「全員に共通することは、この一週間以内に死ぬということだ。奇しくもそれは俺たちがボスの娘の噂を聞き、確信を得た今奇襲をかけようと策した最中のことだ。」


「だがしかし、運命は変わる。テーブルが汚れたことに変わりはなかった。だが、コーヒーで汚すか、ミネラルウォーターで汚すかは大きな違いだ。そして何故運命は変わったのか。ナマエが予知し、そこに存在したからだ。」



「………」


「ナマエは自分の未来を予知することはできない。だが、鍵はそこにある。こいつがここに来たことで風向きは変わった。俺達は今風上に居る。奴らは下だ。何か異論のある奴はいるか。」



つまりリゾットが言うに例え運命は変わらなくとも、その過程が変わるだけで結果は大きく変わるということ。そこに私の存在があればと。そんな急に某RPGゲームの僧侶的ポジションにされても困る。

あの後とりあえず一人ずつ自己紹介をして、私のことを肯定的に受け入れたのはリゾット、ホルマジオ、メローネ。凡そリーダーに賛成しつつも疑いが拭えないのがプロシュート。それに倣ってペッシ。否定的なのがギアッチョ。そしてイルーゾォと言ったところか。


私としては先程も言ったようにここをずらかる方法を考えつつ、一先ずの衣食住を確保し、ついでに幾らかでも給料を貰うつもりでいる。マフィアは嫌いだが、自由のない今こいつらに従う他ない。仮に予知通りにこいつらが全員死ねば私は自由の身だし、そうならなければその時考える。

一応世間一般と同じ善悪の区別はあるつもりだが、何よりも大切なのは自分自身とその意志であり、それを守るためなら善悪が反転することも有り得る。根底の部分では私もリゾット・ネエロの感覚と同じものを持っている。



「そんで、どうすんだよ。毎日こいつと握手して、健康状態をチェックするみてーに自分の死に方を占ってもらうのか?」


「そんなことは無意味だ。俺達がすべきことはビクビク怯えて逃げ回ることじゃねえ。敵を知り、その弱みをこちらの強みに変える。得意だろう、占い師ならば」


「…そんな人をインチキ商売みたいに言わないでくれます。私はただその人が欲しい言葉を与えていただけ。………つまり、私に敵を懐柔しろと?」


「まあ、そんなところだな。思うに、お前の言葉というのは相手の思考に強い影響を与える。占いが繁盛していたのも単に過去や未来が見えるだけではないだろう。人の心を読み、与えた的確な言葉は心を操る。つまり洗脳だ。ナマエ。お前は、ボスの娘、トリッシュを洗脳するのだ。それがお前の仕事だ。」


「………初仕事にしては荷が重すぎるだろ。給料、弾んで下さいよ。」

「そいつァはできない相談だな。まあお前の働きによっては毎食デザートをつけてやろう。」

「ガキか。そんなんで騙されるわけねーだろ。」



飛んだブラック企業に入社してしまったと思ったが、奴らの仕事の腕だけは確かなようで、そのリゾットの言葉通り私たちはパッショーネの幹部に保護される前のトリッシュの居場所へとあり着いた。トリッシュがボスの実の娘であると反乱分子たちが確信する前に動けたことが幸いだった。それはソルベとジェラートの死がもたらした好機と言えよう。


運命の歯車は確実に、動きを変えてきている。











トリッシュと初めて出会った時の印象は、ああ、こんな境遇で育ったにしては素直な子だな、というものだった。まあ、マフィアのボスの娘という事実は最近知ったことのようだし、これまではきちんと母親の愛情を受けて育った子供なのだろうと思わせた。

今は隔離された薄暗く汚い部屋の中で不機嫌そうに椅子の上で脚を組んでいるが、それもただの強がりなのだろうと手に取るようにわかった。突如マフィアのボスの娘だと知らされ、命を狙われ、挙句誘拐されて、母親を亡くしたばかりだというのに悲しみにも浸れず自らの命さえ風前の灯火。

私だったら何故私がこんな目に、と嘆くだろう。だからこそ弱った心には付け入りやすい。更にはこのむさ苦しい男世帯で唯一の年の近い女。恐らく私に心を許すのにそう時間はかからない。



「ねえ、あいつらの中で一番セックスが上手いのって誰だと思う?」




「私が思うにリゾットかな。あの黒ずくめの大柄の男。ああ、私も黒ずくめだけど。時点でホルマジオ。プロシュートはイケメンだけど雰囲気で押し切ってるとこありそうだよね。ギアッチョとペッシはガツガツしててガキ臭そうだし、イルーゾォはねちっこそう。メローネなんか論外でしょ。」



「ああ、誤解しないでね。まさか私が全員と寝たとかそんなんじゃないから。」



かなり下品なジャブを打ってみたが当然反応はなし。私は鼻歌を歌いながら部屋をぐるりと回り、そして彼女の目の前の椅子へ腰掛けた。
背もたれを前にしてもたれかかるように正面から彼女の顔を覗き込むが、トリッシュは無表情で顔を逸らした。



「本当は今すぐここから出してって喚いて当たり散らしたい癖に、そんなのはまるで自分が哀れな境遇に収まっているようで、惨めで格好悪いから素知らぬフリしてるの?馬鹿だね、そうして気取ってる内に幸運も好機も逃げていくんだよ。言えば?こんな筈じゃなかったって、なんで私がこんな目に合わなきゃならないの、って。」



その言葉を言い終わると同時に乾いた音が部屋に響いた。彼女が私の頬を思い切り打ったのだ。大分焚きつけたから、当然と言えば当然だし、大成功には間違いないのだが普通に痛い。そして私が言いたい、『なんで私がこんな目に!!!』。



「知ったような口聞いてんじゃねえわよ!!!!あんたに何が分かんのよ!!!私は決して裕福でも、特別恵まれた環境で育った訳ではないけれど、それでも幸せだった!!!ママが死ぬまでは。私の父親がマフィアのボスだから何!?何故親の生き方で子供の人生が左右されなきゃならないの!?何故、誰かの欲望のために私が…………なにも、私には………」



思っていた以上に効果は上々だ。彼女が占いのお客ならばここで彼女の望む言葉をあげられたのに。もちろんこれからだって彼女の望む言葉を言うことはできる。けれどその運命は大きく違ってくるだろう。
リゾットの言ったように、運命は変わらずともその選択する過程で大きく結果は変わると。



「ねえ、私も孤児なんだ。ある程度年齢を重ねて、自由に生きられるようになって今、ようやく自分の人生を肯定しかけている。そんな矢先こいつらマフィアに出会った。あなたと同じように私の人生は牛耳られ、こうして何の罪もないあなたに心の拷問のようなことを強いられている。」



「……なんなのよ、そんなの信じないわよ……!!!」


「だったら聞き流してくれたらいい。洗脳か謀反か?わかんないくらいの方が私も都合がいい。今、組織の人間はみんなあなたを狙ってる。いい意味でも悪い意味でも。そして私には人の未来を予知する力がある。そして予知通りならば、あなたを巡る争いで奴らは勝手に自滅してくれる。」


「………」

「私たちはその時をただ大人しく待つだけ。簡単でしょう?その間にきっと騙す演技も上達するだろうから、その後は女優を目指してみるのもアリじゃない?あなたの容姿ならきっと成功するわ」


「……何それそんなの、……ありえっこない、」



「信じるか信じないかはあなた次第だよ。でも、今はそれしかないでしょ?希望は。」



そう言って、不安と困惑と一縷の希望をその瞳の奥に隠して、揺れるトリッシュを置いて部屋を後にした。
リゾットの言う通り、私には結構人を洗脳する才能なんかがあるのかもしれない。あいつらが全員死んでここを出たらカルト教団なんかを設立したら儲かるかもしれない。まあともかく、


これで運命がどちらに転ぼうが私はその時によって最善の選択ができる。先程言ったように勝手に自滅してくれるのが一番。万が一どちらかが生き残った時、あの娘さえ洗脳しておけば私の命は保証される。



「誰だって生きるのに必死だよ。マフィアのボスの娘も、暗殺者も、占い師も。」



誰かを洗脳したその先でもらう感謝の言葉は、恐らく呪いのように私にまとわりつくのだろうと思った。



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