりした表情で話していた彼女の顔が、みるみると青ざめていく。こけた頬やひどい目の下のクマから、彼女の精神状態がうかがえる。


「ある日から奴は私に語りかけてくるようになったの……殺せ、肉を喰え、俺と同じように……って……!!!」

「鈴木さ、」

「私は!!ただ想像上の!!殺人鬼というキャラクターとしての彼に興味を持った!!ただそれだけなのに……!!!奴は10年前に処刑されているはずなのに……!!!私は、私は奴の声が聞こえる……!!!」

「落ち着いて!!」

「息づかいも、においも、感じるわ……私は、私は……!!!」



堰を切ったように喚き散らす彼女をなんとかなだめようとするが、彼女の勢いはヒートアップするばかり。そうかと思えばバリバリと頭をかきむしった彼女は、急に電池の切れたおもちゃのように、ぱたりと首を折り、うつむいて喋らなくなった。



「鈴木さん……?」



心配と、恐る恐るがないまぜになったような気持ちで、そっと肩に触れ顔をのぞき込む。

見ると、鈴木さんは泣いていた。目を見開いて、パタパタと静かに涙を流していた。




「……私は、頭がおかしくなったのかな……」





「……」


こんなまだ高校に上がったばかりの、繊細な時期の女の子につけこんで利用する。安藤藤馬というイカれた殺人鬼に怒りがこみ上げる。

鈴木さんは細い体を震わせ泣いていた。こんなに身も心もボロボロになって、学校でも肩身の狭い場所に追いやられて、一体いつから一人で悩んでいたんだろう。目に見えない悪霊に翻弄されて、身に覚えのない記憶と、自分が狂ってしまったのではないかという、疑心暗鬼に恐怖して。


さっき教室で見た彼女は周囲の好奇の目にも負けず、背筋を伸ばして自分の席に座っていた。昨日の事件があったのに、彼女は逃げることなく登校して来た。

とても強い子だ。この子のためにも、フジを祓ってやりたい。



「大丈夫。あなたは何も悪くない。悪いのは、安藤藤馬。あなたを利用しているあの男。」


「フジ……?なんで、その名前を、」



少し落ち着いたらしい彼女は、フジの名前を口にした私に、とても驚いた顔をした。そんな彼女に小さく笑って、言葉を続ける。



「大丈夫。私に任せて。きっとあなたを助けてみせるから」



そう言うと、彼女はまた一筋涙を流して、小さくお礼を言った。何をどうして助けるんだ、と普通の人なら言うだろうけど、今の彼女にはその言葉だけで十分のようだった。

彼女は呼吸が落ち着くと、ゆるゆるとその場に立ち上がる。私はそれを支えながら自分自身も立ち上がった。



「……今日、放課後村田先生に呼び出されてる?」

「はい。職員室に。他の先生たちもいると思います」

「そっか……じゃあ、話が終わったら校舎裏に来てくれる?昨日と、同じところ」

「え……」

「大丈夫。私を信じて」

「………わかりました。行きます」



昨日と同じ場所ということと、内容のわからない呼び出しに少し警戒したような彼女だったけど、私の言葉に小さく頷いてくれた。彼女自身も解決の糸口が見つからないのだ、少しでも理解のある人間を信じようと思うのは当然のことだろう。


「……平気?」

「…、はい。もう、大丈夫です。教室に戻ります」

「そう。わかった。それじゃあ、放課後、待ってるからね」

「はい。……あの、ありがとうございました」

「!!……ううん。それじゃあね」


なんとか教室にいた時の彼女に戻ったようで、ホッと息を吐く。そんな彼女に改めて言われたお礼は、話を聞いてくれて、ってことだろうか。

でも、まだ除霊は終わっていない。私のこの力が役に立つなら、どんな危険な悪霊だって除霊してみせる。その時、もう一度ありがとうと言ってほしい。元気な笑顔で。



「……」



軽く頭を下げて階段を降りていく彼女の後ろ姿を見送る。

そうして一人になったのを確認して、スカートのポケットからスマホを取り出す。今の話、霊幻先生に報告しなくちゃ。
















「……なるほどな。フジに興味を持って調べてた彼女に目をつけて、奴は取り憑いた……っていうわけか」

「はい。彼女、昨日の記憶もないみたいだったし、明らかに取り憑かれてると思います。けれど、一つ気になることがあって」

「……何だ?」


電話をかけるとすぐに先生は出てくれた。先生に先ほどまでの話を説明すると、納得したように言葉を漏らした。

けれど、私の気になること、という言葉に反応した先生は訝しげにそれが何か訊ねる。


「彼女……昨日と違ってまるで霊気を感じませんでした。顔色は悪かったけど、悪霊の気配はまるでなかった……」

「……まあ、昨日の今日だからな。奴も警戒してどこか別の場所にいるんじゃねーか?」

「そうでしょうか、」

「それより、今日の算段だが」

「ああ、はい。もう一度確認しましょう」


たしかに、先生の言う通り悪霊が毎日同じ人間に憑いているとは限らないし、別の場所にいることもあるだろう。しかし、何か引っかかるものを感じつつ、先生の言う通り今日の依頼成功への算段を打ち合わせる。



「まず、放課後、私が鈴木さんを校舎裏に呼び出しています。放課後ならモブくんも来れるし、校舎裏ならみんな部活で人気もないので除霊に集中できると思います」

「まあ、それはわかった。校舎裏は裏門から入って右手奥、だな。」

「その通りです。昇降口や花壇が見えるところです。」

「それより、学校に侵入する件なんだが」

「はい。それなら昨日考えました。いいアイデアがあるんですよ」

「えっ、まじで」


放課後、鈴木さんを校舎裏に呼び出して、そこに霊幻先生とモブくんも合流して除霊する。それは先生も了承済みのことだったが、問題はどうして潜入するか、ということだった。


「やっぱ女装?」

「ないですよ。モブくんならともかく、先生は無理でしょ…。というか、共学なんだから女装する必要ないですし」

「ちぇ、じゃあなんだよー」

「先生女装したいんですか…」


なんだかよくわからないけど女装にノリノリな先生と、それに巻き込まれそうなモブくんのためを思って却下する。そうでなくても女装は無理がある。バレた時の言い訳も立たないし。


「そうじゃなくて、よく考えたら簡単ないい方法があったんですよ。先生も、モブくんも、そのままの格好で入ってください」

「は!?ちょっと待て、明らかに浮くだろ」

「大丈夫です。うちの高校、年中通して校内見学を受け付けてるんですよ。それを昨日思い出して。先生がスーツ着て、学ランのモブくんと一緒にいれば自然と見学に来た先生と生徒……もしくは父親と息子、ってな感じで勘違いしてくれますよ!」

「おお〜〜!!なるほどな!……って、俺、モブほどの子供持つ年じゃあねーぞ……」

「いや、それはまあ……例えですよ、例え!ちゃんと先生と生徒に見えますって。大丈夫ですよ」


妙に落ち込んだような先生を慌てて励ます。でもこれでなんとか潜入の難題も突破した。あとは、無事に鈴木さんが放課後校舎裏に来てくれて、モブくんと私2人がかりでの除霊が成功すればいいだけ。


「よし、とりあえず計画の内容はわかった。俺はモブに連絡入れとくから、お前は放課後、よろしくな」

「はい。わかりました。それじゃ…」

「あと、気をつけろよ。」

「えっ…?」

「今は霊気感じないかも知れんが、相手は異常な連続殺人鬼だぞ。気ィ抜くんじゃねーぞ」

「……はい。わかりました。……ありがとうございます」

「おー、そんじゃな」


そう言って、電話は切れた。

昨日も夜中に出歩いてた私とモブくんにと怒ってたけど、霊幻先生って意外と心配症なんだなあ。

思わぬ心配に少し気恥ずかしくなりながら、スマホの画面で時間を確認する。すると、けっこう長い時間話し込んでたようだ、昼休みの終わる15分前とかだった。

私はとりあえず買っておいたコンビニのおにぎりを食べるべく、階段を降りて自分の教室へ向かった。





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