「っナマエか!?おま、無事なんだろうな!?今どこだ!?」



追跡していた黒のワンボックスカーにまんまと撒かれてしまった俺たちはなす術なく右往左往していた。もう今更タクシーのメーターなんか気にしてる場合じゃない。しかし当然ながらこんなに心配かけたお前の給料はなしだ、ナマエ。

そう思っていたところ、胸ポケットにいれていた携帯が鳴った。即座に取り出して画面を確認すると、『ナマエ』そう記された電話の主に目を見開くと同時に慌てて通話ボタンを押す。

隣でモブも「ナマエさんですか!?」と食い気味に訊ねてきた。



「っいえっ、すみません、ナマエさんではありません……!!あなた、ナマエさんの超能力の先生ですよね!?」

「っは!?てめえ……ナマエを連れ去った奴だな。どういうつもりだ。ナマエはどこにいる!?答えによっては右ストレートからのラリアットからのアッパーカットスリーコンボキメるぞ!!!」


しかし電話に出たのは何やら息切れしている様子の男だった。初めは誰かと思ったが、どこかで聞き覚えのある声に、ナマエの電話を邪魔してきた誘拐犯だと確信する。

何だ。身代金目的の誘拐か。残念だがそんな金を払う余裕はないから、そうなったらこいつをのしてナマエだけ連れ戻そう、と考えて威嚇する。

しかし電話越しの男の様子は何か尋常ではないもので、自然と眉間にシワがよる。それに、さっきこいつ俺のこと超能力の先生、とか言っていたが、こいつナマエが超能力者だって知ってるってことか?


「すみません!!!俺のせいで……俺のせいでナマエさんが悪霊に……!!!ムシのいい話だってわかってます!!でも、もう頼れるのはあなたしかいないんです!!お願いします!!俺たちを、ナマエさんを助けてください……!!!」


「……なに、ナマエが、悪霊に……!?」


今いち話が読めないが、男の必死の様子に嘘は言っていないと理解する。話の内容が内容だけにちらりとモブに視線を移すと、モブは普段の無表情から明らかに怒りを湛えた鋭い瞳でこちらの会話を聞いているようだった。

あーあ。お前どうなっても知らねーぞ誘拐犯。


「……事情はわかった。ナマエが危ねーってんなら当然助けに行く。だが、そん時はてめえも覚悟しろよ。わかってんだろうな?……場所を教えろ。」



電話の向こうで何度も謝り倒す男に場所を聞き出した。モブにそれを伝えて携帯にメモさせ、それを運転手に伝える。

急に目の前の車を追えとか、見失って森に迷い込んだりだとか、今日は理解し難い体験ばかりしているだろう運転手は、その新たな行き先を聞いてまたもや戦慄する。それもそうだろう、そこは、調味市内でも屈指の心霊スポットだった。

全く、あいつはなにをやってんだか。
















「……っ、はぁ、……はぁ……」



打ち付けた全身が痛い。たぶん骨は折れてはない……けど足はくじいたかもしれない。歩く度にじんじんする。

なんとか4階の病室の一角に逃げ延びた私は息も絶え絶えにこれからどうするかを考えていた。しかし、どうするもこうするも、初っ端渾身の力で除霊しようとしていとも簡単に吹っ飛ばされてしまった。力量の差は肌で感じてしまっている。

やっぱり、この建物を見た時から頭のどこかで感じていたことは正しかった。ここの悪霊は、きっと私では敵わない。それでも、親友を守るために仕方なかったとは言え、そこには少しの意地もあったのではないかと今更思ってしまう。


「……!!」


ごそり、とスカートのポケットの中にようやく手を入れたというのに、そこには何も入ってなかった。慌ててもう片方のポケットも探すけれど何も無い。


「……天罰だ」


今更先生やモブくんに頼ろうとしたって、もう遅い。そこに入っていたはずのスマホはさきほどの衝撃でどこかに落としてしまったらしい。これでもう、助けを呼ぶという手段はなくなった。我ながら、本当に馬鹿なことをしたと後悔しても、もう遅い。


一体これからどうすれば。そう、回らない頭で何とか考えようとした時、ふいに、9時の方向から気配を感じた。



「!!!」



慌ててバッ!!と振り向くと、そこにいたのはあたりにうじゃうじゃいた低級霊。その姿に幽霊相手だというのにほっと息をつく。

攻撃してこない幽霊。それはあの禍々しい悪霊を前にしたあとでは道端のすずめと等しい。しかし、



「……(あれ……様子が…?)」



ぞくり、と鳥肌が立つのがわかった。

何かがおかしい。またあの時の感覚に襲われた。私の左手にいた幽霊だけじゃない、この4階のフロアにいた低級霊が、ただあたりを徘徊したり、みな各々のことをしていて無害だった幽霊たちが、みな一様に私目掛けてフラフラと近づいて来ている。


「……」


なにか、ヤバい。

ぞっとした私はすぐさま立ち上がりその場を離れようとするけど、気づけば前後左右を、無数の幽霊たちに囲まれてしまっていた。

幽霊がうじゃうじゃいるのは今更のことだったから囲まれたことに気づかなかったんだ。しかも、囲まれただけじゃあない。こいつらは、さきほどまで無害だったこの低級霊たち、みんな、




私に明らかな敵意を向けている。





「……まさか、」



そこで私の脳裏に最悪な仮説が浮かぶ。もしかすると、この廃病院を支配していたのは5階にいたあの強力な悪霊で、他の低級霊たちはあいつの指示通りに動くとすれば。私たちがあの場で写真を撮って悪霊を怒らせてしまい、その敵意が目の前の幽霊たちに伝染してしまったとすれば。



「……みんなが危ない……!!!」



その言葉と共に一斉に襲いかかってきた幽霊たちを、一部除霊してなんとか取り囲まれていた輪の中から抜け出す。しかし、飛び出したということはあの悪霊にも見つかってしまうということ。

部屋から駆け出したと同時に私の姿を見つけた悪霊が待ち構えていたとでも言うように左手正面から涎を垂らしながら突進してくる。それをすんでで交わしてそのまま下へ続く階段をかけ降りる。背後からは悪霊と、低級霊たちの群れが私が転ぶのを、力尽きるのを今か今かと待ちわびるように手を伸ばしては追ってくる。

走る度目の前からも襲ってくる低級霊感をなんとか除霊しつつ、3階の階段を突っ切って2階の階段へ差し掛かる。そして、もう1階につくというその途中で……



「………うそ、」



ぴたり、と歩を止めた私の眼前には、階段の壁に寄りかかるようにして倒れ込むハルとアンナ、そして赤坂くんの姿があった。その周囲には低級霊たちが取り囲むように漂っていて、瞬時に除霊してその場に駆け寄った。



「……ハル……!!アンナ……!!!」



ぐったりするハルとアンナを抱き起こして、泣きそうな声で名前を呼ぶ。

幽霊に生気を吸われて一時的に気を失っているのか、3人とも息はあった。その事実に少しほっとするも、それでもこの現状を切り抜けなければ結局私たちは助からない。

怪我ならなおすことはできるが、病気や、霊障は私にはどうすることもできない。けれど、除霊することはできる。私がやらないと。もう、誰も頼れる人はいないんだ。もう2度と、大切な人は失いたくない。



そう思ってくるりと後ろを振り向いた。そこには、ほんの数メートル先に迫っていた悪霊と低級霊たちの姿。私たちが立ち止まる段差のところへ、飛び降りるように襲いかかってくる。


一度、ぎゅっ、と目を閉じて、力を手のひらに集中させる。私は最悪どうなってもいいから、せめてみんなは助かって欲しい。切実にそう願いながら、最後の力を振り絞って、力を放った。


















何か、あたたかいぬくもりを感じる。人の体温。そんな感じのあったかさ。

それにつられるようにうっすら、瞼を開いた。ぼんやりする視界が焦点を合わせた時、初めに映ったのは、私の顔をのぞき込む切羽詰ったような霊幻先生とモブくんの顔だった。



「ナマエさん……心配しました……大丈夫ですか、何か変わったところとか、痛いところはありませんか……?」


目が覚めるや否やモブくんにそう訊ねられて、起き抜けの頭は処理しきれない。

少しの間ぽかんとした後、ふいにあたりを見回すと、そこは廃病院の中でなく、迫ってくる悪霊も幽霊もおらず、車を降りて下ろされた森の中だと理解する。
どうやら私は霊幻先生に上半身を抱き抱えられていたようで、さっきのあたたかいぬくもりは霊幻先生の体温だったのだと悟りそのまま自力で体を起こした。

そんな私に先生とモブくんの視線が向く。……何か、言わなきゃ。そう思っているのに唇は小さくわななくばかりで何も言葉は出てこない。そんな私の代わりのように、聞いたこともない大声を出して霊幻先生が怒鳴った。



「アホかお前は!!!俺らに黙って危ねーことに首突っ込んで!!!一人で解決できると思ったのか!?俺たちが連絡受けて来なかったらお前も、その友達もどうなってたかわからねえんだぞ!!!」



初めて聞く霊幻先生の怒ったような声に、小さく体が震えるとともにぽろりと涙がこぼれ落ちる。先生の言う通りだ。勝手に意地張って、自分一人でなんとかできるって、大切な親友も危険に晒して、結果こうして先生とモブくんが助けにこなかったらきっとみんな死んでしまっていた。


私の除霊は失敗した。いくらみんなを助けよう、って、気持ちや気合いだけでは乗り越えられない壁もある。実力が伴わなければ。努力をして成長しなければ。今回ほどそれを痛感したことはなかった。

ごめんなさい。怖かった。助けに来てくれて、本当にありがとう。私の大切な人たちを守ってくれて、本当にありがとう。

そんな様々な気持ちがないまぜになって、ぼろぼろと涙があふれてとまらない。そして小さな嗚咽とともになんとか言葉を絞り出して伝える。


「……っ、ごめっ、なさ……ごめん、さない……。ほんとに、ごめ……ありが、とう……」


「……」


そんな私を静かに見つめていた霊幻先生だったけど、急にぐしゃぐしゃといつもより乱暴に髪をかき乱されて、かと思うとこちらを見るなとでも言うようにぐい、と私の頭をうつむけさせた。制服のスカートに涙が数滴ぽたぽたと落ちた。


「……俺も、悪かった。お前や、モブが、いつか大人になって、事務所出てって……そう考えるとつい酷いこと言っちまったな。お前は今を真剣に悩んでんのにな。……悪かった」


そう言って今度はもう一度、優しく頭を撫でてくれた先生に、顔を上げる。涙で少し歪んだ視界には申し訳なさそうな、けれど少し照れたような、初めて見る先生の表情があって、思わずぽかんとする。しかしそんな顔をしていると今度は頭頂部に地味に重い拳骨が降ってきた。さすがに加減してくれてるとは思うけど、ほんと、地味に痛い。地味に重い。思わずでっ、と短い悲鳴を上げた。


「とは言えまじで今後今日みたいなことは勘弁しろよ。目の前でワンボックスで連れてかれた時は肝が冷えたなんてもんじゃねーぞ。いや、ほんとに。あとここまで来るのにタクシー代どんだけかかったと思ってんだ。お前、当分タダ働きだからな」


「ええっ!?そ、それは」

「あ?なんだ?文句あんのか?」

「……あ、ありません……。ごめんなさい……」

「ハイ、素直でよろしい」


当分タダ働き、という言葉の威力は大きかったけど、それもこれもみんな自分が招いた種だから罰として受け入れるしかない……。しょんぼりと肩を落とす私に、モブくんがふいに声をかける。


「立てますか?」


「えっと、ごめん、そういえば足くじいちゃったみたいで……」


あの時は逃げ回ることと、みんなを助けることに必死で形振り構ってられなかったけど、今になるとじわじわと酷使した足に鈍痛が蝕む。しかも、階段から落ちたせいか全身が痛む。むしろ打撲だけで済んだことに感謝しなきゃいけないのだろうけど、痛いものは痛い。


「じゃあ、掴まってください」

「え……う、うん。ありがとう……」


そう言ってす、と差し出された手のひら。少女漫画とかではたまに見るけど、実際にこれをされるとかなり照れくさい。それに、なんとなくモブくんは年下の華奢な男の子、というイメージがあるので、私の重い体重をかけて掴まってしまって大丈夫か、と少し躊躇する。すると、そんな私に意外にもモブくんの方から手をとって、ぐい、と私を引っ張り起こしてくれた。


「わ、」


勢いよく立ち上がったからふらついた体をさり気に支えてくれる。モブくんの意外な力の発揮に少し驚いて見返すと、やっぱりいつものじとりとした目で見返される。それを見てああ、モブくんだなあ。と思うけれど、やっぱり男の子なんだなあ、とも思った。


「……嘘をつくのは良くないと思います」


「あ……ご、ごめんなさい……」


「僕たちは仲間ですよね、仲間は助け合うものだと思います。それとも、そう思っていたのは僕だけなんですか」



少しうつむきながら淡々とした口調で言うモブくんは、怒っていると同時に少しさみしそうに見えた。


仲間、その言葉に嬉しさと、それに反比例するように罪悪感が首をもたげた。モブくんはモブくんなりにそう思ってくれていたんだ。その事実がとても嬉しかった。けれど、私も私でモブくんも、先生のことも、とても大切に思っている。けれど、それはあまり伝わってない。当然かもしれない、言葉にしていないのだから。


きゅ、と幼そうに見えて意外とがっしりした大きな手のひらが私の指先を躊躇いがちに握る。そっと触れた手のひらや指の感触が、自分や女友達のそれとは全く違うことを知ってどきりとした。

それは無茶をした私を叱っているようにも思えたし、不安そうにすがっているようにも思えた。

私はその不器用な男の子の指先に、自分の指先をそっと絡め、やんわりとそれを握り込んだ。ほんの少し、モブくんの体がびくりと震えた気もした。けれど、その手はほどかない。お互いの体温が伝わるように、気持ちが伝わるように、精一杯の、私の言葉。



「モブくんも、霊幻先生も、大切な、大切な、私の仲間。もう一人で無茶したりしない。私も霊幻先生やモブくんのように、成長できるようにこれからもっともっとがんばる。……だから、こんな私だけど、これからもそばに居てほしい」



精一杯の気持ちを込めて、私が今思う言葉を紡いだ。その言葉を受けて、少しの間沈黙を置いたモブくんだったけど、今度は遠慮がちに触れていた手のひらを、ぎゅっ、と握り返してほんのり笑った。モブくんの笑顔が好きだ。表情は豊かじゃないけど、とてもほっとする、あったかい笑顔だと思う。




「こちらこそ、よろしくお願いします。」



私たちはお互いに笑いあって握手をした。なんだか一件落着な空気が流れているけれど、けしてそうじゃない。そんな私たちの様子を見届けた霊幻先生は、その眠たそうな眼を少しつり上がらせて、赤坂くんや男たちの方を向いた。

そんな先生の厳しい雰囲気に、バツの悪そうな表情を浮かべる赤坂くん。


「……てめえら、人んちの従業員危ねー目に合わせやがって。どういう了見だ?あ?こいつの能力は見世物でもねーし利用されるためにあるんじゃねえんだよ。こいつはどんだけ自分が怪我しようがボロボロになろうが、人のために自分の力を使える、人を思いやれる優しい奴なんだ。」


「……」


「それを面白半分で心霊スポットなんざ連れていきやがって……それも親友ダシに使って脅して言うこと聞かせようたあ、クズのやることだな!!わかってんのかてめえら!!!」


「……すんませんした、」


「悪かったっス……」


「……」



霊幻先生の言葉に、さすがにさっきの心霊体験が効いたこともあり、素直に謝罪の言葉を述べる男たち。けれど、赤坂くんは何か思いつめたような表情をして、黙りこくっている。そんな赤坂くんの様子に気づいた霊幻先生は怪訝そうな顔を向ける。



「……オイ、聞いてんのか諸悪の根源。」


「……はい。本当に、すみませんでした。……俺、ただ逃げてただけなんだって、今回のことでわかりました。」


「……」


「勉強もスポーツもそこそこ。ルックスも悪くない。金も持ってる。何不自由ない日常。それが退屈。ぜんぶ甘えでしたね」


「……赤坂くん、」


「……ミョウジさん。本当にごめんなさい。君の言ったとおり、俺は自分自身の退屈さを何かで紛らわそうとしてた。適当にやってりゃそこそこできる勉強もスポーツも、本気を出せば敵わないんじゃないかって。本気で恋をして告白して、フラレたらかっこ悪いんじゃねえかって。」


「……」


「親の名声で何かを手に入れた気になってた。そしてそれがつまらないと嘆いた。俺自身は何ももってないのに。ただの、ちっぽけな人間なのに。」


何かを悟ったように黙々と語る赤坂くんの言葉に静かに耳を傾ける。ああ、やっぱり彼も私と同じ思春期の高校生なんだ。くだらないことに悩んで、暴走して、そしてまたひとつ大人になる。今はその過程だ。どんな間違いも未来を創る糧になる。

それにしては、死にかけたけど。



「そんな俺のことすらミョウジさんは助けようとしてくれた。その時思った。どんなパワーも、才能も、その器が小さければ持て余すものなんだって。だから成長しなくては何物も手に入らないし、何者にもなれないんだって。」


「……」


「そう、戦う君の姿を見て学んだよ。君はとても素敵な人だ。本当に、ありがとう」



やっぱり少しキザなセリフを吐いて、赤坂くんは言う。すっかり反省した様子の彼に、霊幻先生も仕方なしといったふうにそれ以上言葉を紡ぐのをやめた。

そんな私たちの様子を、今まで黙って見ていたハルが、ふいに声をかける。その声にどきりとする。そうだ、私にはまだ、終わっていないことがある。



「ナマエ……」



恐る恐るといった風情で私の名前を呼び、近づいてくるハルとアンナ。

そんな2人の様子に心臓がうるさく音を立てる。咄嗟に助けるためとはいえ、目の前で超能力を使ってしまった。気味悪がられるもしれない、隠し事をしていたことに、幻滅されるかもしれない。そんな後ろめたさから私の視線はゆっくりとうつむく。

けれど、2人が私の目の前まで来た瞬間、ふわりと感じたのはやっぱりあたたかいぬくもりで。


「……よかった……無事で……本当に、よかった……」

「ナマエ……私たち、何も出来なくてごめんね……助けてもらってばかりで、本当に、ごめん……!!!」


そう言って、2人はぎゅっ、っと、両側から私のことを抱き締める。予想外のその言葉に、あたたかいぬくもりに、またじわりと涙がこみ上げてきて、一筋目尻につたった。私も2人の背中に手を回す。

そして少しの間抱きしめ合ったあと、そっと距離を取ってお互い顔を合わせる。そこで改めて2人の顔を見た。
ハルもアンナも、少し顔色は悪いけど、どこも怪我をしていないようで本当によかった。無事で、本当によかった。心からそう思う。けれど、その気持ちは2人も同じだったんだ。



「ナマエ……私、本当はナマエの不思議な力のこと、知ってたんだ。」


「え……!!」

「私は、今回初めて知ったけど、少し驚いたけど、何も怖くないよ。赤坂くんが言ったとおり、ナマエは私たちを救ってくれた素敵な人だ。本当に、感謝してる。ありがとう」


「……ハル、アンナ……」


私の超能力を知っていた、と言ったハルに、驚きとともに目を見開くと、続けて伝えられたアンナの言葉に、呆然とすると同時に心がほっと楽になる。

2人は私が思っていた以上にアッサリとこの事実を受け入れてくれた。それに、私の悩みなんてちっぽけなものだったのだと思える。ということは少しは成長できたのかなあ。


「ナマエ、むかーーーし、私がジャングルジムのてっぺんから飛び降りて、着地失敗して足ぐねるわ膝すりむくわ怪我したことあるじゃあない?」


「え……ごめん覚えてない……でも、たしかにハルがサルみたいな小学生だったことは覚えてる……」


「それはまあ……否定しないけどまあとにかく小学生の頃あったのよ、そういうことが」

「ハルちゃん当時から野生児だったのね」


唐突に昔の思い出を語り出すハルに、記憶を引っ張りだしたけどそんなことあったっけ、と考えてしまう。ふいにアンナがそんな口を挟んで、ハルにうるさいよ、と叱られていた。


「そう、それで、その時初めてナマエがなおしてくれたんだ。お母さんのことはなおせなかったけど、ハルちゃんのことはなおせるから大丈夫だよ。安心して、って。怪我したのは私なのにあんた泣きそうな顔でいうから。思えばそれ以来、ナマエが不思議な力を見せたのってなかったけれど」


「……」


今日まではね、と続けたハルの言葉に、眠っていた記憶が徐々に顔を覗かせる。そうだ、あの頃は力を身につけたばかりで、“なにかをなおすこと”に固執していた気がする。まるで救えなかった病気の母へ罪滅ぼしをするように。


「ナマエがなぜ不思議な力について隠してたのか、私たちにも言わなかったのか、あんたのことだから私たちに気味悪がられるだとかそんなくだらないことを考えてそうだから何も言わなかったけど」

「……」

「この際だから言っとくよ。……あのね、私たちだってナマエの大切な仲間だよ。親友だって思ってる。あんたもそうでしょ?たとえナマエに人とは違う能力があっても、この先どんなことがあっても、今まで過ごしてきた時間は消えない。あんたが大切な親友だって事実に、なんの変わりもないんだからね」


「そうだよナマエ。一人で黙って悩んでないで、私たちに相談してよ。水臭いなあ。ナマエが私たちを助けようとしてくれたように、私たちだってナマエの力になりたいんだ」


「……2人とも、」



今までずっと悩んできたこと。それがこんな形で実を結ぶ結果となって、嬉しい気持ちと、ほっとした気持ちと、少しの罪悪感とが混じりあってまたうっすらと涙が浮かぶ。けれど、もう泣かない。そう決めてそっと笑って見せた。


「……ありがとう。大好きだよ、ハル、アンナ。」



そう言うと、2人は少し顔を見合わせて照れたように笑った。

そして今度こそ事件は静かに収束を迎えた。霊幻先生は引き止めていたタクシーの運転手さんにメーター分の料金を払って、「お前らのワンボックスに乗せろ」と少しせこいことを言っている。男たちは渋々それに了承するも、そもそもそれお前たちの車じゃないし、こんな人数乗れるのかと疑問に感じる。

モブくんは私に肩を貸しつつ、ならんでひょこひょことゆっくり歩いてくれる。ほんとに、とても頼りになる先輩だ。いつもいつもピンチの時に何食わぬ顔で現れて、私を助けてくれるヒーローみたいな。そのモブくんの淡々とした前向きさが私は大好きだ。


「……俺、変わろうか?」


「あ。赤坂くん」


「……結構です。先に車に乗っててください」



そんな私の隣にひょっこり顔を出したのは赤坂くん。私より小柄なモブくんを気遣って言った言葉だろうが、逆にそれはモブくんの不機嫌さを煽ってしまったようで。
珍しく厳しい口調で赤坂くんをあしらうモブくんに、苦笑いがもれる。そんな私たちの様子にやっぱりバツが悪そうに赤坂くんは少し口をつぐんだ。けれど、今度はほんのり照れたような表情を浮かべて言う。


「……なあ、よかったらまたロックの話しようぜ。俺、ツェッペリンが好きってのは本当なんだ。他にもガンズとかエアロスミスとか。本命はドアーズだけど」


「へえ、ドアーズが好きなんだ。いいよね。私、『The End』が一番好き」


「ああ、名曲だよな。俺は『Light
My Fire』が好きだ。邦題もまたかっこよくて。」


「わかる。かっこいいよね。『ハートに火をつけて。』」


「……」


赤坂くんがロック好きっていうのは本当だったのか。男たちが私を殴ろうとした時庇ってくれたり、私との約束を守ろうとしたり、どうしようもないクズだけど、何だか憎めない奴だとも思う。

その純粋に私とロックの話しがしたい、という赤坂くんに、ほんの少しだけそれもいいかな、と思ってしまった。しかしそれを黙って聞いていたモブくんの、私を支える手に少し力が加わる。やばい、チョロすぎてちょっと怒ってる…?


「……えっと、またーー今度ね。時間があるときに……」

「うん。もちろん。君ともっと、話しがしたいんだ」


そんな私の曖昧な答えにも嬉しそうに笑顔を浮かべる赤坂くんに、ほんのりモブくんの不機嫌さが増してるきがする。くわばらくわばら。

そんな私たちの姿を遠目に見て、くすりと笑い、ハルとアンナが先生にこんな話をしていたなんて、私は知る由もなかった。



「……えっと、霊幻、さん?」


「おう。ナマエの友達だな。体大丈夫か?遅くなっちまったが、ちゃんと家まで送ってやるから安心しろ」


「はい。それはありがとうございます……あの、ナマエのことなんですけど」


「ん?」


ワンボックスの奥に男たちを押し込み、ハルとアンナのスペースを確保しようとしていた霊幻に、ハルが声をかける。霊幻先生、とナマエが眠っている間、誰かがそう言っているのを聞いた気がして、うかがうように訊ねてみるとどうやらその名前で合っていたようだ。ハルはほっとする。


「……あいつ、しっかりしてそうでどっか抜けてるし、何気ない顔して一人で落ち込んだり、悩んだり、そんなめんどくさい奴なんです」


「……」


「……だから、あんな奴だけど、これからもナマエのこと、よろしくお願いします」

「きっと、お兄さんやあの男の子には、ナマエは信頼を置いてるって、見てるとわかりました」


「今回のようなことがまたあるのかもしれないけど、どうかナマエのそばにいて、支えてやってください。……きっと私たちでは、解決できない悩みも、あるだろうし」


「……」


親友のためにそう必死に告げる2人の言葉を、霊幻は珍しく真剣な表情で聞いていた。けれど、すぐにいつものにやりとした笑みを浮かべる。そんな霊幻の顔を2人は言葉を待つように見上げた。


「ああ。たしかに、あいつはやる気なさそうに見えてやる気ないし、ドライだし、時々俺に冷たいし、困った従業員だが」

「……」

「安心しろ。雇用主として、あいつの面倒はきっちり見るよ。でも、お前らにもお前らにしか解決できない悩みもあるはずだ。お前らこそ、ナマエのことよろしく頼むぞ。いいな」



「……はい!」

「任せてください」


そんな心温まる、思いやりのこもったやり取りが展開されているとはつゆ知らず。ひょこひょこと怪我した足で少し遅れて私が車の前に到着した頃には、もうすでに他のみんなは乗り込んでいた。さっきまで隣で話していた赤坂くんも助手席に乗り込む。

モブくんに支えられながら車の段差に足をかけた私に、ふいに、大きな骨ばった手が差し出される。見ると、「おら、早くしろ」とでも言わんばかりのいつもの眠気眼がこちらを見つめていて。

私は少しぼんやりしながらその手を取る。すると、グイッ!と強い力で引き上げられて、私の体は瞬く間に車の椅子の上に座る。続いてモブくんも乗り込んだ。もう、車内はすし詰め状態だ。


「……では、全員いらっしゃることを確認しましたので、発車いたします。どうですか、皆さん。良い肝試しの思い出になりましたか?」



冗談なのか本気なのか、いかついのに丁寧な物腰の運転手さんの言葉に、車内はしんと静まり返る。そんな中すっかり元気になった赤坂くんだけが嬉々として答えた。


「ああ!すごく楽しかったぜ!また行こうな!」


やっぱりこいつ、なんも学習してないわ。そんなみんなの一丸となった心の声が聞こえてきそうな中、ワンボックスカーは走り出した。

ゆらゆらと体が揺られ、同時に両側から感じる安心するあたたかい体温にほんのりと眠気が襲ってきて、そっと目を閉じる。疲れたから、ほんの少しだけ、休ませて。そう誰にするでもない言い訳を心に浮かべながら、私は霊幻先生の肩にそっと頭を預けた。





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