「……いや、いる?これ……」


「何言ってるんだい。変装は大事だろ」


花沢くんの手が伸びてきて、視界がうっすら黒く染まる。耳にかけられたそれはブルーのフチの星のサングラスだった。目の前にはピンクのフチのハートのサングラスをかけた花沢くんがいる。ひどい浮かれっぷりだ。これを持ってレジに行こうものなら店員の視線が痛いだろう。


私たちはなんとか男を振り切り少し離れた大通りに来ていた。ここは服屋や雑貨屋など様々なお店が溢れているし、人通りも多い。学校帰りの学生に紛れるにはもってこいだ。
本気で買おうとしてるのか謎だけど、花沢くんはそのサングラスが気に入ったようで未だにかけている。私は少し恥ずかしくなってくるくる回るディスプレイタワーに戻した。


「ねえ、そのサングラス欲しいなら買おうか。さっき結局ラーメンおごってもらっちゃったし……」

「えっ。いや、いいよ。女の子に奢られるなんて申し訳ないし。それに、変装が必要なんて冗談だよ」

「……えっ?」


私がそう言うと、フフ、と笑って花沢くんはサングラスを棚に戻した。ハートと星、誰が買うのかわからないパリピなサングラスがまたディスプレイタワーに揃う。
私が目を丸くして視線で問うと、花沢くんはおかしそうに笑って、少し肩をすくめた。


「ごめんごめん。君があまりにも真剣な顔して信じるからさあ。ちょっとからかいたくなって」


「……騙したの?」


「いや、ほんとごめん。悪気は無かったんだ。自転車のお礼と思って許してくれよ」


「……」


睨む私に花沢くんが少し焦ったように言う。しかし自転車パクった件を引き合いに出されたら、こちらも閉口するしかない。けれど私は本気で世界制服を目論む奴らに追われてると思って、ちょっと本気で怖かったものだから納得がいかない。それに、花沢くんの話は妙にリアルだったし、現にあの男も追いかけてきたし。


反論はしないものの黙り込む私の機嫌を伺うように、「何か甘いものでも食べに行く?」と言って店をあとにする花沢くん。私もここに居座るつもりはないので渋々歩き出したその背中を追う。背後では何の買い物もしていないのに律儀な店員が挨拶を投げかけた。



「でも、あの男が何らかの理由で君を追ってたのはほんとだよ」

「今さら、何言われても信じないよ。またからかってるの?」

「まいったな……。僕が言うのもなんだけど、君はもう少し気をつけた方がいいよ。自分がどれだけ利用価値のある人間か、理解した方がいい」


「……」


じゃり、足元の砂粒がローファーに擦れる音がした。ざわざわと賑わう通りを歩く人の声が、背後に流れて消えていく。もう騙されない。意地からかそんなことを考えているけど、確かに花沢くんの声は真剣味を帯びていて、それにあのラーメン屋の男の素性も結局わからずじまいではまたもその言葉に靡いてしまう。


「あの男は爪じゃない。超能力者じゃなかったからね。君も背後にいて、何も感じなかったろう?」

「……うん、」

「けれど君の能力を知っていて、確かめようとして、追ってきたことは事実だ。つまり君の素性が漏れてる。どこからかわからないけどね。その上同じ超能力者とは言え初対面の僕とラーメン食べに行って話を鵜呑みにして、あまつさえ今もノコノコついてきてるなんて、少し警戒心がないと思うよ」


「な、なんで嘘つかれた上に説教されなくちゃならないの。てことは今の話も嘘ってこと?」


様々な店が軒を連ねる通りに沿って歩いて、横断歩道にさし当たった。広い国道は車道側の信号機が青になると同時に慌ただしくトラックや軽自動車が二酸化炭素を排出しながら目の前を通り過ぎていく。花沢くんと並んで歩行者用の信号が青になるのを待った。


「ごめんね。でも嘘じゃないよ。僕の言うことは信じてほしい」

「……今の流れでは信じられないな…。仮に同じ超能力者だからにしても、君が私にそこまで親切にしてくれる理由ってなに?君の言う通り、初対面の赤の他人なのに」


「………それは、」



赤信号がやけに長く感じる。私たちの他に信号待ちをしている人間はいない。車の通る音だけが辺りに響いて、まるで私たちだけがこの空間に分離されているように感じた。
花沢くんが次の言葉を紡ごうとした刹那、私たちの足元を黒い何かが横切っていった。その一瞬の出来事に目を見張る暇もなく、横断歩道に飛び出したそれが黒猫だと気づいた時には軽トラックが迫っていて、私は声にならない声をあげて手のひらを翳した。けれどそれよりも早く、車道に半身ほど乗り出した花沢くんが必死の形相で猫を向かい側の歩道まではじき飛ばした。慌ててブレーキを切ったトラックの運転手はガードレールに軽く車体を擦ってひしゃげさせたが、運転手が降りるよりも先に私がなおして何事もなかったように一瞬の出来事は終わった。



「……し、心臓止まるかと思った……」

「ありがとう……花沢くん……ナイスファイト……」

「いや、君もさすが」


元凶の猫もいない、車体の傷もガードレールの曲がりもないということで、気味悪そうな顔をした運転手は再び運転席へ戻って走り去っていく。そこでタイミングよく目の前の信号は青になったけど、未だに心臓がバクバクいってる私たちは渡る気にはなれずひとまずその場で呼吸を整えた。
猫め、無茶をしちゃダメだよ。


「……初めて、」


「……え?なに、」

「初めて、自分以外のために超能力を使ったかもしれない」


「……」



呼吸を整えながら、自分の両の手のひらを見つめて一人ごちるように言った花沢くんの言葉に、そっと視線を向ける。さっき信号待ちをしていた時はあんなに長く感じた待ち時間が、あっという間に過ぎて既に点滅している歩行者用の信号。私は花沢くんの次の言葉を静かに待った。


「例えば誰かを喜ばせるとか、驚かせるとか、そういうことに超能力を使ったことはあった。でも結局、それは自分という人間を認めて欲しいからしていたことなんだ。自分のための超能力だったんだ」

「……」

「それに気づいたのはほんの数日前だった。初めて会った同い年の超能力者に気付かされた。」


大分息も整って、再び赤に変わった信号機の前で車の群れが流れていく。背後にはぱらぱらと信号待ちをする人も増えてきた。けれど花沢くんは話をやめない。やっぱり、私たちの空間だけ切り取られてるみたいだ。


「君にお節介をしたのは、君が僕と全く真逆の、影山くんともまた違う超能力者だと感じたから。自分の能力を肯定している癖にまるで違和感なく平凡に生きている。誰かのために自然と能力を使える。そんな君が無防備で心配で、少し羨ましかったんだ」

「花沢くん、」


思いもよらない言葉を投げかけられて、どう反応していいかわならなかった。自分は超能力に対してトラウマや悩みはあれど、普通の人間であることを疑ったことはなかった。モブくんは強大すぎる力に自分の能力を肯定しきれないでいるけど、そこまでの力を持たない自分には超能力と共存することは日常の一部だった。

けれどもし私がモブくんや、恐らく彼と同等か並ぶほどの能力を持つ花沢くんと同じ立場だったら、自分の能力を過信し、それに飲まれてしまっていたかもしれない。

そう考えると彼らが抱える強大なパワーの重責は計り知れないだろう。



「……わかった。信じるよ、花沢くんのこと。同じ超能力者の、友達として」


信号が青に変わる。立ち止まったままの私たちを煩わしそうに怪訝な顔をしたサラリーマンや学生が追い越していく。それに顔を合わせて苦笑いして、私たちもそろそろ渡ろうか、と横断歩道の向こう側に視線を移した。するとそこにはとっくに走り去ったと思っていた黒猫がちょこんと座っていて、私たちの方を見て「ニア、」と小さく鳴き声を上げて今度こそ駆けていった。



「そっか、よかった。信じてもらえて。君のように辺り構わず超能力を使っていたら絶対目つけられるからね」

「うーん、でも超能力結社なんてにわかには信じられないけど……」

「でも実際、僕や君のように超能力者がいるんだから有り得ないことではないだろ?」


そう会話をしながら歩を進める私たち。その視線は走り去っていった黒猫を追っているから心なしか穏やかだ。そして黒猫が路地へ続く曲がり角を曲がった時、入れ替わるように一人の男が出てきて、こちらに向かって歩いてくる。紫のパーカーを着て、フードをかぶっているから表情はよく伺えないがストリート系の服装も相まってあまりガラがよさそうではなかった。
あまりジロジロ見ても頂けないな、と思いそいと視線を逸らす。そのまま通り過ぎようとした時、ふいに隣の花沢くんが私の肩をがしりと掴んだ。


「、どうしたの」


「こっち。来るんだ」


言うが早いか花沢くんはいつかのように私の手首を掴んで踵を返した。進んでいた方向とは反対側の通りへ走って、曲がり角を曲がる。私は突然の展開に訳がわからなかったが、さっきのラーメン屋の男の時とは打って変わって焦った様子の彼に、何も言わず着いて行った。
そしてずいぶん通りから離れた路地に入ったところでようやく手首を解放されて、息を整える。私が理由を問う視線を向けると花沢くんは少し乱れた息の間にその答えを押し込んだ。


「あいつ、超能力者だ。それも、いい超能力者じゃあない、」




「恐らく、爪だ」




対岸の火事のように、どこか他人事に思っていたことが自分に降りかかる。自分以外の超能力者。世の中いい人間ばかりでないように、超能力にも悪人はいるだろう。けれど自分や花沢くんや、モブくんのような。圧倒的な力を持つ者がそれを悪用したら。ようやく自分の持つ力の恐ろしさと、身に起こるかもしれない悲劇を理解してそっと唾を飲み込んだ。



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