昔から人の心を読むのが得意だった。





否、その人が『何を言って欲しいのか』、当てるのが得意だった。ただそれだけのこと。



「……あなたは、どこか他人に心を開けないところがあるのでは?……もしかすると、ご両親のどちらかを早くに亡くされているとか……恐らくお父様。」

「だから異性への接し方がわからない。お付き合いしてもどこか心を開けない……そう、悩んでいるのではないですか?」




「うそ……そんな、……そうなんです……!!初めてです、この悩みを打ち明けるのは……今まで誰にも言えなくて…!!!」



目の前で涙ぐむ女性を見て、ああ、そうだよなあ、と思う。力になりたいのはホント。喜んで貰えると嬉しいのもホント。でも、いつもああ、そうだよなあ、と思う。冷めた自分がどこかで見張ってるのだ。そうして、そいつが助言してくれる。『この人はこういう人間だ。』と。


物心ついた時からそうだった。他人より少しばかり洞察力に長けていて、感情の機微を読み取るのが上手い。高校を卒業してから職を転々とし、どれもしっくりこないなあ、なんてのん気に考えて、一丁占い師でもやってみるか、と通りに小さな店を構えたら、これが大繁盛。

うわさを聞きつけた若い女の子が大勢やって来る。時には男性も。時には、街を牛耳るギャングの一員も。




「アンタか。うちに許可も取らず店出してるナメた占い師は。」




ずいっ、と今まさに空いた席に座ろうとしていた客を押しのけて、スーツ姿の男が我が物顔で座った。当然背後の女性は抗議するが、振り向いた男の容姿を見て顔色を変えた。男はさも当然のように席をどかず、こちらに向き直った。

ブロンドにブルーグレーの瞳。ブランド物のスーツがよく映えるスタイルの良さ。そして滲み出る自信と威圧感。目が覚めるほどの美形だけれど、それが余計に息苦しい。絶対カタギじゃないだろこいつ、って感じで。



「………許可、ですか。すみません。世間知らずの小娘なもので。」

「ほお、いい度胸してんなアンタ。天下のパッショーネを知らねーのか」



パッショーネ。もちろん知っている。このネアポリスを牛耳るマフィアだ。と言っても街の人たちは諸場代と称してパッショーネに定額を払い、代わりにゴロツキ共から守ってもらうという契約のようなものだ。
政治家や警察官が頼りにならない今の世の中、人々はマフィアを頼る。そして占い師も。


「……あの、この場所があなたたちのものなんて誰が決めたんですか?私は自分の身は自分で守ります。警察にもマフィアにも、世話になるつもりはありません。諸場代を払う義理もない。」



「世間知らずってのはコエーな。見ろよ俺の後ろの客共の顔、ありゃマトモな反応だ。アンタは余程のアホかもしくは強者だな。」


「なんとでもどうぞ。金を払う気はありません。もっとも貰う気ならありますが。占って差し上げましょうか?」


「そいつァ光栄だな」



男と私のやり取りを固唾を飲んで見守る客。かかわり合いにならぬようにと立ち去る客。好奇の視線が私たちに集まる。

男は、その風貌や態度によらず怒る気配はなく、まさか占ってくれなんて言い出した。皮肉のつもりで言った言葉だったので、まさか肯定されるとは思わず面食らってしまう。
しかしこちらも仕事だ。金さえ貰えればどんな乞う言葉も言ってやる。この男は何が欲しいのか。強気な男ほど孤独を抱えている。過去に些細なトラウマがある。美しすぎる容姿は時に仇となる。受けた屈辱。そのプライドの高さゆえの心の隙間と、弱みを、考えて、そっとその琴線に触れる。



「手を出してください。…違います、手の甲を上に向けて。手相を見るんじゃありません」



よく手相占いと勘違いされるが、私が見るのはその人の容姿、仕草、言葉遣い、触れた手のひらから伝わる情報。それらを組み合わせて最善の言葉を選んでいるだけだ。

差し出された男の手に触れる。端正で少し中性的な容姿だが、その手は骨ばってゴツゴツしていた。指先は少しカサついてる。人を殺したことのある手だろう。触れた指先から緊張感が伝わってきた。


「俺ァな、占いなんざクソくらえだと思ってる。何でも占い通りになるってんじゃ、俺達は決められた運命の中でしか生きれねぇってことだろ。そんな人生クソじゃねーか。」


「(美人の癖に口が悪い……)」


「だがな。ソルベとジェラートは死んだよ。あんたの占い通りにな。下手人は検討がついてる。だがテメェは何だ?何故ヤツらの死を予言できた。内通者なのか、それなら何故、二人に死を伝えた?」


淡々としかし静かな怒りを湛えた男の口調は次第に語気を強め、彼の座っていた椅子が大きな音を立てて倒れた時には、彼は私の顎下に拳銃を突きつけていた。


「……さすがに、これは、怖い。」


「遊びじゃねぇんだぜシニョリーナ。アンタここで何をやってる?スタンド、使いなのか。」


「………スタンド……?」



男が拳銃を出したことで辺りの空気は一変した。悲鳴を上げて逃げ惑う群衆。男の手を握ったまま動けない私。さすがに引き金ひとつで脳髄ぶちまけるイメージができる現状に臆しない訳がない。手のひらにじとりと滲んだ生ぬるい汗の感触が、男にも伝わっているだろう。そして。


「……プロシュート、さん。……あなたの名前……?」


「………は、…?」




「あなた、しにます。この数週間以内に。」




プロシュート。突如、その名前が頭の中に転がり込んできた。彼の言う、ソルベとジェラートという人の目星もついた。恐らく数ヶ月ほど前に訪れた同性愛者のカップルのことだ。恋愛相談、金の話、仕事のこと。そして今後の自分たちについて。様々な話をした。そしてその時も突然頭の中に転がり込んできた言葉。




『あなたたち、しにますよ。約数週以内に。』





「なッ、…テメェ何言ってやがる!!!出鱈目抜かしてんじゃねえぞ!!!」

「っ、!!……や、あの、出鱈目というか、急に言葉が浮かんで、」



ゴリッ、と骨をえぐるように銃口を突きつけられてさすがに焦る。しかし本当にただ、頭の中に突然言葉が浮かんだだけなんだ。咄嗟の状況だからだろうか、妙に頭が冴えて、男の名前や、職業、同僚の名前、ソルベとジェラートと、最後に話した言葉。様々な情報が頭の中を満たした。まさかそんな、見ず知らずの男の名前を当てるだなんて、そんなこと、超能力者じゃあるまいし。



「……お前、やはりスタンド使いじゃねえか。」



スタンド使い。少しの間私の肩口に視線を寄越していた男だったが、その言葉と共に私の顎から銃口を外し、代わりに胸ぐらを掴んで立ち上がらせた。

有無を言わせぬ力強さに引っ張られるように立ち上がり、息苦しさにむせると被っていたフードが外れた。



「なんだよ、アジア系か。この辺りじゃ珍しいな。」


「なにす、離せッッ!!それに、スタンド使いって何だよ……!!」


「付いてくりゃ分かる。来な。スタンド使いと分かった以上、アンタを煮るのか焼くのか、アイツらの意見も聞かねーとな。氷漬けがいいかもしれねーし、カミソリやハサミで滅多刺しってのもアリかもなァ」



フードの首根っこを掴まれて引きずられる形で男について行く。私の小さな店はどんどん遠ざかってゆく。今日の売り上げも、このどさくさに紛れて早速そこら辺のチンピラにかっ攫われたみたいだ。それもこれも全部この男のせい。


「離せ!!私はだれの指図も受けない!!」

「っせぇなァ……。キャンキャン犬みてーに喚くんじゃねーよ!!テメーがボスの手先っつー疑惑もまだ晴れてねぇ。更には俺が死ぬだと?……ハンッ、上等じゃねえか。話はアジトでじっくり聞いてやるから有り難く思え。生きて帰れる保証はねぇけどな。」



そんな自分勝手な男の言葉と共に私の命は危険に晒され、向かうはギャングのアジト。ああ、そうだよなあ、って人の話を聞いて、適当な言葉を言って、金を貰っていたからバチが当たった?そんな馬鹿な。だったら恐らく何十人と殺めているだろうこの男に天罰が下るべきだろう。

あ、死ぬのか、この男。いや、なんでか知らないけど。



そんなこんなで道端でただ占い師の真似事をしていた私は、何故かギャングの恨みを買って誘拐されてしまいました。悪運は強い方だと思いますが、今回ばかりは生きて帰れるかわかりません。南無三法。特に仏教徒でもないですがこのイタリア、ネアポリスの地で心の中で叫んでみたくなるのは、アジア人の血がそうさせるのでしょうか。

果たしてこれからどうなることやら、私自身の運命も読めたらいいのに、とこの時ほど思ったことはありませんでした。



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