「あーあー!リア充爆発しろ〜〜〜!!!」
休憩室に戻ると、わざとらしい大声を上げながら鼻をかむ金髪の男がいた。
「よー!無事に戻ってきたか。悪運の強い奴だなあ〜!!」
妙なハイテンションで言う男は、目の周りを真っ赤に腫らしていた。それを見てくすりと笑う。
「…あ!?んだよ!何笑ってんだよ!!」
「いえ、別に。」
「あの、さっきの男の人は…」
突っかかってくる男を一蹴すると、男の子が心配そうに訊ねてきた。不安を和らげるためにそっと笑みを浮かべて答える。
「後日お礼しにまた来ますって。ちゃんと家に帰っていったよ」
「そうですか。よかった…」
ほっとしたような表情に、優しい子だなと思う。それだけにこの胡散臭い男との関係を疑ってしまう。もしかしなくても騙されているんじゃあ。
しかし今の私にはその真偽より気になることがあった。それは。
「それより、この部屋…」
キョロキョロと部屋を見回す。そこは割れていたカップも、壊れたテレビや花瓶もなく、すべてが綺麗に元通りになっていた。
事の真相を訊ねるように男の子に視線を向けると、整然と元通りに並べられた椅子に腰掛け、テーブルでお茶を飲んでいる。その平凡な出で立ちからは想像できない。除霊も、もしかするとこの部屋も……。
「なおしておきました。…あ、すみません。お茶、勝手に頂いてて…師匠が喉が渇いたって言うもので…」
泣き疲れてか。
そんな一言は言わず、この部屋をなおした、とこともなげに言う男の子に目を丸くする。
この子、そう言えば本物の霊媒師だったんだ。でも、霊媒師だからってこんなことまでできるのか?
「お茶はいいよ。好きなだけ飲んでくれて…。それより、この部屋をなおしたって、君が、ってことだよね…?」
「はい。」
「……君は、霊能力者なの…?」
「いえ、」
ズ、と一口お茶を飲んだ男の子。ちょこんと休憩室の椅子に座るその姿からは、まるでこの部屋をなおしただとかは、信じられない。
男の子がじっと私の目を見る。黒目が小さくて、きょとんとしたその目に、吸い込まれてしまいそうだ。
「超能力者です、一応」
一応、が小さくしぼんで消えた。なんでそこで自信なさげなの。除霊もできて部屋もなおせてって、もっと威張ってもいいと思うけど。
男の子は未だ私から視線を外さず、探るようにこちらを見てくる。そして口を開いた。
「お姉さんもですよね?」
「!!」
こともなげに呟かれた言葉に、目を丸くする。わかる、のだろうか。そう言えば、この子と初めて会った時は能力者とわかっての初対面だった。だから、この子に常人には感じないオーラやパワーを感じるのは当たり前だと思っていた…。
見分けられるんだ、同じ超能力者同士なら。初めて出会った同類に、ドキドキと胸が高鳴る。
「はあ〜〜!?マジかよ、モブ!それにしても、超能力者ならお前が来る前に彼女が除霊できたんじゃねーの?霊は見えるようだったけどさ……」
「何かの間違えじゃないか?胡散臭いぞ。」
お前にだけは言われたくねえ。
そう敵意を込めて睨みつけても、飄々としているから腹が立つ。
そもそも、この男には一切霊力を感じない。まるっきり一般人だ。その癖、私を胡散臭い呼ばわりする。
その態度が気に入らないこともあったけど、初めて出会えた仲間に、そして多少はお世話になった恩に、敬意を払い私も能力を見せることにした。
「……その手、どうしたんですか?」
金髪の男の手にはハンカチが巻かれていた。よく見ると白い生地に薄ら血が滲んでいる。
私が指をさして指摘すると、男はバツが悪そうに視線を逸らし、代わりに男の子が質問に答えた。
「…ああ、大人しくしててって言ったのに、テレビのコードに躓いてズッコケてコップの破片に突っ込んだんですよ」
「(どんくさ…)」
「だって!お前が下手に動くと破片が刺さるとか言うから!びっくりしただけで……」
ごにょごにょと言い訳をする男に白い目を向けつつ、歩み寄った。
「貸してください、手。」
「え?」
「いいから。手出してください」
「……ええー……」
ちら、と男の子の方を確認する男。まるで「大丈夫か、」と目で訴えるようだ。男の子はと言うと特に反応なしだった。
しぶしぶ差し出した男に、その手をふんだくるように掴む。一瞬びく!と動揺したようだったが、構わず巻かれているハンカチを外していく。
「オ、オイ何を…。そもそも君が超能力者かどうか証明するってのに、こんなことして何の意味があるんだ…??」
ぐちゃぐちゃうるさい男を無視してハンカチを外すと、けっこうザックリ切れた跡があった。手のひらの真ん中をキレイにナナメに切り裂いている。傷口はまだ血が滲んでおり、血が苦手な人が見たらグロいかもしれない。
ス、と傷口に触れる。痛みからか、警戒心からか、身を引こうとした男の手首を掴んで静止する。
えい、と力を込める。物理的ではなく、超能力的な力。パァァ!とほのかな光がさす。
すると裂けていた傷口はみるみる内に再接着されていく。男と、男の子はその様子を呆気にとられたように見ていた。
「お、おお……!!」
「すごい!怪我をなおせるなんて…」
思ったより反応が良かったので少ししてやったりな気分になる。
男は治った手のひらをグーパーしてみたり、しばらく眺めていた。
「物はある程度の距離なら触れずになおせるよ。学校のグラウンドくらいまでかな…。でも、怪我は直接触れないと治せないんだ。あと、自分自身の傷もね」
「君の言う通り、私も超能力者。壊れたものをなおす力だよ。」
そう説明すると、男の子はほんの少し、顔をほころばせた。すごくわかりにくいけど、たしかに笑った。
「すごいです。人の役に立つ能力。人に向けてもいい超能力ですね…」
「…そうだね。でも、病気は治せない」
「そうなんですね」
男の子の羨望の眼差しの中に、少しのさみしさを感じた。やはり彼も、超能力者には超能力者の、悩みや葛藤があるんだろう。
「いやーー!実に素晴らしい能力!!人の役に立つねーー!社会の役に立つよーー!うん!!」
「……なんですか。」
今まで治った手のひらを眺めていた男が、急にハイテンションで会話に入ってきた。更にポン、と馴れ馴れしく肩に手を置かれてうんざりする。嫌な予感しかしない。
「君、俺の事務所で働かないか?一緒に悪霊退治して、世の中の役に立とうぜ!!」
きた。胡散臭いお誘い。
白い歯を見せて妙に爽やかな笑顔を浮かべるものだから、余計怪しい。
「……はあ。ちなみに、時給おいくらですか?」
「ごひゃくえ」
「帰ります。お疲れ様でした。」
「あーーー!!!うそうそうそうそ!!!間違えた!!これっ中学生料金だったわーーー!!」
「え。師匠。僕、500円ももらってませんけど。」
「お前は黙ってろ!!モブ!!」
男は私の肩に手を置いたまま、顎を撫で、何か考え込むようなアンニュイな表情をしている。非常にムカつく。
「なあ。考えてみろ?君は人の怪我や壊れたものをなおすという、素晴らしい力を持ってる。それを生かさないでどうする!?」
「……」
「こんなスーパーのレジ打ちで青春を終えてもいいのか?それで何が残る。将来の自信になるか?否だろう。」
「………」
「スーパーのレジ打ちは誰でもできる。けどな、うちでの仕事は君にしかできない。わかるか?君は必要とされてるんだよ!」
「スーパーのレジでも役立つことありますよ。割っちゃった卵元に戻したりとか」
「んなことに能力使うな。」
目の前で進められていく奇妙な会話をどう思って聞いているのか知らないが、モブくんとやら。君も突っ込んだ方がいいと思うぞ。
「……わかった。」
「時給700円!!!これでどうだ!?!?!?」
「よろしくお願いします。」
結局は金だった。
指を突き出して奥義決まったかのごとくドヤ顔の男と、ぺこりと頭を下げる私に、さすがに男の子も口を開いた。
「わあ、今日からよろしくお願いします」
いや、だから突っ込んで。