「そういや、さっきの部活の勧誘はきっちり断ってきたんだろうな?」




先生が歩く度にしゅるり、と後頭部のポニーテールが揺れる。それを視界の端に捉えながら、私たちは車が一台通って余裕があるくらいの、住宅街を歩いていた。

通り過ぎた電信柱には、『通学路』の文字が書かれており、そろそろ目的地の近くだと悟る。


「いや、一晩考えてみようかと…」


「問題の先送りはいかんぞ、モブ。やりたくないことは、きっちり断らねーと」


そう、先生に問われたモブくんは、正面を見つめたまま答えた。その返事に返ってきた先生の言葉は、全くその通りだと思う。ウンウン、と心の中で頷いて納得する。

そうだ、嫌なことはきっちり断らないと。でも、嫌なことでもやらざるを得ないこともあるのだ。残念だけれど。


ふいにブタの絵が書かれたスウェットを着た、パンチパーマのおばさんと目が合う。するとおばさんはすぐさま隣にいた幸の薄そうなおばさんにヒソヒソと話しかける。その背後で鼻水を垂らした小さな子供も訝しげに私たちの方を見つめていた。



「今一番やりたくないのは、この格好なんですけど……」



モブくんの最もな意見に更に心の中で大きく頷く。そろそろ周囲の主婦たちの視線も厳しくなってきたところだ。ヒソヒソ、とほとんど霊幻先生に向けられた視線と噂話。やだー、と言ったおばさんの声も聞こえてくる。私たちだって好きでやっているわけじゃない。



「おっ、あれだ。聖ハイソ女学園。私立のお嬢様高校だな〜」




しかし鉄のハートを持つ先生は、そんなこと意にも介さずあっけらかんと言った。先生が視線を向けた先にはたしかに、私立のお嬢様高校らしい落ち着いた雰囲気の校舎があった。

よかった。ようやく着いたようだ。そろそろ本気で通報されるんじゃないかとヒヤヒヤしていたところだ。


「依頼人とは、屋上で待ち合わせだからな」

「はい」

「わかりました」


そう、私たちに確認を取った先生は堂々と正門の前に立ちはだかった。

その両側に私とモブくんも続く。そしていざ入ろう、と一歩足を踏み出した時。ピピィーーッッ!!!と耳に痛い笛の音が鳴らされて、見ると2人の警備員が慌てたように私たちに駆け寄ってきた。やっぱり。


「待て!お前何やってる!?」

「はい?」

「お前だお前!とぼけんな!!」

「ここの生徒ですけど?」

「こちら正門前、不審者が現れた!応援を頼む!」

「ちょっと、ヒドくな〜い?」

「この変態ヤローが!」



警備員たちは明らかに霊幻先生を指さして怒鳴っている。やっぱり、女装して正門から堂々侵入、なんて無理な話だったんだ。

ここは仕方ないからモブくんと私で……ううん、最悪の場合、私だけで依頼を遂行しないと。

裏声を使って警備員を欺こうとする霊幻先生に、そう決意する私。更には無線を使って応援まで呼ばれてしまっては、もうどうすることもできない。学校の近くには交番がある。すぐにお巡りさんが駆けつけるだろう。



「どうして見破られた?ポニテまでしたのに…」

「馬鹿にしてるな貴様〜…!!」



本気で言ってるのか、と疑ってしまうほど心底不思議そうに一人ごちる霊幻先生に、まじか……となる。

少しの間私たちを足止めしていた警備員だったが、ほんの数分後には現場に警察官が合流して、びし!とお互い敬礼を交わす。そんな日本の警備システムの迅速さに少し感心していると、ふいに一人の警備員さんがモブくんに優しく話しかける。


「危なかったね、キミ。さあ、早く変態から離れて」

「えっ」

「不審者は、我々が対応するから」


困惑するモブくんに対して、ほっと息を吐く私。よかった、これで先生は無理でも私たち2人でなんとか除霊できる。そう思って一歩踏み出したら、



「ちょっと待って。……キミ、もしかしてこの人にお金とか貰ってる?」

「へっ」

「その格好も……そういうことの一貫なんじゃあないの?」

「ええ!?」



私が正門に入ろうとしたところ、ずいっ、と2人の警官がそこを通すまいと立ちはだかってきた。


ええー!どんな言いがかり!?
モブくんは大丈夫で、なんで私は援交女子高生!?現役なのに!


あまりにも理不尽な警察官たちの疑いの目に、悪いことは何もしていないのに、動揺してしまう。いや、たしかにお金はもらってるけど。それはアルバイト料であって……ってあ、でもバイト内容を説明したらそれこそ怪しまれる。そもそも、霊能商法バイトで中学生と高校生を最低賃金以下の時給で雇うのは、合法なのか……?

そんな疑問が湧いて出れば、まるで本当に援交疑惑をかけられてもおかしくないように思えてきた。

しかし動揺しながらも、なんとか弁解する。


「ちょっ、そんなわけないじゃあないですか……私もこの変態に絡まれてただけで」

「ふうん。なるほどね……じゃあとりあえず身分証見せてくれる?あるでしょ、学生証」

「え……」

「……ん?どうしたの?ほら、早く出しなさいよ」


「……」



ミョウジナマエ。今世紀最大の大ピンチだ。

いや、今までも引きこもりの悪霊に襲われたり、変態殺人鬼に殺されかけたりしたこともあるけど、今は社会的地位がやばい。これで本当に捕まったら芋づる式に出てくるのはいかがわしい事実ばかり。

超能力。霊能商法バイト。援交疑惑。


もちろん学生証なんてもってないし、言い訳して入ったとしてもあとで名簿を調べられたら一発アウトだ。私は嫌な汗をかきながら藁にも縋る思いで霊幻先生に目で訴える。


「……(先生!どうするんですか!このままじゃ私たちブタ箱行きですよ!)」


「……(ふむ、しゃあないな…かくなる上は)」


顎に手を当てて何かを決意したような先生の表情。私はもう先生の判断に身を任せるしかなかった。すると、


ふいにがっ!と腕をつかまれる。そしてそのまま、私の体を引っ張って全速力で疾走する先生。



「逃げるんだよおおおおおお」




そう叫んでぐんぐん正門前から遠ざかっていく先生。突然のこと過ぎて呆気にとられていた私だったけど、慌てて自分でも精一杯足を動かし、何とかこの場からの逃走を図る。


「あっ!!オイ待てお前ら!!!」

「こちら聖ハイソ女学園前。女装をした不審な男と援交していると見られる女子高生が逃走しました。至急応援を願います」


「やばいやばいやばいやばい!!!」



そんな無線を聞いて更に血の気が引く。

もう逃げてしまった手前捕まったら言い訳が立たない。私たちは正門前で立ち尽くすモブくんに「ごめん!!一人で頑張って!!」と目で合図すると、何とかこの警察官たちから逃げおおすべく、霊幻先生に手を引かれながら必死に走った。




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