ーーーイタリア、ネアポリス某所。ひとつのテーブルを囲んで6人の男達が向き合っていた。
テーブルにはカプレーゼ。オレンジとタコのサラダ。マルガリータとブルスケッタ。カリフラワーのクリームスープ。ティラミス。プリン。話の内容は、凡そこの立ち上がる湯気の香りに似つかわしくないものだった。



「まず状況を整理しよう。俺達が護衛するはずだったボスの娘が誘拐された。幹部がボスに娘がいるという確証を持ち、保護しようと動いた紙一重のところだった。敵は十中八九、謀反を企む組織内部の者。娘の情報を掴むのは難しいことではないが、疑問は何故幹部よりも先にそれを知ったのか、だ。そしてここからは俺達がすべきことだがーー、お前らも知っての通りインターネット上にボスの娘を誘拐したとの声明と、写真が掲載された。交渉内容を聞きたければ、ボス自ら連絡を寄越せとのこと。しかしボスは反逆者に屈しない。そして娘を護ることを諦めることもない。俺達はボスの娘、トリッシュの奪還を命じられた。必要に応じての物資などは全て支給される。そして奴らは今、ボスの反応を伺っている。しかし安易に動くことはできない。俺達の他にも娘を得んとする輩が大勢居るからだ。そのためにはまず買い物に出るだろう。もちろんトリッシュ自身ではない。目星としては買い物に不慣れな男が一人で女物の服や下着や化粧品を買い込んでいるところ、か。そして奴らは恐らく、スタンド使いだ。心してかかれ。」




テーブルの正面の席に座する男の言葉に、他の5人は頷いた。テーブルの料理はほとんど彼らの胃の中に収まっている。男は皿を下げに来たウエイターに人数分のエスプレッソを持ってくるよう頼んだのだった。














「ええと、ハンカチ、ストッキング、ジバンシーの2番のチーク……フランス製のミネラルウォーターに、イタリアンヴォーグの今月号………」


「………オイ、ストッキング、補強入ってるのにしたか?」


「え"っ、見てない。」

「チッ、お前なあ!ここにカッコしてメモしてんだろーが!!どこ見てやがんだよ!!」

「うるっさいなあ!大体自分一人じゃあ買い物も出来ないくせにエラソーに言わないでよね!!しかも少しくらい荷物持ちなさいよ!最低!!」



チッ、彼はまたひとつ舌打ちをして私が抱えていた紙袋をひとつ奪い去った。ここは隣町のデパート。私と、そして隣の男、イルーゾォはこの建物を上から下までくまなく回ったんじゃないかと言うくらい、探しに探して彼女お目当てのものを買い集めてきた。

彼女、トリッシュの買い物だ。トリッシュは相変わらず強気な姿勢を崩さず、やれフランス産のミネラルウォーターが欲しいだの、ストッキングは補強が入ってないとダメだの、細かな注文をつけては私たちを小間使いのように買い物に走らせた。

もちろんチームの誰もそんなパシリのような真似をするつもりはなく、かと言ってチーム最年少のペッシ一人では任せるのに不安が残る、ましてや女の買い物など男一人では無理だ。などとグチグチ言われて結局私と、そして屋内戦向きだろうとのことでイルーゾォがに任された。


そう言えば、この買い物に行くにあたってトリッシュからは生理用品の買い出しも任された。もちろん個人的にだ。それを思い出してにやりと口角が上がる。ふと隣の大きな鏡を見ると並んで歩くイルーゾォが嫌そうな顔をしてこっちを見ていた。鏡の中で目が合ってお互いフン、と逸らす。


「っ、わっ、」

「っ、と、すみません」


その瞬間、よそ見をしていたせいで向かいから歩いてきた男性と肩がぶつかった。その反動で抱えていた山盛りの紙袋の中からペットボトルのミネラルウォーターが弾んで床に転がった。


「すみません、よそ見をしていて」

「こちらこそ。ああ、僕が拾いますよ。お怪我、されているようですし」


ぶつかった男……どちらかと言うと男の子、だろうか。紺色の制服のようなものを着て、胸についたテントウムシのブローチと、ライトに映えるキラキラとしたブロンドが印象的な男の子だった。彼は私の抱えた紙袋と、そして昨日、リゾットとの言い争いにより血まみれになった右手を見て言った。手は問題なく動かせるものの止血と見た目のグロさを隠すためしっかりと包帯が巻かれている。ちなみに巻いてくれたのはホルマジオだ。他の奴らは私が苦戦するのを目の端で面白そうに見ていた。



「どうぞ。あなたのアモーレはニッポンで言う“テイシュカンパク”って奴でしょうか?それとも二袋は重すぎて持てないのかもしれませんね。」



彼は私の背後で立ち尽くすイルーゾォを見て穏やかな口調で言った。そしてスマートに私の左手を取ると反対側の手で私の肩を支えて立ち上がらせた。

その瞬間、




『まず状況を整理しよう。俺達が護衛するはずだったボスの娘が誘拐された。幹部がボスに娘がいるという確証を持ち、保護しようと動いた紙一重のところだった。敵は十中八九、謀反を企む組織内部の者。娘の情報を掴むのは難しいことではないが、疑問は何故幹部よりも先にそれを知ったのか、だ。そしてここからは俺達がすべきことだがーー、お前らも知っての通りインターネット上にボスの娘を誘拐したとの声明と、写真が掲載された。交渉内容を聞きたければ、ボス自ら連絡を寄越せとのこと。しかしボスは反逆者に屈しない。そして娘を護ることを諦めることもない。俺達はボスの娘、トリッシュの奪還を命じられた。必要に応じての物資などは全て支給される。そして奴らは今、ボスの反応を伺っている。しかし安易に動くことはできない。俺達の他にも娘を得んとする輩が大勢居るからだ。そのためにはまず買い物に出るだろう。もちろんトリッシュ自身ではない。目星としては買い物に不慣れな男が一人で女物の服や下着や化粧品を買い込んでいるところ、か。そして奴らは恐らく、スタンド使いだ。心してかかれ。』




ジョルノ・ジョバァーナ、本名汐華初流乃。年齢16歳。ポルポの入団試験に合格しパッショーネ、ブローノ・ブチャラティを中心としたチームに加入する。生まれ持ってのスタンド使いである。現在はボスの娘、トリッシュ・ウナを反逆者から奪還することを目的とし、動いている。しかし最終目的はパッショーネのボスの座に就き、街の平和と秩序、誇りを護ること。ーーーー


彼にについての情報が頭の中に流れ込んできた。突然のことに処理するので精一杯だ。支えられた体が少しよろける。




「ガキが生意気言ってんじゃねえ。テメーこそ一人で化粧品売り場なんざうろつきやがって、おもちゃ売り場はここの7階だぜ。なんなら案内してやろうか?」



こちらに歩いてきたイルーゾォがかなり不機嫌な顔で皮肉を言いながら私が持っていた紙袋も掻っ攫った。イルーゾォの言葉に男の子は「いえ、結構です」と淡々と断って軽く挨拶をし、言葉を後にしようと踵を返した。

その後ろ姿がどんどん遠ざかって行くのを見ながら私は、今までにないくらい頭をフル回転させた。
考えろ。最善の方法。イルーゾォはまだ気付いてない。もちろん彼、ジョルノ・ジョバァーナも。ここで相討ちになって二人が死んでくれるといい。私は間一髪逃げ延びたって体で、しかも敵の情報をチームに伝えることができる。しかし果たしてそれをリゾットが信じるだろうか。敵の情報を知るということは、少なくとも一度は敵に触れている。しかしこのまま、みすみす逃す訳には……!!!



「そうなんです!!私、この男にDVを受けています!!この手の怪我もこの男によるものです!!助けてください!!」


「なっ……!!ナマエ、お前、何言ってやがる……!?!?」



矢継ぎ早に叫ぶと、周囲の視線がこちらに向く。もちろん、男の子の振り返った。背後ではイルーゾォが驚愕の声を上げて紙袋を落とした。あまりの予想外の出来事と、周囲の冷たい視線にさすがに焦っているようだ。

そんなイルーゾォを置いて私は男の子の元へ走り出した。彼に抱きついて、手を握り、そして背後に隠れる。男の子は少し驚いた表情をしたが、すぐにイルーゾォの方へと視線を移した。私も、周囲の客も、そして男の子も、全員がイルーゾォを見ている。


そして男の子の背後で私はこう口を動かした。



『スタンド使い。』



イルーゾォは大きく見開いていた目を細め、そして化粧品コーナーのあらゆる場所に張り巡らされた鏡の方に顔を向けた。私も、周囲の客も、もちろん男の子も、それに釣られて鏡を見る。



「あらっ!?さっきの男の子は?……あなた、大丈夫なの??」



周囲の喧騒の中、真っ先に響いたのは近くに居たマダムの声だった。私たちが鏡を見ていたほんの一瞬の隙に、目の前に居た男の子は消えた。私はこくりとひとつ生唾を飲み込んで、少し先の方で悠然と立ち尽くすイルーゾォを見た。



「……ええ、大丈夫です。取り乱してすみません。ただの痴話喧嘩ですので。」



私のその言葉に、周囲の客たちは散り散りに歩いて行った。マダムも「それならいいのだけど……。本当に困ったなら、警察に……いいえ、街のギャングを便りなさい。」そう言い残して去って行った。なんだか皮肉を言われたようで苦笑する。



「……オイ、さっさと拾え。補強入りのストッキングを買いに行くんだろ。」



そう言ったイルーゾォはその大きな体を屈めて、周囲に散らばった荷物を紙袋に詰めるのだった。



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