「人使い荒いな〜……」



カラカラと回る自転車の車輪。げんなりとした顔でひとりごちる私は商店街の中を歩いている。両手に握っているのは自転車のハンドル。しかし、黒くてスタイリッシュなフォルムのそれはサドルも少し高いし自分のものではない。何よりたぶん、ツーリング用のものだ。自転車のことはよくわからないけど高価そうなことだけはわかる。


先日、モブくんのお見舞いに行った時に出た黒酢中の話。それで思い出したんだ、私と霊幻先生が以前パク……借りた不良中学生の自転車のことを。
それは事務所の裏でひっそりと放置されていて、思い出した私は慌てて霊幻先生に告げた。けれど、先生は事も無げに「ああ、そういや忘れてたな。丁度いいや、お前返してこいよ」と。

風邪から復帰したモブくんも居ることだし、私は用済みらしい。ひどい男だ。けれど生憎今日は亡くなったお父さんともう一度話したいと言う依頼人が来ていて、降霊の儀を執り行うそうだ。甚だ胡散臭いけど、モブくんもいるので大丈夫だろう。そんな訳で仕方なく私は自転車を返しに黒酢のに向かっていた。


黒酢中と言えばモブくん曰く私たちと同じ超能力者がいるらしい。私自身、モブくんと出会うまで自分以外の超能力者は知らなかった。それも、あの温厚なモブくんが喧嘩をしたほどの相手だ。更には上空の怪奇現象まで起こして。そう考えると無意識に足取りが重くなった。
私たち超能力者はあんまり近くに居ると気配でわかる。だから、黒酢中に着いたら下校する生徒に紛れてこっそり自転車置き場に返して(もちろんお礼と謝罪の手紙も添えて)、さっさと帰ろう。そう、考えていたとき。



「……(えっ、)」



カラカラと自転車を押す手が、思わず止まりそうになった。それもそのはず、私の正面からはまるでエビフライみたいな天に向かって聳える立派な頭をした金髪の男の子が歩いてきたのだ。思わず口をあんぐりと開けて目を丸くする。これ、カツラ……だよね。なんだろ、人の趣味は色々だなあ……とあんまりまじまじ見るのも悪いのでそう考えながらすれ違った。けれど、



「「……あっ。」」








「超能力者。」
「僕の自転車。」








「「……えっ?」」



すれ違った先で振り返る。ほのかに人が行き交う商店街で、お互い指を指しあって呟いた。ぽかんとした顔でお互い見合わせる。隣を通り過ぎていく自転車のおばちゃんは少し奇妙な目を向けて向かいにあるスーパーへ入っていった。
























「……ほんとに、すいませんでした……」



目の前で湯気が上がる。カウンターの向こうから漂う食欲をそそるにおい。白いタオルを頭に巻いた、黒いTシャツの豪快そうなおっちゃんがスタイリッシュに麺を湯切りする。数回その動作を繰り返して用意していたあたたかい器にスープを注ぎ、つやつやと光る黄色い中華麺をひと玉ずつ器の中につるりと落とす。その流れで素早くよく味の染みていそうな茶色い煮玉子、チャーシュー、メンマ、青ネギを散らして最後に焼き海苔を添える。この間ほんの数分。



「ヘイお待ちィッ!!」



おじさんの威勢のいい声と笑顔とともに目の前にドン!と置かれたラーメン鉢。その瞬間から鼻腔をくすぐる醤油の香ばしい香り。隣の器は塩ラーメンだ。カウンター席の隣に座る男の子は箸立てから割り箸を二膳取り出してひとつを私に渡した。「ありがとう」、お礼を言ってそれを受け取ってごくりと唾を飲み込む。めちゃくちゃ美味しそう。


「そんなに気にしないでよ。こうしてラーメン奢ってくれてるんだし」

「でも、ほんとにこんなんでいいの……?」


「もちろん。女の子とこういう店入るの新鮮だし。みんなカフェとかイタリアンとか行きたがるしねー」

「なるほど……」


さすが、モテる男の発言だ。私の周りにはいないタイプ……と考えて赤坂くんの顔が思い浮かんだけどあれは違うだろとすぐさま打ち消した。

あれから自転車を黒酢中に置いた私たちは男の子ーーテルくんこと花沢輝気くんの提案で駅前のラーメン屋に来ていた。自転車を借りた事情を説明して謝り倒す私にテルくんは仏のような広い心で笑って許してくれた。そして何かお礼をさせてくれと言う私に、「じゃあラーメンが食べたい」と言われたのだ。


テルくんはふー、ふー、と湯気の立つラーメンを少し冷ましてから、男の子らしく豪快に麺をすすった。それを見て私もスープを飲む。うわ、めちゃくちゃ美味しい。


「ここ、実は前から来たかったんだ。美味しいって評判だよね」

「そうそう!調味市のB級グルメ雑誌にも載ってた」

「ほんとはバイト先の上司と先輩と来るはずだったんだけど……なかなか機会がなくて」

「それってさっき言ってた女装して自転車2人乗りした人?」

「うん……上司の方ね」


そう訊ねる花沢くんの言葉に苦笑いが浮かぶ。女装して援交疑惑かけられて警察に追われて自転車パクって逃走……って彼の中で霊幻先生のイメージがすごいことになってる気がする。けれど事実だから仕方ない、と麺をすする。私たちは会話をしながらもはふはふと熱いラーメンを平らげていった。もう、最高の贅沢だ。今度ハルやアンナとも来よう。



「……それで、……君、なんだよね。モブくんと……その、喧嘩したの」



ずるる、とラーメンをすすってチャーシューをメンマを食べてから言えば、隣で視界の隅でその箸の動きが止まるのがわかった。花沢くんはラーメン鉢の上に割り箸を置くと、グラスにお冷を注いで半分くらいまで飲み干した。


「……ああ、そうだよ。まさかとは思ったけど君、影山くんの知り合い?」

「うん、バイト先の先輩」

「なるほど……除霊のバイトって聞いた時とか、超能力者の僕を見てさほど驚いた風じゃなかったこととか、まさかとは思ったけど世間って狭いね」

「たしかに、初めてモブくんと出会った時ほどは驚かなかったかな……」


そう言うと花沢くんはまたラーメンを食べ始めた。今度は私が箸を止めてお冷をグラスに注ぐ。「へいらっしゃい!!」という店長の威勢のいい挨拶とともにまた新たなお客さんが入ってきた。夕飯時にはまだ少し早いけど、それでも狭い店内はそこそこに賑わっていた。私たちはカウンター席に並んで座ってるけど、背後にある数席のテーブルは今来たお客さんで埋まってしまっている。店員が完成したラーメンを片手にテーブルに向かう。伝票を持っているから今来た逆の注文も取るようだ。


「……僕も、彼が初めてだった。自分以外のナチュラルと出会うのは」


「……ナチュラル?それって、」


「あっ……!?!?!?」


聞きなれない言葉に飲んでいた水を置いて花沢くんに訊ねる。しかしその言葉はかん高い女性店員の叫び声とともにかき消された。驚いて慌てて振り返ると女性店員は今まさにお盆の上からラーメン鉢を床へ落下させる最中だった。カウンターの向こうで店長だろうおっちゃんが目を丸くして口を大きく開けているのが視界の端に捉えられた。振り向いた私の背後では花沢くんが息をのむのが伝わってくるようだ。


そしてラーメン鉢が底の方から綺麗に床に叩きつけられた瞬間、ぴりぴりと下から上へヒビが駆け上っていく。私はそっとカウンターの下から手を伸ばして力を放った。女性店員の絶望的な顔が目の前にある。しかし、彼女のその大きく見開かれた目と、歪んだ眉は少しの時間をおいて徐々にほぐれていく。


「……お、おお!?すげー!!奇跡だ!!」


客の中の誰かが叫んだ。すると他のお客さんもおお、と感嘆を漏らす。ラーメン鉢は見事に床に落下……ではなく着地した。ように見えた。その実ひび割れた瞬間に私がパワーを送りなおしたのだけれど。ほっとした顔のお姉さんに私も緊張に強ばっていた肩をほぐす。しかし店長がいくら無事だったものとは言え、一度床に落下したものは提供できないと言い店員さんは謝罪を述べてからラーメン鉢を持ってバックに引っ込んだ。とは言え、鉢は割れなくて良かったと思う。


「……君が?」

「うん、なおす能力なんだ」

「そうか、それは……」


心なしか小さい声で話しかけてきた花沢くんは、何か考える素振りをして眉間にシワを寄せて顎に手を当てていた。私はその隣で残りのラーメンを食べた。花沢くんはいつの間にかすっかり完食したようで、スープまで綺麗になくなっている。

そんな私を横目に何か納得した様子の花沢くんは神妙な面持ちで私に問いかける。


「……もしも、もしもの話なんだが」

「う、うん?」


「君は……その、もしも、髪の毛が……その、なくなってしまった人の頭もなおせたりするのかい?」


「…………は?」


神妙な顔をして何を言うのかと思えばなんだか突拍子のない発言をする花沢くん。私は思わずすすっていた途中の麺を口からぶらんとぶら下げて間抜け面を晒してしまった。髪の毛がなくなった人……って、と考えて思わず視線をカウンター上の天井につきそうな頭部のてっぺんに向ける。花沢くんは態とらしく咳払いをした。


「もしもの話だよ。もしできるなら救われる人がたくさんいると思ってね」


「そ、そっか……。えっと、私のなおす能力ってパーツがないとなおせないから、毛根が死んでたら無理かな……切りすぎたとかなら髪の毛さえあればなおせるけど」

「そ、そうか……パーツが……」


私の返事を聞いて少し残念そうな顔をする花沢くん。パーツ、ないんだろうか。というか、彼の頭に何があったのか。もしそれが先日の黒酢中上空の怪奇現象と関わりがあるならうちの先輩がスミマセンとしか言いようがない。


「だ、大丈夫……?」

「いや、いいんだ……平気さ……これは僕自身の咎めとして受け取っておくよ……そうだ、元からそのつもりだったんだ……」

「そ、そっか……なんだかよくわからないけど……力になれなくてごめんね……」


あんまりに落ち込む花沢くんに申し訳なくなっていると、何やら吹っ切ったらしい花沢くんはポケットから携帯を取り出した。メールか何かかな、と考えて私も残りのスープを飲み干す。あー、めっちゃ美味しかった!!また絶対来よう!!と気分上々にドン、とカウンターに鉢を置くと、また花沢くんが話しかけてきた。


「……さっきの話だけど」

「さっき?……あ、ナチュラルがなんとかって、」

「静かに、落ち着いてきいてくれ」

「…………う、うん」


花沢くんの声はさっきまでの空気なんて嘘のように低くて落ち着いている。私たちは空のラーメン鉢を前に湯気の立ち上るカウンターの向こうを見ていた。バックからさっきの店員のお姉さんがようやく新しいラーメンを持ってきて、今度はこぼすことなく無事にテーブルへ届けられた。それを横目に見て私もほっとする。


「まず、簡潔に言うよ。僕らはつけられてる」

「えっ!?……、あ」

「そう、静かに。大声は出さないで」


「……つ、つけられてるって、誰に……!?」


しかしそんな私をよそに花沢くんが口にした言葉は衝撃的なものだった。何の変哲もない平日の放課後のはずが、つけられてる……?まさか。一体誰に。そんな疑問が次々と浮かんでくるけど取り乱してはいけないと私たちの視線はあくまで自然に会話をする友達同士、って雰囲気を装って眼前の湯気の先に向いている。


「正確にはつけられてたのは君だ。僕の自転車を押してた時から君は尾行されてた。気づかなかったかい?」


「わ、私!?そ、そんなこと全く……」

「僕と合流して相手も怯んだのか少し様子を伺ってたみたいだけど、さっきそいつも店内に入ってきた」

「それって、」

「ああ。僕らの背後に座った男さ」



悪霊、警察、(LOL)の信者。考えると意外と心当たりがありすぎて私って人から怨み買いやすいタイプなのかも……と落ち込む。けれど落ち込む前に、この状況をなんとかしないといけない。

そう考えた私は恐る恐るその背後へ視線を送ろうとする……けれど少し強い口調でそれは止められた。



「振り向いちゃダメだ。ここを見て」



そう言って渡されたのは携帯電話。ライトの消えた真っ暗なディスプレイをのぞき込むと背後の男の姿が映る。男は赤と白のダイヤ柄のジャケットに怪しげな目のようなものがたくさん描かれたTシャツを着ていた。髪型はアフロっぽくて顎髭をたくわえている。見た目からして、めちゃくちゃ怪しい。

男は何気なく新聞を広げて読む振りをしながらこちらの様子をうかがっているようだった。私はディスプレイ越しに目が合わないように気をつけながら携帯を閉じる。花沢くんは私が男の姿を確認したのを見るとなおも正面を向いたまま話を続けた。


「あの男は入店した時わざと僕たちの背後の席に座った。一人の客ならカウンター席がこんなに空いてるんだからこっちに座ればいいのに、あえてね。そしてあの女性店員がラーメンを運びに来た時、あいつはわざと彼女の足元にカバンを置いたんだ。丁度、彼女が足を引っ掛けて鉢を落とすように」


淡々と説明される内容に、彼の洞察力の高さがうかがえる。しかも、私がのんきにラーメンを食べてる間にそんなことが行われていたなんて……全く気づかなかった。ごくりと喉を鳴らして携帯電話を彼に渡すと、花沢くんはそれを受け取ってポケットにしまう。


「な、なんなの……あいつ、何者なの……?」

「……気づかないかい?君の能力を見るためだよ」

「えっ……?」

「目の前で店員がラーメン鉢を落とせば、優しい君は間違いなく慌ててそれをなおそうと力を発揮する」

「……」


「それはつまり、君の性格や、能力まで知っている人間じゃないとできないことだ。さらに言うと、君の能力のことは誰かから聞いたけど、自分の目で確かめたいからカマをかけたーー……ってとこかな」


そう説明されてぞくりと肌が粟立つ。身に覚えのない気味の悪さを感じる。黙り込む私に花沢くんは静かに言葉を紡いだ。


「……あいつはきっと超能力結社『爪』の一員だ。」

「……ツメ?」


「ああ。超能力結社爪……世界中には僕たち以外にも超能力者はたくさんいる。そしてその超能力者にも分類がある。人工的に生み出された超能力者か……僕や影山くんや君のような、ナチュラルか」


「……人工的に、超能力を……?」

「そう。爪は世界で初めてそれに成功した。そしてその二種類の超能力者を集めて……世界征服を目論んでる。かつて僕も奴らと対峙したことがある」


「せっ、世界征服……!?」


いよいよSFの世界観になってきて困惑に唇を戦慄かせる。けれど、現に超能力が存在しているのだからそれを利用して世界征服を目論む輩がいてもおかしくない。それこそ、モブくんを手篭めにしてしまえば町……いや国一個を消し飛ばすくらいのことはできるだろう。そんな恐ろしいこと、考えたくもないけど。


「……どっ、どうすれば、いい……?」


ついていかない頭をなんとか回転させるも打開策なんて思いつかない。花沢くんの言うことが正しければ敵は私たちのすぐ背後に来ているのだ。

モブくんと喧嘩して負けた……のかはわからないけどこうして無事に生き延びた上、超能力結社の構成員とさえ対峙して(恐らく)勝利を収めている目の前の男の子。相当な手練に違いない、と今後の動向の算段を彼に託す。焦った顔で見つめる私を花沢くんは少しの間じっと見つめて、おもむろにカバンから財布を取り出してそこから二千円を抜き取った。そしてそれをカウンターの上に置いたと思ったら勢いよく手を引かれる。



「ご馳走さま!!すごく美味しかったです!!」



花沢くんは爽やかな笑顔でそう言うと力強く私の手を引っ張って一目散にラーメン屋を飛び出した。店長は突然のお会計(しかも中学生が釣りはいらねえぜ状態)と退店に「あ、ありがとうございましたーー!?」と何が何やらわからないと言ったような口調で挨拶をした。店員のお姉さんも、周りのお客さんも、飛び出していく私たちに呆気に取られている。もちろん、背後に座ってた怪しい男も、慌ててくしゃりと新聞を閉じて追ってこようとする。「ちょ、お客さん!!ラーメンは!?」またもや店員の焦った声が聞こえた。



「ちょっ、花沢くん!?ど、どこ行くの……!!」


「なるべく人の多いところ!ショッピングモールとか、遊園地とか!!」


「そっ、そんなんで……大丈夫なの!?相手、やばい組織の一員なんでしょう!?モブくんに知らせるとか、」


「大丈夫さ。ちょっとワクワクするだろ。映画みたいで」


「え……」



さっきまでの緊迫した空気なんて嘘みたいに思いの外雑な行動に出た花沢くんに動揺する私。けれど、私の手をしっかり握って前を走る彼はなんだか楽しそうで、私もよくわからないけど急に超能力結社だの世界征服だの彼の言う通り映画のようでワクワクすると言う彼の言葉もわからなくもないかも、と思ってしまう。

けれど背後からはさっきの男が慌てて私たちのあとを走って追い掛けてくる。しかも何やら言っているけど結構距離が離れているのでよく聞き取れない。やがて男の姿は徐々に小さくなり、私たちは人混みの中に紛れて男を撒くことに成功したのだった。



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