私は天涯孤独だった。一番古い記憶は孤児院の隅でぼんやり、自分と同じ境遇の子供たちを眺めていたこと。同じ捨てられた子供の癖に、彼らをああ、哀れだなあなんて他人事のように見ていた。今考えると恐らく、自分の惨めな境遇を肯定できなかったのだ。



「着いたぜ」



けして治安がいいとは言えない裏通りだが、それでも思っていた以上に身近な場所にアジトはあった。こそこそ隠れもしないという姿勢は自信の表れだと感じた。一見ただの廃れたバーの跡地に見えるが、男に連れられて奥へ入ると、そこには数人の男達が各々に寛いでいた。



「コイツだよ。ソルベとジェラートの言ってた占い師ってのは」



掴まれていたフードをようやく解放された。床に投げつけられる形で。よろけた私はそのまま床に手をつく。果たしていつ掃除したのか検討もつかないくらいそこは砂埃まみれで薄暗く、見上げた目の前に立ちはだかる黒ずくめの大男の姿に、あ、さすがに私これ死ぬかも、と改めて思った。


「……ガキじゃあねぇのか」


「東洋人は若く見えるだけだろ。どちらにせよコイツで間違いないぜ。しかもスタンド使いだ。」

「ああ?マジかよ。」


大男が静かに私の顔を見てブロンドの男に問うた。そしてスタンド使いと聞いてソファーに座っていた赤いメガネの男もこちらにやって来た。
スタンド。私がここに連れてこられる切っ掛けになった言葉。さっきも聞いたけれど、一体それは何なんだ。コイツらの業界用語のようなものなのか。私はただのしがない占い師の小娘だというのに。


「テメェ、さっき俺の名前をスタンドで“見た”よなあ?更にはここ数週間以内に俺が死ぬと抜かしやがる。オラ、もっぺんテメェのスタンドを出しやがれ。他の奴らにも見せてみろ」

「……さっきからスタンドとか、名前を見たとか死期を当てたとか、理解不能なんですけど。私はただの占い師です。アンタらまさか本気で占い師が行方不明の人間だとか、病気の有無だとかを当てれるの思ってんの??」


「なんだ、この女。自分じゃ気づいてねーってか、とんだ間抜け野郎だ。ああ、そういや手に触れねーと占えないんだっけか?んじゃ、お手をどうぞ?シニョリーナ。」


かったるそうにスーツの内ポケットからタバコを出したブロンドの男は何の断りもなしにジッポで火をつけた。そして私の反応が自分の意にそぐわないことにさらに面倒くさそうに眉をひそめ、そのまま右手を差し出した。

くわえタバコで女性に手を差し伸べる、なんて紳士なのかしら。私はにっこりわらってその手を叩き払った。尚も男は冷たい目で見下ろしてくる。


「大丈夫です。あなたの言葉に従うことも、手を借りる気もありませんから。私はこれで失礼し……」


「オイオイオイオイ、なあ、ジャポネーゼよォォォ。あんた、ニッポン人だよなあ??日本人ってよォォ、なんで『大丈夫です。』って言うんだ???そこはNoでいいだろうが。Siの場合もそう言うよなあああ、ムカツクぜッッッ!!!!俺ァ一緒に来んのか来ねーのかを聞いてんだ!!!大丈夫ってどういうことだよォォォォ〜〜〜!!!!」


男の手を振り払い、帰ろうと立ち上がって黒のコートについた埃を払っていたところ、急にがっしり肩を掴まれたと思ったら背後で急にまくし立てられた。めちゃくちゃ怖い。今日イチで怖いかもしれない。
いかにも外国人といった水色のカーリーヘアに赤いメガネをかけた男は、私の肩をギリギリと掴んで目を血走らせ、唾を飛ばしながら謎の抗議をしてくる。

確かに私も日本人の言葉の使い方には思うところがあるけれど、それを私に言われても知らないし、今言うこと!?しかも何か個人的な事情を孕んでそうな物言いだし。


「ギアッチョこないだナンパに失敗したことまだ引きずってんのかよー。いい加減吹っ切れよなァ」


「うるせーーぞメローネェ!!俺ァ失敗してねえ!!!アイツらは『大丈夫です。』っつったんだ。なのに気づいたらどっか消えやがった!!心配するだろうがァァァ!!!俺はそれにイラついてんだよッッッ」


「いやそれめちゃくちゃ『No』って言われてるでしょ。アンタもさっき言ってただろうが」


「あァ!?!?んだこの女ァ!!!!」


なんだかコントを見てるようで思わずツッコむと、男は再びこちらに向き直って胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてきた。反射的に体を引っ込めるも、彼のその手は誰かの大きな手に遮られて私に届くことはなかった。
ソファーの方ではケラケラとピンクの髪をした男……(声の低さからして恐らく男だろう)がパソコン作業をしながら笑っている。


見上げると、首が痛いくらい上方にある頭。視界は一面黒。まるで今の私の格好とお揃いのようだ。男はゆっくり振り返る。



「………」



喉の奥で小さく唾を飲み込んだ。ブロンドの男も威圧感があると思ったが、こいつはその比ではない。喋らない分余計にそう思った。そして口を開けば腹の底に響くような重低音は厳かな恐ろしさを孕んでいた。



「………プロシュートが、無理を言って連れてきたようですまねぇな。」


「………」


「改めて言うが、俺達はアンタに話が聞きたい。約数ヶ月前。ウチの仲間がアンタの元を訪れたようだが……その時、アンタは何を思って奴らが死ぬなどと言ったんだ?」



「………」


「…黙ってねぇで、答えてほしいんだが。」


「…………っ、………な、」



男の静かな声に、静まり返ったその場は張り詰めた緊張感に包まれた。黙り込む私に男は詰める。ふと、右手の人差し指に鮮烈な痛みが走った。まるで、鋭い針の先で指先を指したような痛み。

見ると指先にぷっくりと丸い血の塊が顔を出していた。一体いつ怪我したのだろう、と思うまもなく痛みは右手の他の指にも現れる。手のひらにも、指の腹にも。右手全体から鮮血の塊が吹き出す。否、針を刺したのでなく、まさか、針が体内から皮膚を突き破っているのだ。



「ッッッッなッッッッ!?!?!?、なんだよ、これはッッッッ!?!?」



そう言っている間にも針はどんどん右手を突き破ってくる。それはじわじわと手首やその先へと駆け上がってきている。あまりの痛みにボロボロと涙と悲鳴がこぼれ落ちる。それ以前にこのままでは出血多量で死んでしまう。荒い息をしながら私は目の前で悠然と仁王立ちをする男の胸ぐらに掴みかかった。


「テメェ!!!!今すぐこれを止めろ!!!!」


「……成程。それがお前のスタンドか」



リゾット・ネエロ。年齢28歳。シチリア生まれ。幼少期にいとこの子供を交通事故で亡くして以来、その敵討ちのためにパッショーネの一員となる。なお、彼もまたプロシュートと同様、数週間のうちに死亡する。



「………」


「何が見えた?」



気づけば私の体内から突き出ていた針は消え、代わりにだらりと垂れ下がった腕からは血の雫が滴り落ちていた。


スタンド。背後に何かエネルギーのような気配を感じて、静かにふりかえるとそこには薄い桜色をした女性のようなシルエットの人形が立っていた。いや、人形ではない。生きた人間の生命力を感じる。しかし彼女……は、どこかプラスチックやソフトビニールの人形を見て感じるような無機質さを併せ持っていた。


「これ、は」


「スタンドだ。こいつがあんたに奴らの死を“見せた”。そしてプロシュートも。俺はどうだ?」



「………死にます。数週間以内に。」



「成程。興味深い。」



「…………」


自分が死ぬと宣告されたのに、男は……リゾットは一切取り乱すことなく何か考え込むように顎に手を当てた。プロシュート。ギアッチョ。そしてメローネもこちらを見ている。

この男が言うように、私にスタンドという何らかの特殊能力……仮に人の過去や未来が見える能力があったとして、以前占ったソルベとジェラートはその宣告通りに死んだらしい。だとするとプロシュート。リゾット。そして他の奴らに数週間以内に振り返る死とは。彼らに一体何が起こるのか。



「アンタは本当にスタンドを知らない素振りを見せてるが、仮にそれが真実だったとして、ソルベとジェラートを占ったのは偶然ということになる。つまり俺達が危惧していたボスの手先だという疑惑は晴れる訳だが」


「オイ、リゾット」


「黙れ。どの道、俺達はアンタを帰すつもりは無い。それはここに来た時点であんたも薄々感じていただろう。アンタに自由に道端で占いと称してスタンドを使われるのも俺達には都合が悪いし、反対に俺達のためにその能力を使ってくれるなら本望って訳だ。」


「………だから嫌いなんだよ、アンタらマフィアって奴は……!!!!」



「まあそう気を悪くするな。食事もつけてやるし、多少の給料も出してやる。ああ、近くのジェラートの店も教えてやれる。うまいぞ。」



「うるせぇ死ね!!!ジェラートって面かよ!!」



こうなってしまってはもう一般人にとって逃げ道などないのだと言うことは、学のない私でもわかる。ましてや、この新たに授かった未知の能力について知っているのはこいつらしかいないのだ。
そもそも、美味しいジェラート屋より先に、テメーが血だるまにしたこの右手の治療をしろよ、と思いながら私はほとんど無理矢理ギャングの仲間にさせられたのだった。



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