「でもよかったんですか?レジのバイトより時給低いんじゃあ…」
「うん。でもレジ打ちより楽だし。足のむくみもなくなるし」
「なるほど…(足のむくみ?)」
「あ、一応引き継ぎとかもあるんで、とりあえず今日の男性がお礼に来てから辞めます」
「けっこう見返りを求めるな。オイ」
そんな会話をしたのが三日前。
あの夜の翌日、無事に男性はお礼に来て、その翌日これまた無事に私はバイトを辞めた。
引継ぎとか言ったけど、驚くほど何も無かったし、驚くほどあっさり辞められた。ちょっと悲しかった。
そして今私は餞別(という名の賞味期限切れの和菓子)を手に、とある雑居ビルの前に来ている。
見上げた看板に書かれた文字は『霊とか相談所』。
霊とかって何だろうか。霊とか離婚調停とかでもいいんだろうか。
胡散臭さ全開のビルだが、足を踏み入れる。このビルの2階。そこが、
私の新しいバイト先だ。
ガチャッ、
「おー。よく来たな。やる気なさそうと思ってたけど、時間には正確なんだな」
扉を開けて早々失礼な発言をするこの男は今日から私の上司になる。
「…時間くらい守ります」
「そーかそーか。そりゃ助かるわ。まっ、とりあえず茶ァでも出すから奥のソファー座ってくれ。オイ、モブお茶〜〜」
お茶を出すと言って早々に人に押し付けるこの職権乱用。働き出すと、私も同じ目に合うのだろうか…
「あ、お久しぶりです。それと師匠。僕はお茶じゃありません」
「おま、学校の先生みたいなこと言うなよ」
「えっと、麦茶でいいですか?」
「あ、うん。お構い無く」
「あれ、俺これ無視されてる?」
男の言葉に冷静に突っ込みつつ、冷蔵庫から取り出した麦茶をグラスに入れて持ってきてくれる男の子。
この子は私の先輩になる。
金髪グレースーツにピンクのネクタイの自称霊能力者。
黒いおかっぱ頭に黒い学ラン。まだあどけなさが残るのに、実力を持った超能力者。
そしてただの女子高生の私。
この胡散臭い霊能商法事務所で、私の青春が始まろうとしていた。
☆
「んじゃ、履歴書出して。」
「えっ」
「え?」
ソファーに座って出された麦茶を含むなり、そう言われた。
履歴書?そんなものがこの事務所に、仕事に、必要なのか?そんな訳ない。
「えっ…い、いらないですよね。だって霊能商法ビジネスですよ?“名前、『霊とか相談所』ですよ?」
「いや、いるでしょ。霊能商法でもバイトはバイトだからね〜〜。モブくんだってちゃんと持ってきたよ」
「まじでか」
「えっ、そうでしたっけ…」
「あれ、違ったっけ。あれ、うちを法律事務所と思って就活に来た弁護士だったか」
「記憶ふわふわしすぎだろ」
初っ端から適当なことを言われて先が思いやられる。
それにしてもまあ、雇い主が要ると言うのだから持ってくるしかないようだ。
「じゃあ明日書いて持ってきます」
「おう。まあ、急ぎじゃないから多少遅れてもいいぞ」
というかいらないだろ。霊能事務所に履歴書。そんな突っ込みをモブくんがいれてくれたお茶と一緒に流し込む。
「そんじゃまー、自己紹介から始めるか」
いまいち腑に落ちない中、目の前に座る上司がそう言った。男の子は簡易のパイプ椅子を持ち出し、テーブルの側に座っている。自己紹介の体制は整っていた。
「まず俺から。21世紀の超新星、天才霊能力者霊幻新隆だ!!」
「……よろしくお願いします」
長すぎる謎のキャッチコピーはあえて突っ込まなかった。しかも上司…改め霊幻さんには霊能力はないだろうに、明らか詐欺だ。
そう思っていると今度は隣の男の子が口を開いた。
「僕はここでバイトしてます影山茂夫です。中学二年生です。師匠やクラスメイトからはモブって呼ばれてます」
「(師匠……)よろしくね。私もモブくんって呼んでいい?」
「はい。よろしくお願いします」
表情は豊かじゃないけど、素直そうないい子だ。それに、超能力の実力もものすごかった。きっとこの事務所はモブくんの力で成り立っているのだろう。
それなのにこんないたいけな男の子に師匠と呼ばせる霊幻さん…。胡散臭いどころの騒ぎじゃない。
「私は、ミョウジナマエって言います。高校二年生です。今日からよろしくお願いします」
そんな上司でも楽な仕事でそれなりのお金がもらえるならいいや。そう考える私も中々に胡散臭いと思うけど。
軽く自己紹介をしてぺこりと頭を下げる。「よろしくなー、」「よろしくお願いします」と返事が返ってきた。
それに、人柄は良さそうだし。
「さっそくだけど君には……えーと、ナマエって呼んでいいか?」
「はい」
「そんじゃナマエ。お前には主に俺やモブが怪我したときの治療と、モブが破壊した建物とかの修理を頼みたいんだけど……」
「(破壊?)わかりました」
「ところで、お前って幽霊は見えるよな?」
「?はい、普通に見えます」
モブくん、建物破壊するの。力が強大すぎてってことかなあ。モブくんなら自力でなおせるだろうけど、怪我の治療は私にしかできない。たしかに、建物が壊れるくらい大事なら治療も必要だろう。
そう考えていた最中、今更な質問を投げかけてきた霊幻さんにきょとんとする。モブくんの頭にも心なしか疑問符が浮かんでいるようだ。
「じゃあさ、除霊とかできるんじゃねーの?」
「えっ」
「モブと一緒で超能力が使えて、霊が見えるなら単純に考えればできそうなもんだが…」
「……で、できるのかな…。やったことないし、考えたこともなかった…」
明確な答えが出ないので私たちの視線は自然とモブくんに集まる。チラ、と見やれば無表情で私たちの話を聞いていたモブくんが口を開いた。
「……すみません、僕にもわかりません。でも、可能性はありますよね」
結局答えは出なかったが、私としてはびっくりな話だった。たしかに小さい頃から霊は見えていたけど、まさか祓うだなんて漫画や映画のようなことが自分にできるかもなんて、思いもしなかった。
でもたしかに、仕事内容的にできるに越したことはないのだろう。
「んじゃあ、依頼が来たら試してみるか。モブ、ちゃんと先輩として教えてやれよお?」
「えっ…僕、ですか。師匠の方がいいんじゃないですか?僕、まだ未熟ですし」
「ばっ!俺はだから!力が強すぎて周りの人まで溶かしちゃうんだって!危なくて教えらんねーの!!」
「モブくん、溶けるってなに?」
「それが、僕にもよくわからなくて…」
「わかったか!?モブが教えるんだぞ!?いいか、先輩!!」
「わかりました。師匠がそう言うなら」
「よろしくお願いします、先輩!」
「……はい。がんばります」
溶かすの意味は結局よくわからなかったけど、モブくんに除霊を教えてもらうことになった。
先輩、という言葉に少し照れたような嬉しそうなモブくんはほっこりした。霊幻さんはやっぱり胡散臭いと思った。
「モブ先輩の方がいい?」
「い、いえ。年上の人にそんな…」
「そう?じゃあモブくんのままで」
「はい。…僕は、ナマエさん、でいいんでしょうか…」
「うん。なんて呼んでくれてもいいよ」
中学二年生ということは14歳か。みっつ違うだけだけど、この年頃の3歳は大きい。やっぱり同級生の男子と話す感覚とは違う。先輩だけど、弟ができたみたいだ。
ルルルルッ、
そんな世間話を楽しんでいると、霊幻さんのデスクらしい机の上の電話が鳴った。会話が途切れ、霊幻さんが電話に出る。
「はい。こちら霊とか相談所ー」
電話越しに会話する霊幻さんを、モブくんと静かに見守る。暫く会話し、途中メモを取ったのち、電話は切られた。
受話器を置いた霊幻さんの次に発される言葉を待つ。
「ナマエ。初仕事だ」
にやりと笑った霊幻さんに、はい、と一言返した。意外と仕事来るんだなここ。
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