放課後。大半の生徒が帰宅したか、部活に向かっている時間。私は一人教室で音楽を聴きながら窓の外を眺めていた。今日の曲はキング・クリムゾンの『21世紀の精神異常者』。お父さんには聴くな、って言われた曲だ。


ハルとアンナには先に帰ってもらった。お昼も用事があるから一人で食べる、と言った私に、昨日の今日なので訝しげな、心配そうな表情をされた。


私も彼女、鈴木さんと同じだと思う。彼女と同じ状況に陥っても、きっと誰にも言えない、相談できない。

私が信じれば、相手も信じてくれる。霊幻先生と会話をしていてそう思った時があったけど、それが本当だとしたら私は2人を信じていないのか。



「……」



ウォークマンの停止ボタンを押して、イヤホンを外すと、グラウンドのサッカー部や野球部のバッティングの音なんかが聞こえてくる。

時計を確認すると、授業が終了してから30分以上が経過していた。

職員室での話は長引くかもしれないけど、先生やモブくんはそろそろやって来るかもしれない。そう思って席を立った。

向かうのは、校舎裏。

















案の定、そこにはまだ誰もいなかった。見回すと、昇降口の階段も、荒れた花壇も、拭き取られてはいるが生々しい血のあとが残った白いコンクリートの地面も、すべて昨日のままだ。


私はそこで被害者である、小林さんの絵を思い出していた。あの絵、変な絵だったけど、妙にあたたかみがあって好きだったなあ。そう、考えていると。



「……あれ、もう話終わったの?早かったね」




正面から現れたのは鈴木さん。私がそう声をかけるも、鈴木さんは何の反応もすることなくこちらに歩み寄ってくる。

何かが、おかしい。本能的にそう感じて警戒する。鈴木さんは、昨日の小林さんの血のあとが残ったその場で立ち止まった。そして、私を見据える。



「……鈴木さん?」




「人の肉ってさあ、どんな味がすると思う?」



「甘い?苦い?しょっぱい?牛とか豚とか鳥とか草食動物の肉はおいしく食べるけど、肉食動物は臭くてたべらんねーって言うからなあ。人間も生臭いのかもなあ。でも、食べてみないとわかんないよね、それってロマンだと思わない??」




「………お前、安藤藤馬……!!」


「やっほー昨日ぶりだね」


へらりと笑ってひらひら手を振るそいつは、鈴木さんではなかった。けれどおかしい、鈴木さんからは全く霊力を感じない。それなのに何故、乗っ取られているんだ……?



「なんで?って顔してるね。やっぱり君も超能力者なんだあ。だから昨日俺の正体を見破ったんだね」



なるほど、と一人納得するように頷く鈴木さん……もとい、フジ。

その感情表現の豊かさが逆に不気味に感じた。


「君が彼女から霊力を感じないのは、俺が邪気や殺気を抑えていたから。そんなこともできるのかって?当たり前だよ、そうでないとすぐに霊能者に見破られちまうだろう?一見普通の人、っていうのがホラーの醍醐味なんだからさあ」


「……少し、黙ったら?」

「え?あ、ごめんね。俺、喋り出すと止まらないタチでさあ。不快にさせたなら謝るよ、ごめんって。でも、さっき階段の踊り場で君と喋ってたのも俺だよ」

「!!うそでしょ、」

「ほんとだよ。俺、嘘はつかないよ。もっとも、彼女の本音を俺が喋ったから、結局君は彼女と会話してたってことになるのかなあ?ま、どうでもいいけど」


知らぬが仏、とはまさにこのことだ。さっきまでの状況。もしあの場でこいつが本性を表していたら……そう考えると背筋に冷たいものが走った。けれど、


「……なんでさっき襲わなかったの?」

「あれ、襲って欲しかった?」

「……」

「冗談だよ、怒るなよ。」


あはは、と笑って茶化すように言うフジはまるで少年のようだ。彼女のやつれた顔や体とのギャップが相まってひどく不気味に見えるけど。


「理由は簡単だよ。あの場で殺せば騒ぎが起こる。だから、邪魔者は一人ずつ、弱い順に。そう、前菜からメイン、デザートへと流れるような順番で事を運ばないとね」


「弱い順に……?……っ、まさか!!お前、」



脳裏に嫌なビジョンが浮かぶ。

放課後、呼び出されていると言っていた職員室。先生たち。邪魔者。

最悪の結末が目に浮かんだ。



「大丈夫。殺してないよ。腐りかけの年寄りの不味い肉は喰わない主義なんだ。君だってそうだろ?今はなんだ、熟成肉なんかが流行ってるらしいけど……それは置いといて、」

「……ふざけんな。先生たちは……!!」

「だから殺してないって。君だってわざわざ喰わない牛や豚を殺さないだろ?それと一緒だよ。……ま、このまま放置すれば死ぬかもしんないけどさあ」



「そんなことどうだっていいよ。僕の人生は僕だけのものだ。邪魔者がいれば殺すし、欲しい肉があれば喰う。それだけさ。何も間違ったことは言ってないぜ。僕は僕だけのために生きてるんだ」



フジは真っ直ぐな瞳でそう言って、私に語りかけた。その目は殺人鬼のものとは思えないほど、澄んでいて爽やかささえ感じられた。同時に、得体の知れない吐き気がこみ上げる。

気分が悪くなった私をよそに、フジはふと少し離れた場所を歩いていたハトに視線を寄越した。そして、それに向かって手をかざすと、ハトはいとも簡単にふわふわと宙を漂い、フジの手の中に落ちてくる。



「少しお腹がすいたなあ」



そう、一人ごちたフジに、え。と思うと同時、奴はそのハトの羽毛が生い茂った体に噛み付いた。


「!?!?」


ブチィッ……、と肉が噛みちぎられる音がする。フジの口の周りは血だらけで、制服や、コンクリートの白い地面にもぼたぼたと真っ赤な鮮血を落としていく。


「やっ……やめ……!!!」


私が声を荒らげるのも意に介さず、必死にハトを貪り食うフジ。

その目はまるで人間の知性は感じられず、獣そのものだった。

ハトは最初こそバサバサとその羽を落として激しく暴れていたが、次第にピグ、ピク、と抵抗をなくしていった。

その肉の3分の2ほど食べ終わったところで、フジはその亡骸をポイ、とまるでゴミのように捨てた。



「……(異常だ……こいつ、イカれてる……!!!)」



私はこの時改めて、こいつの得体の知れない不気味さを感じた。

ごし、と制服に血が付着するのも気にもとめずに袖で口元を拭ったフジは、こちらを見てにこりと笑った。


「さあて、腹ごしらえもしたところだし、そろそろ君を殺そうと思うよ。」


「……腐った肉は食べないけど、そのへんのハトの肉は食べるんだね」

「あれ?知らなかった?鶏肉ってうまいぜ。そこらのスーパーで買うより安上がりだ」


そんな軽口を叩きながら、そっ、とフジは私に手をかざす。つ、とこめかみに冷たい汗が流れた。



「君は邪魔者だけどうまそうだから殺したら骨の髄まで食べてやるよ。超能力者の肉って初めて食べるから、どんな味なんだろうな〜〜ロマンだよね」





「だから、死ね。」





ドンッッッ!!!と小さな手のひらから放たれた力は、本能的に張ったバリアさえ軽く吹き飛ばすほどの威力だった。

風圧に押された私はまんまと吹っ飛び背後の太い気の幹に体を打ち付けてしまう。


「っい、っ……!!」


衝撃に、内蔵が圧迫される感覚。けれど、ここで蹲ってはいけない。余裕ぶってゆっくりこちらに歩いてくるフジに睨みをきかせながら、こちらも負けじと超能力を放った。



「おお〜〜すげえ。今のってバリア?超能力者ってなんでもできるんだなあ〜〜。でも、俺のパワーの方が強いけどね」



そう言って自信過剰に挑発してくるフジに、目に物見せてやる。

手のひらをかざした私にフジは構える姿勢をとったけど、馬鹿め、私の狙いはお前じゃない。



「!!うおっ、と」



手のひらをかざして、一気に引き抜く。

私はフジの真横に生えていた木を根っこから引き抜いてやつにぶつけてやる。しかし、フジはすんでで避けたようだった。けれど、それでもいい。


フジが私から目を離した隙を狙って、一気に昇降口への階段を駆け上がる。

今はこいつを除霊するとかよりも先に、先生たちをなおさなきゃ。そうでないと、また、命取りになる。


なおす能力を持っていながら、人の命を救えないことほど虚しいことはない。もう、そんな思いはしたくない。その一心が私を階段を掛け上がらせた。


「!!……させないよ」


「!!っう、わ」


ガシャアアアン!!!と派手な音を鳴らして足元の階段が、ガラガラと崩れ落ちる。とらえる足場がなくなってしまう。けれど。


「〜〜〜っ!!」


グオオオッ、と、まるで時間が巻き戻るようになおされていく階段。そう、なおせばいい。宙に浮かぶ石礫を足裏にとらえて、踏みしめて階段を上っていく。そして半ば転がり込むようにだが、校舎の中に入ることに成功した。



「へえ〜〜!!やっるぅ!!!」



背後でそう感嘆を漏らすフジの声が聞こえるも、それを無視してこの先のことに集中する。


そう、まだまだ安心はしてられないんだ。すぐさま倒れていた体を起こし、職員室に向かって走り出す。お願いだからみんな無事でいて。


そう願いながら私は再びポケットからスマホを取り出した。





















「おう。ナマエ。今モブと向かってるところだ。もうすぐ着くぞ〜」


「っ先生!!ちょっ、ぎゃっ!!!い、今かなりヤバイ状況で……すぐに来てくださいガシャアアアアン!!!」


「っおい!?ナマエ!?何があった!?大丈夫か!?!?!?」


職員室に続く長い廊下を疾走しながらなんとか先生に電話をかけた。

背後では同じようにこちらに向かって走ってくるフジの姿。やつは長い廊下の両側のガラスをご丁寧にすべて割りながらこちらに迫ってきている。

私はバリアやら念動力やらを駆使してなんとか防いでいるが、しかしその腕も足もところどころ切り傷が刻まれて血が流れていた。痛い。ふざけんな。


「っ実はっ……!!鈴木さんに憑依してないと思ってたフジは気配を消して彼女の中に潜んでいて……ぐえっ!!」

「放課後、呼び出された職員室で邪魔になる先生たちを襲ったみたいなんです……うおおおお!!!」


「なんだと!?お前、持ちこたえろよ!?!?すぐそっち行ってやるからな!!ところで今、お前はどこにいてどこに向かってる!?」

「職員室!!職員室に向かって廊下を走ってます!!職員室は……正門から入ってすぐのところにある校舎の3階です!!!よろしくお願いしますッッッ!!!」


プッ、ツー、ツー、……




「……オイ!?ナマエ!?!?くそっ、」

「師匠。急ぎましょう。正門前の校舎ですね」

「ああ。走るぞモブ!!」



電話の向こうでそんな会話がされているとはつゆ知らず、私は通話の切れたスマホをポケットにしまいなおして、走り続けていた足に急ブレーキをかけた。そして、迫り来るフジと対峙する。


「!!」


フジの方も急に立ち止まり真っ向勝負を挑む私に面食らったように目を丸くしたけど、すぐににやりといやらしい笑を浮かべる。まるで、今からうまい肉を喰ってやる、そう言いたげに唇からは涎を垂らしていた。

職員室まで、あと少し。なるべく多くの先生たちをなおすために、ここで少しでも足止めできたら。


静かに、迫り来るフジに手のひらをかざす。全神経を集中させて、そして放出する。



「いっただっきまーーーーす!!!!」



そう言って飛びかかってきたフジの体に、無数の、鋭利なガラス片が突き刺さる。その予想外のガラスの動きに、フジはえ。と表情を固めたまま、その場に崩れ落ちた。


腕や足はもちろん、耳や鼻や、眼球にまで。無数のガラス片が突き刺さっている。いくら中身がフジとはいえ、体は鈴木さんのものだ。そんな血だらけのボロボロの姿に胸が痛むも、除霊した暁には絶対なおしてあげると心に誓い、私は再び職員室へと走り出した。



「っっ、な、なんだよこれはあああああああああああああああああ!!!
!!!」



フジが割りまくったガラスをなおした。それだけのことだった。立ち止まった私を襲うためにそのなおす軌道上にフジが立ち入ったのが最後、あとは串刺しだ。

ガラス片は元の位置に戻ろうとフジの体を貫通して、その後窓へと戻るだろう。ガラス片は鋭利だが細かいものも多かったから、死にはしないだろう。




「っ、は、ぁ……はぁ……やっと、着いた……」


すっかり息は上がり、足は棒のようだ。運動不足かもしれない、なんて今更のように思いつつ、急いで職員室の中へ入る。


「……っ、」


そこは、一見いつもと変わらない、整然とした職員室だった。けれど、床や、デスクの上や、椅子に倒れ込む先生たちはぐったりしており、中には血を吐いている人もいた。

私は慌てて近くの先生に走り寄り、傷をなおす。幸い、フジの言う通りみんな息はあるようだった。嘘はつかないとか言っていたけど、それは本当だったようだ。



職員室の中で倒れていた先生、約30人ほど。その全員の傷をなおし終わり、ひとまず息をつく。

さきほどまで苦しそうな表情をしていた先生たちも、今は穏やかな顔で静かに寝息を立てていた。そこに、再びやつがやって来る。


私は先生たちを奥へ寝かし、その前に立ちはだかった。



「……」



ずるり、と血に濡れた手のひらが職員室のドアを割って入って顔を出す。そろそろと開いていく扉。そこから顔を出したのは頭のてっぺんからつま先まで、血まみれの、おおよそ人間には見えないフジの姿だった。



「……てめえ、よくも……よぐもおおおおおおおおおおおお」



「……あんたの言葉を借りて言わせてもらうけど、私だって私の人生を生きてるだけなんだ。だからイカれた殺人鬼にガラス片ぶちこもうが、それは私の正義なの。あんたにとやかく言われる筋合いも、恨まれる筋合いもないね」



「……〜〜〜っの、クソアマアアアアアアアアアアアアア!!!!」




「!!」


ものすごい咆哮と共にパリィィィン!!!と部屋中の蛍光灯が割れた。かと思えばガタガタと机や椅子が振動し、本や書類たちがそこから落ちる。

まんまポルターガイストだ。今までの仕事で経験しているから、もうこんなことは慣れっこだ。そう余裕ぶっていても、キレた異常な殺人鬼は何をしでかすかわからない。


警戒しつつ構えていると、フジがバッ!と手のひらを一気にこちらへ向けた。それに、瞬時に反応してバリアを張る。


「ふっははははぁ!!!!馬鹿めぇぇ!!!考えが浅はかなんだよぉぉぉ!!!これだから場数を踏んでないやつは……俺が狙ったのはてめえじゃねえぜ!!!!」


「!!あ……しまっ!!」


私に向けられたように思えたそのパワーは、私の背後にいた先生たちに向けられていて。眠っている先生たちの体がふわり、と宙に浮く。そしてそのままグオッ!!と向かった先は、背後の開け放たれた窓の外。



「っ、やめ……!!!」



バッ!!!と手を伸ばして宙に浮く20人以上の体をなんとか念動力で静止させる。けれど、本来私の力はものをなおす能力であって、けしてサイコキネシスではない。

さっきも木一本くらいならどうにかできたけど、成人した人間30人以上を一度に宙に浮かせるなんて……無理だ。



「っっっ、〜〜〜〜!!!」



ギリギリ、と食いしばった歯が砕ける音がする。なんとか力を込めていても、先生たちの体は徐々に、徐々に地面へと降下を始めている。そのままゆっくり地面に下ろせればいいが、こいつがそんなことをさせてくれるとは思わない。



「ほぉ〜〜〜ら、3人追加だ。デブもいるから200kgは軽く超えてるぞ〜〜???どおする??落とすか??ン??」



必死に耐える私をあざ笑うように、外に放り出す人数を追加していくフジ。なんて鬼畜な奴なんだ。

ここは3階とはいえ意識のない無防備なまま落ちれば頭から地面に叩きつけられる。最悪の場合、死に至るかもしれない。だからなんとか、耐えるんだ!!!



「〜〜〜っで、も……もう……!!!」



「ほら。5人追加だ。あばよ。」



ずるり、と先生たちの体が私の手から離れ落ちる感覚。そして、背後から迫り来るフジの気配。万事休す。南無三宝。

そう、祈った、その時。





キィィィィイイイン!!!







「!!」


耳をつんざくような音が聞こえて、目の前に迫っていた鈴木さんの体から、ふにゃふにゃと霊体が抜け出たのをこの目で見た。

その勢いでこちらに倒れてきた鈴木さんの体を慌てて受け止める。唖然としながら目の前で起こった出来事を目を凝らしてみると、職員室の扉の先。そこに立っていたのは紛れもないバイト先の先輩で。



「……あ、も、モブくん……!!!」






「すみません、遅くなりました……。無事ですか?ナマエさん……」








まさに救世主とかヒーローとはこのことだろう。まじで死ぬかと思った。こんなピンチに颯爽と現れ、ナイスなタイミングで私を助けてくれたモブくんに、感動と安心で涙が出てくる。



「あっ……!!それより、先生たちは……!!!」



しかし泣いている場合じゃない。私がさっき盛大に落とした先生たちのことを思い出し、一気に血の気が引いた。

慌ててバッ!!と窓の下をのぞき込むと、そこには体育の時間に見た覚えのあるような、ないような。そんなふかふかの大きな衝撃吸収クッションのようなものが真下にたくさん敷き詰められていて。その上に先生たちが落ちている。



「おーーい!!こっちは心配すんな!!みんな無事だからなー!!!」




こちらを見上げてそう言ったのは霊幻先生。どうやら正門から入って右手にある大きな体育倉庫から機転をきかせてもってきてくれたらしい。そうか、この職員室は正門入ってすぐのところだから、ここまで来れば何が起きてるかすぐにわかる。

そう思うと不幸中の幸い、ってやつか。



そう思いながら職員室の中へ向き直ると、モブくんに除霊されたと思っていたフジが、霊体となって禍々しいオーラを放っていた。まだ、生きていたのか。


「……てめえら……てめえらはマジで許さねえ……死んでも許さねえ……」


「いや。もう死んでんじゃん」


「ですよね。」


私とモブくんの的確なツッコミに、眼輪筋をピグピグといわせたフジは、うつむいて小さく震えていた。そして、顔を上げると鬼の形相で私たちに怒号を浴びせる。




「〜〜〜ッッッ!!!てめえらの肉を合い挽きミンチにしてッッ!!!ハンバーグにして喰ってやるゥゥゥゥゥ!?!?!?!?!?」





笑いどころなのか何なのか、いまいちわからないシュールな雄叫びを上げるフジに、モブくんと目を合わせて手のひらをかざす。

死んでもなおみんなを苦しめ、自分の身勝手な欲望のままに生きた殺人鬼。もうお前の成仏は願わない。地獄に落ちろ。



最後の悪あがきで襲いかかってきたフジに、モブくんと2人で力を打ち込む。すると、カッ!!と瞬いた光の中で、邪悪なフジの霊体がしゅるしゅると浄化されていくのが見える。


ぐ、とかあ、とか声にならない言葉を残して、カニバリストの連続殺人鬼、フジこと安藤藤馬は除霊された。


「……」


「……」


あれだけ傷だらけになって、暴れて、大騒ぎしたけど、事の終わりはいつも呆気なかった。窓から運ばれた風に乗って、近くのプリントがカサカサと音を立てて床に落ちる。


私は思い出したように倒れている鈴木さんの元へ向かって、その血まみれの体をなおした。同時に、眉間にシワを寄せる鈴木さん。


「……ん、」


「……気がついた?」



ぱちり、と開けた目はもう、血に濡れてもいないし、狂気を湛えてもいない。ただの普通の、16歳の女の子のあどけない瞳だった。


「私………」

「もう大丈夫。安藤藤馬はこの世にいないよ」


起き抜けのぽかんとした彼女に言ってもわからないか、と思ったけど、そう伝えると、彼女は私の目をぼんやりと見つめて、やがて堰を切ったようにぼろぼろと涙を流し始めた。


「ぅえっ!?ちょ、鈴木さん!?」


「……、ごめ、ありがと……ありがとう、ございます……」



ぐすぐすと鼻を鳴らす鈴木さんの頭をぽん、と撫でる。

そして静かに言葉を紡いだ。



「鈴木さん。自分はオカシイとか、人と違うからダメだとか、思っちゃダメだよ」


「たしかに私も、あなたも、そこにいるモブくんも、世間のものさしで見ると多少……ううん、けっこう変かもしれない」


「え……ナマエさん?」



変、と言われたことに多少なりともショックだったのか、視線をこちらに向けるモブくん。ごめん、でも君もかなり変だよ。



「でも、変だけど悪いヤツじゃないでしょ。安藤藤馬も変な奴だったけど、あいつは自分の欲にばかり目がくらんで、人を思いやる心を知らなかった。だから、あんな悲劇を生んでしまった。でも、」


「鈴木さんは違うでしょ。だから、自分は周りと違うとか、違うからダメだとかそんなことは思わないで。変でもイイヤツならいいんだよ。イイヤツなら。」



フジが言っていた、彼女の本音。

もしこの一件で更に彼女が心を病むことになったら、と思うとふいに口からついて出た言葉。もしかすると半分は、自分に宛てた言葉かもしれない。




「……変でも、イイヤツ、ですか…」




私の言った言葉を反芻するように、口に出して言った鈴木さん。そして伏せていた視線で私を見上げて、小さく、やわらかく、彼女は笑った。



「がんばります。」



そう言った彼女にフジの面影はもうない。私も頷いて静かに笑うと、隣のモブくんも珍しく優しい笑顔を浮かべていた。


さて、除霊は終わったけど壊した校舎やら、倒れたままの先生やら……やらなきゃいけないことは山ほどある。せっかくだし、モブくんにも手伝ってもらおう。そう意味あり気な視線をモブくんに向けると、少し怪訝そうに私を見返した。


















「『調味市のごま油高校、集団白昼夢か』。……ほら、小さいけどここに記事載ってる」

「あ。ほんとだ」


霊幻先生が見せてくれた新聞の隅っこに、小さい記事が載っていた。

その記事の通りにあの後、目を覚ました先生たちは何も覚えておらず、気絶する前後の記憶も抜け落ちているため、集団白昼夢扱いになった。

中には校舎の裏や中で何かが爆発するような音や、割れる音を聞いたという生徒も何人かいたが、肝心の何かが壊れたという証拠も見つからず、空耳ということに落ち着いた。


鈴木さんは私を仲介人として小林さんに謝り、鈴木さんの真摯な対応に、最初は怯えていた小林さんもその謝罪を受け入れて示談が成立した。ちなみに、小林さんの怪我も私がこっそりなおしたので、ずいぶん怪我の回復が早いと医者も本人も驚いていたという。



「でも先生。なんで報酬それだけしかもらわなかったんですか」



事務所のテーブルの上に転がっているのはルビーのカレッジリングのようなもの。かなり年季は入っているが、石も大きいし、売ると高値になりそうだ。


依頼人の幽霊たちも、フジを除霊したと知ってほっとしたような顔で成仏していった。そして後日、事務所宛に大量の金品や宝石のついたアクセサリーなどが封筒や小包に入って届いた。

しかしその大半を霊幻先生は送り返してしまったのだ。



「いいんだよ。かき集めた遺品売りさばくほど金に困ってねーし、それにこういうのは遺族が持っとくもんだろ。」




「ま、一応報酬としてこれだけもらったけどな。金に困ったら売るか〜」、なんて言っている霊幻先生だけど、私はきっと売らないと睨んでいる。



「そういうお前こそ、なんだよあの絵。」



そう言って先生が指さした先には、なんとも奇妙な絵が飾られていた。



「……水飲み場の蛇口の絵…?」



そう言ったモブくんに、正解。とつぶやく。そう、水飲み場の蛇口の絵。

これは後日無事に退院し、学校に復帰した小林さんがお礼を言いに来た時に頼んだものだ。私が貸したハンカチは血が染み込んでしまってとれないから、新しいのを買うというので、ハンカチよりあなたの絵が欲しい。と言ったのだ。

そして小林さんが描いてきてくれたのがこの蛇口の絵。



「……芸術ってのはわかんねえなあ…」


「……でも、なんだかあったかい絵ですね」


しみじみとそう言う先生と、この絵が気に入った様子のモブくん。
そう、彼女の描く絵はあったかいんだ。ちょっと変だけど。



「あ。そういえば履歴書書いてきました」

「お前……やっとかよ」


思い出したように言った私に、やや呆れ顔の先生。そして、私から履歴書を受け取ると早速目を通した。


「……えー、何々……名前、ミョウジナマエ。年齢17歳……趣味、ロックを聴くこと、ライブに行くこと。特技、怪我や壊れたものをなおせることーー…って、なんじゃこりゃ」


オイオイと言ったように言われ、先生の顔色をうかがう。


「お前、普通のバイトの面接なら確実に落ちてるぞこれ」

「えっ……だ、ダメですかね」

「……別に、ダメとは言ってないけど」






「まあ、いいんじゃねーか?お前らしいな」





そう言って私の履歴書をきちんとファイルにしまってくれる霊幻先生。その様子に嬉しくなった。

そう、変わり者の堅物数学教師も、変な絵を描く美術部員も、猟奇マニアの中学生も、ロックが好きな超能力者も。


みんな変で、それがいい。


それに、変でもみんな、きっとイイヤツだ。いい変人だ。フジとは違う、人を思いやる心を持ってる。


「変人万歳ですね」

「類は友を呼ぶ、って言うからなあ」


「同じ穴のムジナですね」

「えっ。モブそんなことわざ知ってんの」

「モブくんすごい」


「……2人とも、僕のことバカにしてます?」


「してません。」

「ごめんなさい。」


変な奴らも、捨てたもんじゃない。



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