「ミョウジってさ、ワイピング入るタイミング絶妙だよね」


「えっ」


 休憩時間、ドリンクを手渡したナマエの隣でスナがひとりごちるように言う。そんな彼の言葉の意図をいまいち汲めないナマエは座り込む男の横顔に視線を移した。


「それは……褒めてる?」

「それ以外に何があんの」

「えっ、まじで。半分冗談で言ったのに」

「人の言葉は素直に受け止めろよ」


「いや、スナが誰かを…てか私を褒めるとか、何か裏があるのかと……」


「………」



 ナマエは半ば冗談で訊ねた言葉を肯定されて少し動揺した。この角名倫太郎という男とある程度友達関係を続けているが、彼が手放しに誰かを褒めるという場面を見たことがない。しかもその褒められた内容がビミョウなものであることも、ナマエを混乱させる要因の一つだった。
 ちなみにワイピングとは汗などで濡れた体育館の床やコートを拭く作業のことである。


「お前人のことなんだと思ってんの?別に言ってなくてもそのくらい思ってるから」


「え、あ、そう……それは……ありがとう?」


「……信じてなさそうだから言うけど、勉強熱心だし素直だし、部員のことよく見てるしぼんやりしてるけど打たれ強いところあるしそれに、笑うと………」


「…………」


「…………」


 自分の珍しく素直な気持ちを口にしたのに、本気にしてもらえずむっとしたスナは畳み掛けるように本音をつらつらと並べた。それはスナにとって最大の攻撃だと思われたのだが、「笑うと、」その言葉の先を言ってしまっては何かがまずい、と判断した彼の中の理性がブレーキをかける。

 そんなスナがドリンクを片手に隣に佇むナマエを見上げれば、彼女は顔を真っ赤にして気まずそうに口を噤んでいた。その様子は先ほどまでの彼の言葉を疑っていた彼女からすると攻撃が成功した証なのだが、いかんせん彼自身も被弾するように体が熱くなり、その顎を一筋の汗が伝った。



「……あ、ありがとう………」

「…………」



 今さら忘れて、とも嘘だから、とも言えなかった。言えばその言葉は彼の本音をさらに裏付けてしまうだろうから。せめてもの最後の言葉だけは踏みとどまれてよかったとスナは思う。けれど、一番聞いてほしかった言葉のようにも思う。
 「笑うとけっこうかわいいし、」だなんて、そんなことを考えてしまうのもみんなこの暑さのせいだ。


02012022


お題:なんとなく気まぐれで相手を褒めてみたところ、何か裏があるのかと疑われムカついたので無理矢理褒め続けた結果なんか変な空気になるスナ(おばかなことする2人が見たい)



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