「……っは、……し、しぬ……」


「あ、あほか。おま……俺なんて三十路前だぞ……10代がこんくらいで、へばってんじゃ、ねえ……」



はあ、はあ、とまさに虫の息とはこのこと。私たちは時にフェンスを飛び越え、時に大河を泳ぎ(これは嘘)、とにもかくにも何とか商店街の路地裏に身をひそめることに成功した。

もう汗だくの私たちは借り物の制服というのも今更気にすることなく、薄汚れた路地裏の地面に座り込んだり、壁にもたれかかったりして息を整えている。


「……しっかし、お前まで入れないとは思わなかったけどな……」


少し呼吸が落ち着いたらしい霊幻先生がそう言ってくる。たしかに、むしろ私だけは大丈夫と思っていただけに、驚きだしちょっとショックだ。


「……私、そんな援交してるように見えます……?」

「いや……どっちかっつーと女子高生には見えない」

「は?どういう意味ですかそれ」

「キャピキャピしてない。青春をどっかに忘れてきた感じ」

「シバキ回しますよ」


けれど、霊幻先生がそう言うのもわかるかもしれない。

さっきモブくんが部活の勧誘を受けてた時に思ったけど、私も中学時代は部活とかしてたけど、今はほんとに何もやってない。というか、様々なことに悩んだり、疲れたりするたびに何かを始めることに億劫になってしまった。


その根底には自分は人と違う、そう無意識に感じてしまうところがあるからだと思う。人と違うことで悩むことは万能感にも似た自己陶酔だということは分かっている。それでも、本当の自分を理解してもらえない、開示したところで拒絶されたらと思うと怖い、そんな臆病な感情が私の行動を制御する。

私は、青春を忘れてきたのか。どこに?取りに行くことはできるのか。



「……オイ、ナマエ。ここにいてもいずれすぐあいつらに見つかる。その前に行くぞ」


「……っ、え、あ、……はい。」


ぼんやりそんなことを考えていると、ふいに霊幻先生がざわつく通りの方を見つめて言った。咄嗟に反応できず、少し間の空いた返事をした私に、怪訝そうな顔を向ける先生。


「どうした?」

「いえ、なんでもありません。……それより、行くってどこにですか?」


しかしいつも通りの私の返事に、先生もそれ以上言及してくることもなかった。

先生が視線を向けていた先を見ると、さすがに商店街だけあって夕方でも人がひっきりなしに歩いているし、賑わっている。特にこの時間帯は下校途中の学生たちで賑わっているだろう。

そんなところに飛び出して、ましてやどこに向かうのか。事務所に帰ろうにもこことは逆方向だから少し歩かないといけない。それなら暗くなるまでもう少し待った方がいい。


「実はな。今日はもう一件依頼があってな」

「えっ?そ、そうだったんですか。でも……」


こんな格好じゃ、と続けようとしたけど、それは霊幻先生もわかってるだろうから言葉を切る。

外の様子を確認しつつ、こちらを振り向いた先生は走ってきた汗のせいでマスカラやら、口紅やから流れ落ちてものすごく悲惨なことになっている。怖い。路地裏の暗がりでみるから余計怖い。そういう私も相当ヤバイだろうけど……


「安心しろ。依頼人には事前に伝えてある」

「えっ」

「それに、このかっこで入った方がむしろ浮かねーだろうしな。警察からも身を隠せて一石二鳥だろ」

「そ、そうなんですか……そんな場所が!」


それなら人気がなくなるまで身を隠せるしありがたい!と喜ぶ私。けれど、先生は私の顔をじっと見て静かに指摘する。


「おい、お前化粧流れてやべーぞ。笑うと更に怖い」

「そういう先生も変態通り越してモンスターですよ。」

「……」

「……」

「……」

「……拭き取るクレンジングありますから、それ使いましょう」

「……ああ」


そうして私たちはとりあえずクレンジングで化粧を落として、もう一人の依頼人のもとへ向かうことになった。





















「……なるほど、ゲームセンターですか」

「おう。これなら森の中に木を隠すようなもんだろ」

「いや……まあ、そうですね」


ガヤガヤとゲームの音やコインの流れる音が私たちの声をかき消す。たしかにここなら学生が多いし、暗がりだし、みんな自分のゲームに夢中だからあまり周りを気にしないのかもしれない。それにたまに変な人もいるしね。



「ええと、霊とか相談所の、方ですか……?」



キョロキョロと周囲を見回していると、ふいに店員さんらしきお兄さんに声をかけられた。事前に連絡はしている、と言っていたけど、あまりの私たちの不審さに少しビクビクしている様子だった。


「ええ、はい。そうです。私がかの有名な天才霊能力者、霊幻新隆です」

「従業員のミョウジです。」

「ああ!よかった!お待ちしてました。さっそくなんですけど、問題の機械、見て頂けますか??」

「ええもちろん。お安い御用ですよ。行くぞ、ナマエ」

「はい」


店員さんは霊幻先生のかっこを上から下まで見回していたけど、一応腕は信用しているようで問題の場所へ案内してくれた。そこは、ゲームセンターの一番奥まったところ、そこに並んだプリクラ機の一番端っこのそれだった。


一見、本当にただのプリクラ機だけど。そう思っていると店員さんは困ったようにことの経緯を話し始めた。



「実は、ほんの1ヶ月ほど前からなんですけど、このプリクラ機で写真を撮ると、背後に幽霊が映り込む、って苦情が相次いでまして」

「幽霊が…?」

「なるほど。心霊写真の撮れるプリクラ機か……」


納得したように霊幻先生は言う。店員さんの言うことが本当だとすると、その幽霊はこの場所か機械に取り付いてる、ってことになるのかな。


「ただ、映り込むには条件があるんです」

「条件?というと?」

「はあ、いわゆる、チュープリというやつですか、あまりそんな写真を残されるとうちも困るんですけど……。とにかくカップルがイチャイチャしているプリクラに映り込む幽霊なんですよ」

「……チュープリ……」

「そらハタ迷惑なヤツだな。要するにリア充爆発しろってことか」


まあ気持ちはわからんでもないが、と続けた言葉は聞かなかったことにする。

でも、最近のカップルはチューしながらプリクラとか撮るのか。私はその事実にびっくりだ。それに、プリクラって他の人の履歴も見れるよね?だから店員さんは苦い顔をしていたのか……と納得する。


「うちとしてもそんなプリクラ機があったんじゃあ気味悪がられて商売上がったりです!中には面白がって使いたがる子もいますけど、もしその後に呪われたりでもしたら……そう思って今は使用中止にしています」


「なるほど……では、一度電源を入れてもらえますか。安心してください。人の恋路を邪魔するような幽霊は、この霊幻新隆がきっちり除霊して見せますから!!」

「あ、ありがとうございます!!で、では電源を入れますので……どうか、よろしくお願いいたします……!!」


霊幻先生がいつもの営業口調で言うと、店員さんはキラキラした眼差しで先生のことを見た。除霊するのは私なんだけどなあ、というか、もし一人でここに来ることになってたら、先生はどうしたのか。とか、考えていると、ピコーーン!!という音とともに眠っていたプリクラ機は目を覚ました。


それを見届けて店員さんは業務に戻る。


「うし、じゃあプリクラ撮るぞ」

「やっぱり撮るんですね……」

「当たり前だろが。じゃないとほんとか確認できねーし、幽霊も呼べねーだろ」

「とか言って先生……やっぱり楽しんでません?」


そんな私の言葉は無視していそいそとカーテンをくぐってプリクラ機の中に入る霊幻先生。仕方なく私もそれに続いて入った。


「うわ、めっちゃ眩しいなこれ。てか、中白っ」

「先生プリクラ初めてですか?」

「まー、俺が学生の時代はこんなんなかったからな。大人になって撮りに行くわけでもねーし」

「なるほど。今すごいジェネレーションギャップを感じました」

「ほっとけ」


とりあえずカバンから財布を出して400円を入れる。あとで店員さん返してくれるだろうか、とかせこい期待をしつつ、お金を入れるとすぐに撮影モードは始まった。


『撮りたいコースを選んでね!』


「……え……なんだこれ、ナマエ助けて」

「別になんでもいいですよ。じゃあ、ナチュラルコース、おすすめ美肌、加工は少なめ……」


適当に画面をタッチして選んでいく私に、先生が横から感心したように見つめる。そしてすべて選び終わったところで、撮影に入る。私たちは指定された立ち位置に立ってカメラに顔を向けた。


「……ナマエ……お前、女子高生だったんだな……」

「ほんとにシバキ回しますよ先生」


かなり失礼な先生の発言に少しイラついていると、機械がポーズを指定してくる。別に幽霊が映ればいいんだし、直立不動でいいでしょ、と思っていると、先生にダメ出しされた。


「オイこら!ちゃんとポーズとれよお前〜〜!!ノリの悪いやつだな!」

「え……まじですか先生……ブリっ子ポーズ……」

「それに幽霊はリア充の写真に映り込むんだろ?なんかほら、楽しそうな雰囲気にしねーと除霊もできねーじゃねーか」

「ぐ、……た、たしかに……」


先生の言うことは一理ある。仕方なく、恥ずかしいのを我慢しながら先生と同じように頬に両手を当ててカメラを見上げる。



『3・2・1 ♪』



カシャッ!!


カメラ音が鳴ると、私たちはポーズを崩す。すぐにパッ、と画面に映った私たちの写真に、思わず目をそらしたくなる。だって見ずともわかっている。そこには三十路前の成人男性と、やる気のない女子高生がブリっ子ポーズでプリクラに映っているだけだ。そう、思ったら。


「え……なにこれ……先生メッチャかわいいじゃないですか」

「だろ。お前もまあまあイケてるぞ」

「何ですかその上から目線。てかこれ詐欺ですからね、加工詐欺!」

「詐欺じゃねーし実力だし!!」


そんなよくわからない言い合いをする私たち。しかも、写真に幽霊写ってないし。それに気づいた先生も驚いたように言う。


「なんでだ!?くそっ、俺たちが非リア充であることがバレたのか……!!」

「いや、バレバレでしょ。リア充女装して幽霊退治しませんから」


そんなことを言ってる間にもプリクラ機は次の写真を撮ることを誘導する。このまま同じことをしてても幽霊は現れないし、どうしたものか……と考えあぐねていると、急に霊幻先生にがしっ!!と両肩を掴まれた。え。


「……え。れ、霊幻先生……??」


「もうかくなる上はチュープリしかねえ。覚悟決めろよ!!ナマエ!!」


「えっ…ええええええ!?!?!?う、うそでしょちょっ、」



『カメラの前でポーズをとってね!!』



かわいい女の子の声で無慈悲な音声が流れる。私を逃がすまいとがっしり掴んで覚悟を決めたっぽい真剣な霊幻先生の表情に笑顔が引きつったみたいな顔になる。

いや、いやいやいやいや。ナイナイナイナイ!!!嫌だよ!!こんな訳のわかんないファーストキス!!!



『3・2・1 ♪』



「ちょっ……!!やめ、ギャアアアアアアアアアアアア!!!!お願い出てきて幽霊さんんんんんんん」



除霊しにきたはずが、なんでこんなことに。プリクラ機の中で絶叫した私はぎゅっ!と目を瞑って神頼みならぬ幽霊頼みをした。

ほんとに、まさか除霊するはずの幽霊に助けを乞うなんて。援交疑惑はかけられるし、今日は厄日だ。

そう、ツイてない自分の一日を呪った時、



スパコーーーンッッ!!



「っでえええ!?!?」


「………えっ、!?」


めちゃくちゃ爽快な音と共に霊幻先生の叫び声が聞こえてきた。私は驚いてすぐさま目を開けると、そこには頭を抑えてうずくまる先生と、丸めた教科書を手に持ち、仁王立ちをする女子高生らしき女の子がいた。


「無理やりキス迫るなんてサイッッテーー!!!男の風上にも置けないね!!しかも、女装してチュープリ撮ろうとかどんな変態プレイ!?!?」



ドン引きしながらまくし立てる女の子を見て、あ。と思う。この子、体が透けてる。この子が心霊写真の撮れるプリクラ機の幽霊だ。


「ってえなぁーー!!!……あっ!!お前か!!人の恋路を邪魔する陰湿な幽霊は!!いやそもそも、お前がさっさと出てこねーからこんな事態になったんだからな!?!?」


「はあ??除霊されるのに堂々と現れる幽霊いると思う!?それに私はカップルの邪魔なんかしてないわ!!チュープリなんて撮る長続きしないカップルに、親切心で別れるキッカケを与えてやってるのよ!!」

「いやそれが邪魔だっつーーの!!!」


女装した上司と幽霊の謎の言い合いが目の前で展開されて、私はぽかんとその場に立ち尽くす。けれど、この女の子のお陰で私のファーストキスは守られたんだ。お礼を言わなきゃ。


「えっと、あの。ありがとうございました!助けて頂いて……」


「ん?ああ、全然いいよ。てか、あなたも除霊業者だかなんだか知らないけど、こんな変態野郎とはさっさと別れた方がいーよ!」

「誰が変態だこの陰湿幽霊が!!!……まあいい、そうやって姿を現したが運の尽き……お前なんざ、この天才霊能力者霊幻新隆……の弟子の!!ナマエが一発で除霊してやるんだからな!!!」

「先生私従業員だけど弟子になった覚えはありません」


さすがにモブくんがいないからか除霊を丸投げしてくる先生。いや、仕事だからいいんだけど…。

しかし先生がそう言うとさっきまで強気だった女の子が、うぐ、と少し怯んだような、怖がるような顔をした。当然この子も未練があるからこうして幽霊として心霊写真に映ってるわけで、それを叶わずに除霊されるのは怖いのだろう。


「えっと、大丈夫だよ。話も聞かずに除霊はしないから…。見たところ悪霊ではないようだし」

「まぁたお前はそんな甘いこと言って…。こいつ結構陰湿だから早いとこ除霊した方がいいんじゃねーか?」

「うるせー変態詐欺師が。てめーから全然霊力感じねーぞ」


「口悪いなこいつ……」


そう先生に突っかかっていた女の子だけど、一応話は聞いてほしいようで、少し黙ったあとにゆっくり喋り出した。その様子を霊幻先生は半ば不審そうな目で見守り、私は黙って静かに聞いた。


「……べつに、大した理由はないんだけどさあ。……私、生前は毎日部活に明け暮れるような体育会系の女子高生だったのね。小学校の頃から続けてたバスケットボール部の副キャプテンで、チームの輪とか責任とか、色々大変だったけど毎日充実してた……」


「でも、死ぬのはほんとアッサリ。部活終わりにみんなでプリクラ撮ろうってこのゲーセンに行く途中、突っ込んできたバイクに跳ねられた。他の部活仲間は無事だったけど、私と運転手は即死だった」


「……」

「初めの数週間は恨んだわ。けれど、相手も死んじゃってるし、悲しむ親や、一生かけて償うって謝る相手の親族の様子を見て、ああ、もうどうにもできないんだって。いくら私が泣いても怒っても恨んでも、死んでしまったものはどうしようもない。」


「自分のために人が泣いたり怒ったりしてると感情が冷めちゃう、って感覚がよくわかったわ。今ではそんなに額は多くないけど、慰謝料貰って示談も成立した。自分の死に対して、私はきちんと受け入れているわ」


「……じゃあ、なんでまだこんなところにいる。成仏できねーってことは、まだ心残りがあるんだろ?」

「……」



何度いろんな幽霊の話を聞いても、けして慣れることはなかった。この世に想い人を残して死んでしまった人、生きている人間を恨む人、死んでまで自分の欲望に忠実に生きようとする人。

様々な幽霊に出会ったけど、一概に言えるのはみんな未練があるということだ。当たり前だけれど、そうでないと幽霊にはなれない。そしてその未練を浄化するのが私たちの仕事だと思っている。


「……プリクラを、ね。撮りたかったのよ。もちろん、友達とは腐るほど撮ったし、家にある缶ケースの中には今までのプリクラがぎっしり詰まってるし、手帳にも携帯にもたくさん入ってる……」

「……?」


「……撮りたかった、って、それは、誰かと……ってこと?」


「!!」


全く意味がわからないと首をかしげる霊幻先生だったが、私はなんとなく察しがついた。霊幻先生に言われたように、キャピキャピしてないかもしれないけど、腐っても私は女子高生だ。

私がそう問いかけると、彼女はハッ!したようにこちらに視線を向けたあと、少しうつむいて言いづらそうに言った。


「……私、部活とか友達とか、私生活は充実してたけど……。その、彼氏……というか、好きな人ができたことなくて」

「……」

「ほお、なるほど」

「だから、生きている内に一度だけでいいから、男の子と2人で、プリクラが撮ってみたかったなあ……って……」


かあ、と少し頬を赤らめて言う女の子はかわいかった。今までどろどろとした未練を抱えた幽霊が多かったから、思春期の女の子のささやかな未練を聞いて、胸がほっこりする。そして、同時に切なくなった。


「よし、それならいい考えがあるぞ」


「先生、」

「ほ、ほんとに……??」


女の子の話を納得したように聞いていた霊幻先生が、自信満々にそう言う。こういう時の先生はほんとに頼もしい。そう思ってそのいい考えとやらが説明されるのを待った。


「あのな、驚かないで聞いてくれ。こう見えても俺……男なんだよ」


「うん、知ってる。」

「逆に今更すぎてビックリです」


そもそも変態女装野郎、って言われてたし。ボケなのかなんなのかわかんない霊幻先生の発言にぼんやりとした顔で見つめる私たち。しかしそんなことは気にせず先生は続けた。


「なら、俺と撮ればいいだろ、プリクラ。……まあ、お前としては好きな男と撮りたかったんだろーが、そこはガマンしてくれ。成仏する前に思い出づくりとしていいんじゃねーか?」



「……え……い、いいの……?」



そんな霊幻先生の言葉に、意外にも少し嬉しそうに言う彼女。ほんとに、恋がしたかったんだなあ。そう考えるとこの若さでこの世を去ることになってしまった悔しさ、未練。計り知れないと思う。それなのにきちんと割り切って、成仏することに前向きな彼女はとても強くて、偉大だ。


「よかった。じゃあ、私は外に出てるから……」

「おう、終わったら入ってきてくれ」


「……」



そう言って霊幻先生にこの場を任せてカーテンをくぐり、外に出ようとした私。けれど、少しの間黙っていた彼女が、ふいに制止の言葉を投げかけてきた。


「ま、待って。」


「……え?どうしたの?」


彼女は私をそう呼び止めると、穏やかな表情で言葉を紡いだ。その表情はまるで、幽霊なんかじゃなくて、ほんとにただの友達と遊びに来た、女子高生そのもののように感じた。



「やっぱり、あなたも一緒に写ってくれない?大勢の方が、楽しいしね」




そう言った彼女からは生前の面影が感じられた。バスケットボール部の大勢の部員をまとめて、試合して、遊んで、笑いあって。とても頼れる副キャプテンであり、素敵な女の子だっただろう。そう思う。



「……うん。一緒に撮ろう!」



彼女の言葉に小さく笑って頷いた私。すると、プリクラ機はもうすでに最後のワンショットを撮ろうとしていて、機械の女の子が急かすようにポーズを決めろ、と指定してくる。慌てた私たちはわたわたしながらカメラの前に移動するも、


「っぎゃあ!!ちょ、先生助け、!?!?」

「うおっ!?何やってんだおま、!!!!」




『3・2・1 ♪』




カシャッッ!!


ドッ!!シーン……、と効果音がつきそうなほど、派手にズッコケた私と、その巻き添えを食らった先生。

あまりに慌ててたから床のコードとか隠してるでこぼこしたとこにつまづいてズッコケた。いてて、と私を受け止めた反動で体を打ったらしい先生がさすりながら上体を起こす。お陰で私は何ともなかったけど……。


「ご、ごめんなさい先生……!大丈夫ですか……!?」

「っあー…。まあ、大丈夫だけど……んとに気をつけろよな、変なとこでどんくさいんだからなお前は……」

「す、すみません」


謝ってお互いゆるゆると立ち上がる。ところで、撮れたプリクラはどうだろうか、と画面を見ると案の定盛大につまずく私と慌ててそれを受け止めようとする先生、そして目の前の急激な出来事になすすべなくビックリしている女の子の姿がバッチリ写っていた。

あーあ…。せっかくのプリクラだったのに……。私のせいでよくわからないわちゃわちゃした写真になってしまって、女の子の方に申し訳ない表情を向ける。


「ご、ごめんね。こんな感じになっちゃって……あの、よかったらもう一回撮りなおそ……」



「ふふっ、すごいプリクラ。中々こんなの撮れないよね」



「えっ……」


肩を落として謝る私に、女の子はおかしそうな、すごく嬉しそうな笑顔を浮かべて、私に向き直った。

同時に、女の子の周りからぽわぽわと明るい光が浮かんでくる。それを見てあ…。と思う。あっけに取られたように見上げる私と霊幻先生に、女の子はとても幸せそうな笑みを浮かべて、その体はゆっくりと空中に浮かんでいく。


「……私、本当は彼氏が欲しかったとか、そんなことが心残りだったんじゃあないんだって、今わかったわ。」


「私はもう一度みんなと、友達と。馬鹿みたいなことして笑い合って、一緒にプリクラ撮って、青春したかっただけだったんだ。10代っていう貴重な青春の時間を奪われてしまって、悔しくて、それが心残りだったんだ。」


「……」


「ありがとう……女装のお兄さんも、女子高生の、頼れる除霊師さんも。まるで生きてた時みたいに、彼氏ができて、友達ができて、もう一度青春しているみたいだった!」



そう、穏やかな顔で私たちに告げる彼女に、涙が出そうになる。こんなに短い時間だったし、ましてや幽霊の女の子だけど、まるで本当に新しい友達ができたみたいに楽しかったよ。まるで、明日学校に行ったら「おはよう。」って、挨拶するのが当たり前に感じるくらいに。

そして彼女の姿がもうほとんど視認できなくなって、いよいよ声も掠れてしまった時。彼女は、私の方を見てたしかに言った。その言葉が、じんと胸に響く。



「……あなたも、短い青春精一杯楽しんでね。悔いの残らないように、毎日を全力で、大切に生きてね……」




死んでしまった同世代の女の子の言葉は、私の倍以上生きているようなお年寄りの言葉より実直に胸に響くものがあった。


「……」

「……」


彼女が成仏したプリクラ機の中には、撮影モードが終了し、機械が流すにぎやかな音楽だけがこだましていた。


女の子が言っていた悔いのない青春、という言葉が引っかかる。彼女は部活もして、友達もたくさんいて、充実した毎日を送っていた。それでも、急に死んでしまった時、心残りだったのは恋がしたい。もう一度青春を過ごしたい、それだけだった。

彼女ですらそう思うなら、私がもし明日、急に死んでしまったらどう思うのだろう?その時の心残りは?私の青春は、これでいいのだろうか。


「……」

「……またなぁに考え込んでんだよ、」

「でっ、」


グイッ、と頭を鷲掴みにされて軽く押される。上からかけられた圧に若干首がめり込んだ。ひどい。


「あいつの言葉。もっともだと思うが俺はいっこだけ訂正したいとこがあったな」


「えっ……。聞かせてください」


路地裏でモブくんの部活勧誘の件を思い出していた時も思ったけど、霊幻先生は人の変化にとても敏感だ。今も私が何かしら、思うところがあって考え込んでいると悟ったらしい。


霊幻先生の言葉はいつも私に活路を見出してくれる。もちろん、人間なんだから間違えることだってある。私も、100%この人の言葉を信用する訳じゃあないけど、先生の言葉は聞いていたい。迷った時にそっと道標を示してほしい。そう思うくらいは尊敬し、着いていきたいと思っている。


「あいつは青春は短いって言ったが、俺はそうは思わねーな。『一生青春、一生感動』って言葉があるくらいだ。または有名な哲学者は『青春は若いヤツらには勿体ない』、とも言ってる。」


「……」


「つまり、若い時にあれしとけばよかった、これしとけばよかったって後悔することもあるだろーが、だからってけして遅いわけじゃねーんだよ」



「俺だってまだまだ自分は若いと思ってるし、やりたいことも欲しいものも腐るほどある。それに、自分が何をしたいか、何になりたいかなんてこの歳になってもハッキリわからねーからなあ」




「だから、焦んじゃねーぞ。以上。」




制服姿でビシ!と指を指して言い切った先生は、先生なりに私を元気づけようとしてくれているのだろうか。


一生青春、一生感度。か。


素敵な言葉だ、と思う。おばあちゃんになっても青春してたいな、と感じた。


言うだけ言ってさっさと霊幻先生はプリクラ機から出ていってしまった。それに私もゆるゆると歩いて続く。

案の定落書きタイムは終わってしまっていたようで、取り出し口から取ったプリクラを見てみるとなんとも簡素な写真がそこにはあった。しかも、マトモに撮れてるのは最初のブリっ子ポーズの悲惨な1枚と、最後のハプニング写真だけである。それに、くすりと笑う。


「あっ!!霊幻先生、もしかして、除霊は……」

「……ああ。もちろん終わりましたよ。今からまた普通に使えるようになりましたよ、プリクラ機。うちに依頼したのは正しい判断でしたね」

「ほんとですか……!!ありがとうございます、ありがとうございます……!!!あ、従業員さんも、ほんとに助かりました……!!」

「いえ」


プリクラ機から出たところで依頼人の店員さんが駆けつけてきた。深々と頭を下げ、霊幻先生にお礼を言う店員さんの横で、私は近くのテーブルにあったハサミでプリクラをチョキン!と2等分にする。

店員さんは丁寧に私にもお礼を言って、霊幻先生に依頼料が入ってるらしい封筒を渡していた。何はともあれ、これで一件落着だ。

また何かありましたらお願いします、そう言って仕事に戻って行った店員さんを見送り、ほっと一息ついたところで霊幻先生に声をかける。


「んじゃ、俺たちも帰るか。」


「はい。あの、その前にこれ……渡しときます」


「おっ」


そう言って手渡したのはさっき2等分したプリクラ。落書きも何も無い質素なもの。しかも、マトモに写ってるのは変な写真2枚だけ。それでも、私はずっとこのプリクラを大切にするだろうな、と確信した。



「いいプリクラじゃねーか」



そう言って制服の内ポケットにプリクラをしまった先生も、同じ気持ちだと思う。今日は色々あったけど、なんだかんだ晴れやかな気持ちで仕事を終えることができた。そういえば、モブくんは大丈夫だっただろうか。そう、考えつつ薄暗い店内からすっかり幽霊に染まった空の下へ出る。

すると、




「あ"っっっ!!!!いました!!!女装をしたポニーテールの20代半ばから後半くらいの男と、その援交相手と見られる10代らしき少女です!!!報告を受けた特徴と合致しています!!!」







「……嘘だろ。この後に及んで」


「……霊幻先生。でも今、何をすべきなのかはハッキリわかります」


ゲームセンターを出てすぐのところで固まっていた私たちだったが、その無線で喋る警官の声とともにダッ!!!と走り出す。やっぱり今日は厄日だ。ひと仕事終えた後に、こんな鬼畜な展開が待っているなんて。


「やっべえ!!応援めっちゃ来た!!調味市の警官有能すぎだろ!!お疲れ様です!!」

「……っちょ、先生……!!私もう無理です……!!色々ありすぎて体力が……」

「えっ!!まじかよ。……しゃあねえ!!オイ!!そこの君たち!!悪いがそれ貸してくれねーか!?」


そもそも、ここまで走ってきた時点ですでに体力は限界だった。その後も除霊はしていないけどかと言って休んだわけでもなく、どちらかと言うと気を張っていたのでもうあの数の警官たちから逃げ切れる気がしない。

せめて先生だけでも逃げてください……!!そんな気持ちを込めて言うと、先生は何を思ったのかゲーセンの駐輪場で自転車に腰掛け、話し込んでいる不良っぽい男の子たちに声をかけた。

それ、と先生が指さしたのは一台の黒い自転車。

男の子たちは急に必死の形相で話しかけてきた女装男にギョッ!とすると同時に、貸してくれ、と言われた目の前のものに対して「はあ!?」と敵意をむき出しにした。


「はあ!?!?何言ってんだオッサン!!貸すわけねーだろーが!!キモイんだよあっち行けよ!!」


「そうか……貸してくれないか……それじゃあ仕方ない……貸してくれないなら……」


威嚇する男の子たちに、うつむいて静かにそう言った先生は、次の瞬間バッ!!と自転車を強奪した。

背後には迫り来る警官たち。目の前には何が起こったかわからずぽかんとする男の子たち。つられて私も呆然とする。


「ほら!!早く乗れナマエ!!!追いつかれちまうだろーが!!」

「い……や、いやいやいやいや!!!ダメでしょ!!それこそ犯罪ですよ先生!!窃盗罪!!懲役または罰金ですよ!!」

「アホゥ!!お前、変質者と援交女子高生として捕まった方が未来的には危ういぞ!?!?それに、これはパクるんじゃねえ!!きちんと返しに来る!!だから君たちも心配するな!!そして、ナマエお前は早く乗れ!!!」


「……そ、そんな、」



いや、ダメだろ。けれど、冷静にそう考えても背後にはほんとに近くに警官が迫って来ている。もう逃げてしまった手前どんな言い訳をしても疑われるのは確実だし……。と切羽詰った状況では、時に人はとんでもない判断をしてしまうものだ。


もう、逃げるしかない。パクったチャリで。

意を決した私はすでにサドルに跨って待っている先生の後ろに飛び乗った。それを合図に自転車のペダルにはぐお、と思い切り力がかけられて急発進する。私はその場に残された上半身が背後に仰け反りそうになるも、咄嗟に目の前の背中につかまり事なきを得た。


「……ハッ!!お、お前らふざけんなよ!!!てめえ、それはテルさんの自転車だぞ!!!テルさんが女の子とプリ撮って帰りに自転車2人乗りして帰るっていう甘酸っぱい青春の一ページを刻むためのものだぞ!!ふざけんなよ!!!」


「枝野、めっちゃ説明口調だな……」


「でもま、いいんじゃねーの。テルさん、喧嘩では頼りになるけど女とイチャついてばっかでムカつくし。今も俺たちに荷物の見張り番させるし」


「……まあ、それもそうか。」



目の前の出来事についていけてなかったらしい不良は、テルさんの自転車だかなんだか叫んでいたけど、もう今更返すことはできないから聞かなかったことにする。

でも、あの制服には見覚えがあったから後日きちんと返しに行くことを約束するよ。そう、あの制服はたしか黒酢中だ。学校の駐輪場に置いて置いておけば大丈夫だろう。



「っでぇ、ッ!?!?」



背後の警官を気にしつつ、段々遠ざかっていく不良たちを振り向いて見ていると、どうやら視覚障害者用の黄色の点字タイルがあったらしく、それに乗り上げると同時に尻を思い切り打ち付けてしまう。普段のスピードならまだしも、この速度で走っていたら結構な衝撃だ。そもそも私荷台だし。


「うわこれ絶対アザになる」

「しゃあねえ我慢しろ!!止まったら確実追いつかれる!!とりあえず商店街突っ切ってなるべく事務所の近くに戻るぞ!!もちろん警官撒いてな!!!しっかり掴まってろよナマエ!!!」

「は、はい!!てかこれ、このスピード、落ちたりぶつかったりしたら死にません!?!?私たちも、通行人も!!!先生絶対安全運転でお願いしますよ!!!」

「この状況で安全運転は無理だろ!!!大丈夫だ、来た時に比べて人は少ない!!!めちゃくちゃベル鳴らしまくって危険を察知してもらう!!」


たしかに、先生の言う通り商店街の人はまばらだ。主婦たちは帰って夕飯の準備をしているだろうし、学生や子供はもちろん課題を終わらせて、お風呂に入って、明日の準備でもしているだろうか。

とはいえ本当にごめんなさいという気持ちになる。自転車強奪して商店街爆走。しかも警察沙汰になっている。いや、元々濡れ衣だから何も悪いことはしてないんだけど。どうしてこうなった。


リンリンリンリン!!!とけたたましいベルの音が鳴る。

ああ、標識のあるところ以外で鳴らしたら犯罪なのに。なんて、今はどうでもいいことが頭をよぎる。


幸い歩行者たちは少ないしみんな道の端の方を歩いてくれているので危険はないが、急に背後から現れた危険運転の自転車にみんな「ヒッ!?」と小さく声を上げて離れていく。罪悪感。



「……って、なんかめちゃくちゃスピード上がってません!?!?」


「……ああ!!最悪なことにこの商店街坂道になってるからな!!下り坂でちょっと漕ぐだけですげースピード増してる!!!」


ゆるいが傾斜のある商店街に、ちょっとしたジェットコースターより恐怖を感じる。いやまじで、事故ったら死ぬ。確実に。

見慣れた商店街のマックやコンビニ、本屋の看板がものすごいスピードで視界の端を通り過ぎていく。恐々と背後の警官たちの様子をもう一度確認すると、傾斜は自転車をスピードアップさせるが、人の足ではその逆だった。確実に遠のいていく警官たちの姿と怒声に、これはなんとか逃げ切れるかもと希望を見出す。けれど、


「っ、せ、先生……!!!この先、真ん前、交差点ですよ!!!しかも今赤に変わった!!!」

「……ああ。わかってる。だから、次の角曲がって路地に入るぞ!!!」


「ええ!?!?あの、狭い路地にですか!?!?」


風圧で相手の声を聞き取りづらい中、なんとか大声を出して会話をする。すると霊幻先生はわずか数メートル先に見える商店街の横の、細い路地に曲がって入ると言い出した。たしかに、このまま直進すれば確実に車と接触事故を起こすし、急ブレーキかけたら吹っ飛ぶと思う。

それなら、角を曲がって減速して、更にはこの広い商店街の通りから抜けた方が逃げやすくもなると思う。けれど転倒したら確実に擦り傷だけじゃあ済まないよなあ…。そう考えて戦々恐々とするも、もう、やるしかないんだ。



「先生!!!私、先生に命を預けます!!!先生の運転技術を信じてます!!!……ってあれ、先生運転免許持ってましたっけ、」


「ああ。任せろ。車は持っていないが免許なら学生時代に取った!!!」



「それってペーパードライバーじゃなないですかあああああああああ!!!!!」



ぎゃあああああああ!!!!!という断末魔とともに自転車は吸い込まれるようにして細い路地に進入する。その瞬間ものすごいGが体にかかる。髪の毛先が背後に残されて自転車が曲がる瞬間に空中に浮いているのを視認できた。



「〜〜〜〜〜っっっっ!!!」



思い切りハンドルを切って、車体を倒し、先生の膝はもう地面につきそうだ。ガガガ、と自転車の側面は路地の壁に削れて火花を散らしそうだし、私の肩もほんのり擦れて制服にダメージを与えた。ああ、これ買い取らなきゃダメかもなあ。

なんて、そんな呑気なことを考えている場合ではなく。



なんとか曲がり切れたはいいが、側面を壁に擦ったために重心が不安定になった自転車はものの見事に前輪が地面につんのめる。その瞬間大きな円を描くように空中に放り出された私たちは、一回転しながらオレンジ色の空を見上げてた。



「……先生っっっ!!!」



バッ!!!と慌てて手のひらを伸ばす。そして放り出された先生の体と、自分の体に向かって瞬時に超能力を放った。そこで私たちの体はアスファルトに叩きつけられるギリギリのところで空中で静止し、なんとか事なきを得る。気の抜けた私が超能力を解くと、一気にドサリ!と体は地面に落下した。


「はあ……は、……し、死ぬかと思った……ほんとに……」

「さ、サンキューな、ナマエ……。俺まじで昔の記憶が駆け抜けたわ……」


「と、とりあえず私が自転車なおしますから、もう一度乗って逃げましょう。警察もだいぶ引き離しましたし、このまま事務所まで走りましょう」


「あ、ああ。そうだな。頼むわナマエ」


未だ動揺が隠しきれない私たちだったけど、とりあえず今は警官たちから逃げなくては。そう思って派手に地面にぶつかって破壊された自転車のパーツをなおしていく。

そしてなおったところで再び2人で自転車に跨って、今度こそ安全運転で、事務所を目指して走り出す。



「……しっかしまじで今日はすげー一日だったな。警察に追われて自転車パク……借りて逃げるとかドラマみてー」

「ほんとですよね……。でも、よくよく考えたら私、自転車2人乗りしたの初めてです」


「おっ、まじで。そういや俺も学生時代にクラスのマドンナと2人乗りして帰った記憶があるようなないような」


「ないんですね。」


「その通りです。」



そんな気の抜けた会話をできるくらいには警官たちは引き離せた。けしてゆっくり走っている訳では無いが、さきほどに比べると、耳元で風を切る音もしないし、命の危険も感じない安全運転だ。


商店街の路地の、すこし古びた下町の雰囲気。どこからか夕飯のカレーのにおいがする。頭上では私たちの慌しい一日を嘲笑うように、カラスが鳴いてる。遠くの空には真っ赤な夕日がもう沈む頃。オレンジの夕闇は次第に夜の色を帯びてきている。



「……」



ふいに、目の前の背中に視線をうつす。

女装して、プリクラ撮って、除霊して、自転車強奪して警官から逃げて。


本当に、先生の言う通りドラマみたい。大変だったけど、中々できる経験じゃあないと思う。ふいに、プリクラ機の彼女が言っていた言葉や、私が考え込んでいたことを思い出す。


もしかしてこういうのを、青春っていうのかなあ。


よく、わかんないけど。

自転車を漕ぐたびに、小さく左右に揺れる背中を見つめる。そして、見上げる先にある、未だにポニーテールの揺れる金髪に、くすりと笑う。



「……お、。ど、どうした?疲れちまったか……?」



ぽす、と、軽くその背中に頬を預ける。制服越しに伝わるあたたかい体温に、少しドキドキと心臓が高鳴る。それはあんな修羅場のあとだからか、初めての2人乗りをしているからか、それとも別の理由からか。やっぱりよく、わかんないけど。



「……はい。でも、今日はなんだか、楽しかった」



先生の背中にもたれたままそう言うと、ややあって「おー…」という声が聞こえてきた。

カラカラとタイヤのチェーンが鳴る。夕暮れの空気が、頬をなでる。寄りかかった背からは、人のぬくもりを感じる。



「……そうだな。楽しかったな」




そう、同意してくれた先生に、ほっと笑顔がこぼれる。制服越しに内ポケットにしまったプリクラに触れて、もう一度、彼女のことを思い出す。

私が悔いのない青春を送ってるかどうかはわかんないけど、少なくとも今は、「今日も一日大変だったけど、楽しかった。」そう、思えているから、とりあえずいいかなあ、と思うよ。

なんて、やる気ないかなあ。



「そういえばモブくん、大丈夫だったでしょうか、」


「大丈夫だろ。帰ったら土産話でも聞くか」


そう、モブくんを信頼している霊幻先生の発言に、「そうですね。」と笑って返す。私たちが無事、事務所に帰ってモブくんとお土産話の交換をするのは、ほんの十数分後のお話。



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