「こないださあ、めっちゃうまいケーキ食ってん」
昼休み。廊下の窓辺に寄りかかった治が脈絡もなくそう話しかけてきた。隣りにいた角名は先ほど自販機で購入したパックジュースを一口吸ったあと口を離して開いた。細いストローの先は何度か噛まれて前後にへろへろしている。
「ふうん。どんなケーキ?」
「なんか……イタリアのマフィアみたいな名前の」
「ずいぶん物騒なケーキだね」
「もちもちふわふわでシンプルやねんけど中にオレンジとかレモンのラム酒漬けが入っとんねん」
「フーーン。」
「お前あからさまに興味ない顔すんなや」
初めの返事こそ会話を続けるために興味のある振りをしたが、肝心の名前を思い出せない治にその僅かなコミュニケーションの心すら失くした角名は再びストローの先をくわえてそれとなく廊下の奥に目を遣った。隣では未だに名前を思い出そうと唸る治がついにポケットのスマホに手を出した。と、そこで角名はこちらへ向かって歩いてくる見知った女を見つけた。
「あ。ミョウジじゃん」
向かいから歩いてきた女子生徒は部活仲間であるマネージャーで、その隣にはよく彼女と行動を共にしているクラスメイトの女子の姿もある。そんな角名のそれとなく呟いた名前に治はぱっとスマホから顔を上げて彼女の方へ歩き出す。
そんな部活仲間の姿を見つけたナマエも手を振って二人は角名の少し先で合流した。
「ミョウジさんタイミングええわ〜〜。なあ、こないだくれたケーキの名前なんやっけ?イタリアのマフィアみたいな名前のやつ」
「イタリアの……?ああ、パネットーネのこと?」
「あーー!!それそれ!!やっとスッキリしたわ。角名〜〜パネットーネ!!」
「聞こえてるよ」
廊下の真ん中ででかい声でケーキの名前を叫ぶでかい男はそれだけで目立って、治の食い意地をよく知るクラスメイトたちはまたなんか言っとる、とクスクス笑う。それにつられてミョウジも楽しそうに笑う。でもたぶん、特別なのはマフィアのような名前のケーキではなく、それを誰がくれたかだよな。
角名はそんなことを思いながらパックジュースを吸い込むと、ズコッと音がしてその中身の終わりを告げた。
03012022
お題:ものすごく美味しいお菓子を食べたので友達に教えてあげようとスマホを手にとったところでお菓子の名前を忘れてしまった治くん(なんとなく可愛い)