甘ったるい、チョコレートのにおいがする。

そのにおいにつられて振り返ると、クラスの女の子2人がいた。

あまり話したことのない子たちだ。少し明るめの、ゆるふわパーマ。爪もくちびるもいつもつやつや輝いてて、白い肌にはほんのりピンクのチークがのってて、触れると折れてしまいそうな細さ。まるでお人形みたいな、“女の子”という存在を体現化したような2人。まぶしすぎて目が眩む。

でも、話したことは少ないけど、悪い子ではないイメージ。けれど彼女たちが好むのは新しいパンケーキ屋の話とか、流行りのアイドルや俳優の話。服装の好みもたぶん違う。だから、これまでもこれからも、あまり関わることはない、と思っていたのだけれど。


香水だろうか、少しキツくてくらくらする。
そんな彼女たちの香水のにおいに振り返った私に、2人も気づいたようで視線が合う。放課後の賑やかな教室。帰ろうとカバンを持って立ち上がったところだった私。2人は机の上に雑誌を広げてのぞき込んでいた。

とりあえず目が合ったから挨拶をして帰ろう、そう思っていると先に口を開いたのは彼女たちのうちの1人で。


「ねえ!ナマエちゃんって何座?」

「……星座のこと?かに座だよ」


「ええーっと、かに座かに座……」


急にそう訊ねた女の子は、そう言うと雑誌のページの上を、キレイな淡いピンクにラインストーンの施された爪先でなぞった。どうやらファッション雑誌の占いページのようだ。


「……あった!ええーと、かに座の今月の運勢は……」


「『良くないことが起こる時期!怪我や病気はもちろん、人間関係にも注意!人に騙されたり脅されたりするかも……ラッキーアイテムは緑のふうせん』……」

「……」

「……あ、ど、ドンマイ!!こんなのただの遊びだよお〜嫌なことは気にしない方がいいよ!」

「そ、そういえば駅前でふうせん配ってたよ!帰りに寄っていけば!?」


「……うん。ありがと、2人とも……」


慌てて元気づけてくれる2人に曖昧に笑う。普段は悪いことは信じない性質だけど、たしかに最近良くないことが続いている。引きこもりの幽霊に襲われたり、殺人鬼の悪霊に殺されかけたり、援交疑惑かけられたり、同級生に脅されたり階段から転がり落ちたり。

先日の今日でまだ痛む足や痣だらけの体にさすがに不安になる。もしかして何か悪霊に憑かれているんじゃあ……なんて馬鹿な考えが過ぎるくらいには。


しかし、ラッキーアイテムの緑のふうせんを貰うより、今日の私にはもっといいことがある。それを思うと自然と元気も出た。


「でも、私今日寄るとこがあるんだ!きっとそこに行ったら嫌なことも忘れるよ」

「そうなの??え〜何々、彼氏とデートとか!?」

「ううん。実は、ずっと楽しみにしてたバンドのライブがあるんだ!“(LOL)”ってバンド……知らないかもしれないけど……」


そう言ってちらり、と2人の様子をうかがうと、2人はきょとん、とした顔でこちらを見上げていた。ああ〜やっぱり知らないか……。そりゃそうだよね……先月結成されたばっかのインディーズだし……。

先週の昼休み、ハルとアンナと昇降口でお昼ごはんを食べていた時にしていた話。私の好きなバンドのボーカルが最近ハマっているという噂の邦楽インディーズバンド。それはファンには驚きのことで、一部では話題になっていた。

そのバンドの名前が“(LOL)”。和訳するといわゆる“(笑)”ってやつだ。


その話をしたとき、ほんとは3人でライブに行こうって話になってたんだけど、生憎昨日の廃病院での肝試し事件のこともあり私1人で行くことにした。昨日も帰った頃にはとっぷり日も暮れていたし、ショックも疲れもあるだろうから。そんな私は怪我も気にせず行くけど。だってこの日をどれだけ楽しみにしてたことか!


そんなバンドの名前を聞いてぽかんとしていた2人だったけど、以外にも彼女たちの表情はみるみる明るくなり、興奮したように私の手をがしっ!と握って立ち上がった。


「わっ!」

「(LOL)!?知ってるよ〜〜!!!ナマエちゃんも好きなの!?うそ、超嬉しい〜〜〜!!!」

「私たちも今日のライブ行くよ!!楽しみにしてたんだ!!!」


「うそ、まじで!?」


私の手を握ったまま興奮気味に飛び跳ねる彼女に、びっくりと嬉しさに一気に笑顔になる。すごく意外だった。だって、彼女たちはロックを聴くようなイメージもなければ、結成されたばかりのインディーズバンドの話なんて知らないだろうと思っていたから。だからこそ尚更嬉しい。


「ええ〜〜一緒に行こ行こ!!今日の夕方6時からだよね!?」

「そうそう!!えーすごい、めっちゃ嬉しい……!!!」


盛り上がる私たちはとりあえず5時半に大通りに面したコンビニの前で待ち合わせ、ということにした。2人は中途半端な時間だからゲーセンでプリクラ撮ったり、時間つぶそうかと言っていたけど、生憎私はバイト先に顔を出さなければならない。

その旨を伝えるとノリが悪い、なんて嫌な顔ひとつせずに「バイト頑張ってね!」と送り出してくれた2人。とってもいい子たちだ。ほんとは1人でライブ行くの、少し寂しかったんだ。だからこそ余計に嬉しい。それに意外なが趣味が一緒っていうのも。

さっきの雑誌の占いなんてやっぱりあてにならないじゃあないか、と得意げに思いながら私は彼女たちと別れて学校を出た。













先日、あの廃病院での肝試し事件のこともあり、昨日、一昨日とバイトを休まされた。帰るのが遅かったこともあるし、何より怪我をしたことが大きかった。霊幻先生曰く「怪我した直後くらい休んどけ」とのことだ。そんな私が今日、ライブに行くとか言ったら怒るかな。なんて考えながら事務所の扉を開いた。


「おはよーございます……って何その気持ち悪い緑のヤツ!!」



しかし開いて早々、私は大声を出してしまう。いつもの変わらない事務所の風景。ソファーに座ったモブくん、デスクチェアで湯のみのお茶を飲む霊幻先生。けれど、そこには明らかに異様な、気味の悪い緑のふうせんのようなものが、モブくんの肩のあたりにふよふよと浮遊していたのだ。

そんな私に霊幻先生もモブくんも、あっけらかんと挨拶をする。


「おっすナマエ。おかえりー」


「おかえりさないナマエさん。これ、エクボっていって悪霊で、僕に取り憑いてるんです」


「え……大丈夫なの…」

「はい。師匠に相談したら肩にテントウムシがとまってるレベルだから好きにしろって」

「……へー」


そうなんだ。と言いつつ霊幻先生の方を見るとあからさまに明後日の方を向いて目を逸らされた。相変わらずモブくんに適当なことを吹き込んでいる。

ちらり、とその肩のあたりに浮遊するエクボ、というらしい悪霊に目を向ける。なんだかさっきの雑誌の占いの、緑のふうせんを連想させるけど、まさか悪霊がラッキーアイテムなんてあるわけない。そんなことを思いつつ、とりあえずモブくんなら大丈夫だろう、と思って言葉を発する。


「…まあ、モブくんなら大丈夫だと思うけど…。何かあったらすぐに祓うんだよ」

「オイオイ姉ちゃん!!さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!!そのスカートひん剥いておしりペンペンしてやろ……」


私がそう言うと悪霊は急に牙を向いてそんな破廉恥なことを言ってきた。姉ちゃん、とか私のことを言うから、結構歳のいったおじさんなのかな、と思う。その物言いは明らかにキャバクラとかでセクハラ発言する中年男性そのものだ。

そんな悪霊に冷めた目を向けていると、ふいにモブくんが悪霊に向かって手をかざした。その目はどこか冷たく、ほんのり怒りを孕んでいるように見える。


「わかりました。今すぐ除霊します。」


「わーー!!!うそうそ!!すんませんっした!!大人しくするからよぉ〜〜まだ消さないでくれよぉぉぉ〜」


そんな怒り心頭のモブくんに、かわいこぶって(かわいくない)お願いする悪霊。そんな必死の様子にモブくんも仕方なしといった風にかざしていた手を下ろしてあげた。「ありがとよぉぉ〜!!」と言って擦り寄る悪霊は、けれどモブくんに見えない位置でにやり、と私に不敵な笑みを浮かべてくる。



「……(本当においといて大丈夫かなあ…)」


「それよりナマエ。もう体は大丈夫なのか?」


「はい。まだ足はちょっと痛むけど、全然問題ないです!」

「階段から落ちたくせにとんだ不死身だな……なんか、お前ってとことん不幸体質なくせに悪運だけは強いよなあ」


「えっ。不幸体質……」


何か悪巧みをしやしないか悪霊に対して不安になっていると、霊幻先生に怪我の具合を訊ねられた。あまり心配かけてはいけないと普段よりテンション高めに返事をするも、人の気も知らず霊幻先生は私のことを不幸体質とか言う。

でも、正直最近ほんとにそう思えてきた。その上悪運は強いから今まで生き延びてきたけど、いつ死んでてもおかしくないよな……。そう考えてぞっとする。ふいに悪霊と目が合った。


「……」


「まあ、とにかく気をつけろよな。俺としてはお前が来てからやたら仕事増えたからいいっちゃいいんだが」


「はあ……気をつけます。」

「ナマエさん、招き猫みたいですね」

「招いてんのは悪霊だけどな」


「……(コノヤロウ)」


微妙に酷いことを言うモブくんに心にダメージを負ったが、先日の負い目があるからあまり強く言えない。それに、今日もライブに行くし。モブくんもシフト入ってるし、見たところ今日は暇そうだし、早上がりしてもいいとは思うんだけど。


「ねえ、先生。私これからちょっと行きたいとこがあって……今日は上がってもいいですか?ほんとは、それを伝えに来たんですけど……」


「行きたいとこ?なんだよ、今日はマトモなとこなんだろうなあ?」

「だ、大丈夫です。もうこの前みたいなことはしません……。実は、ずっと楽しみにしてたバンドのライブがあって。今日はモブくんも入ってるから早上がりでもいいって聞いてたんで、一応伝えには来たんですけど」


「ふうん。ライブなあ。なんてバンドなんだ?」

「(LOL)ってバンドなんですけど。先月できたばっかのインディーズだから知らないと思いますけど……」

「聞いたことねー。相変わらずお前はキワモノ好きと言うか、趣味が偏ってんな」


「……まあ、否定はしませんけど、」


そんなやり取りをしながら流れる午後の時間。モブくんはいつの間にかカバンから漫画雑誌を取り出して読んでいた。また今度私も貸してもらおう。


「……ま、いいよ。気をつけて行ってこいよ」

「ほんとですか!ありがとうございます霊幻先生!」

「……それって、ナマエさん1人で行くんですか?」


霊幻先生にオーケーをもらって喜んでいると、ふいにモブくんに問いかけられて、顔を向ける。モブくんは今まで漫画の紙面に向けていた視線をこちらに寄越していた。珍しい、モブくんが私情に口を挟んでくるなんて。もしかすると、赤坂くんのことがあるから心配をかけてるのかもしれない。


「ん?ううん。たまたまクラスの女の子が行くって言うから、その2人と行くんだ」

「そうですか。楽しんできてくださいね」

「うん!ありがと」


私がそう答えると、少し安心したように言うモブくん。無事に2人から了承をもらったところで事務所の時計を見るとちょうど5時を回ったところだった。ちょうどいい頃合なのでカバンを持って扉の方へ向かう。「それじゃあ、お疲れさまです」と告げて事務所を後にした。


「……なんだ、シゲオヤキモチか?」

「そんなんじゃないよ。ただ、一昨日の男の人だったら危ないなと思って」

「……モブ、おま、悪霊と喋ってんだろうが急に喋るのやめろよ……ビビるだろうが。俺には霊力弱すぎて見えねーんだからよ」

「あ、すみません師匠」

「まっ、俺様もあの姉ちゃんの言うライブが気になるからちょっくら着いてってみるかな〜!」


「えっ!ちょ、コラ!エクボ!!」

「だからこえーって!一言前置きしてから喋れ!」

「ナマエさんに何かしたら除霊するからね!!」


「……聞いてねえし……」

















少し駆け足で大通りを走ると、少し先のコンビニの前にすでに2人の姿を見つける。軽く手を振ると2人も私に気づいたようで振り返してくれた。


「ごめんね!待った!?」

「ううん、大丈夫だよ〜私たちも今ついたとこ!」

「バイトお疲れさま!それじゃあ行こっか!」

「うん!」


バイトの労も労ってくれる(なんもしてないけど)、相変わらず優しい2人に嬉しくなる。そう言って歩き出す私たち。国道に面した大通りはコンビニや本屋やレンタルDVDショップなど、一通りの店が揃ってて生活に困らない。放課後ということもあり通りには私たちの他にも制服姿の学生がたくさんいた。


「でもほんとびっくりしたよね〜!」


「ほんとほんと!まさかクラスに3人も(LOL)のファンがいたなんてね〜!!」

「でも嬉し……」


「おっ!この巻き髪の姉ちゃんいい尻してるじゃねーか!隣の姉ちゃんは尻より太ももだな!」


「……何してんの!?悪霊!?」



「えっ?」

「なに?アクリョウ?」


通りを歩きながらそんなたわいない会話をしている私たちに割って入って、セクハラまがいのことを言うおっさんの声。慌ててバッ!!と振り向くとそこにはあの緑のふうせんみたいな悪霊が、しれっとした顔で私の隣に並んでいて。

思わず大声を出して話しかけてしまった私に、当然見えていない2人は不思議そうな顔を向ける。いけない、ついびっくりして……。私はしどろもどろになりながらもなんとか言い訳を述べる。


「……あ、アクリョウっていうバンドもいいよ……知名度低いけど……」

「へえー!そうなんだ!あとでググってみるよ」

「さすがナマエちゃんよく知ってるね〜!」

「……い、いや……」


なんとか誤魔化せたようでほっと息をつく。そして私の肩越しにふよふよしている悪霊にキッ!と睨みをきかせた。しかし悪霊はどこ吹く風と言ったふうに平然としているから腹立つ。


「……あんた、こんなとこでなにしてんの」

「何って俺様も(LOL)に興味があるから着いてきただけよ。あと俺様にはエクボっつー立派な名前があんだからよ!悪霊でもあんたでもねーよ!」

「……ハイハイ。エクボね……。……(LOL)に興味あるって、ロック好きってこと?悪霊もロックとか聴くの?」

「そりゃあ聴くさ。本も読むし音楽も聴くしエロビデオだって観るぜえ?ま、それ観てムラムラこねーのが幽霊の悲しい性ってとこだが」

「そんなこと聞いてないけど……。とにかく、着いてきてもいいけど変なことしないでよね。特に2人には」

「ったく、シゲオと同じこと言いやがる。わーってるよ、なんもしねーよ。いいケツとフトモモの姉ちゃんたちにもな!」

「……(不安、)」


2人に聞こえないように極力小声でやり取りをする。ほぼ読唇術みたいな。幸い通りは賑わっているので人のざわめきである程度の声は相殺された。そんな私と悪霊……もといエクボのやり取りが一段落ついたところで、タイミングよく女の子の1人が話しかけてくる。



「そういえばさ、ナマエちゃんって赤坂くんと付き合ってるの?」




かと思えば予想外の質問。思わず目を丸くした私は少し大きめの声で反論してしまう。エクボは「おっ?」と面白そうな話だとでも言いたげにニヤニヤする。


「えっ……!!そ、そんなわけないよ。赤坂くんとは、友達かどうかも怪しいし……」

「そうなの?でもこの前大通りのスタバで2人でいるとこ見たってクラスの子が言ってたよ」

「それは……赤坂くんが私の好きなバンドのファンだっていうから話してただけで……ほんとに、付き合ってるとかそんなんじゃあ、」

「そっか!よかった〜!!実は心配してたんだよね。ナマエちゃん、意外とああいうチャラいのが好みだったのかって」


「あんな奴と付き合ったらロクなことないよ。3組のミキもアケミもみーんなヤリ捨てられたって話だし」


「……」



赤坂くん、やっぱりクズだ……。一昨日のことで少しは改心してくれるといいけど……。

2人の話を聞きながらげんなりとそう思っていると、ふいにまた、あの甘ったるいチョコレートのような香りが鼻をついた。やっぱり香水なのだろうか、少し気になって2人に訊ねてみる。


「ねえ、何か香水とかつけてる?甘い、チョコレートみたいな」


「香水?つけてるけど……フローラル系のやつだよ」


「私はホワイトムスク〜」


「あれ……なんだろ、教室にいた時から思ってたんだけど……なにか、甘いにおいが……」

「あっ!もしかしてこれかな?」


どうやら香水ではなかったようだ。たしかに、言われてみれば2人ともほのかな花の香りと、ムスクの香りがするきがする。でも、それをかき消すほどのこの甘いにおいは。

そう疑問を感じていると女の子の1人が通学カバンを掲げた。そしてそのファスナーにつけられたストラップをつまむと、私に見えるように持ち上げる。そこには赤いほっぺの仮面のようなスマイルマークが描かれた、少し奇妙なキャラクターがあった。何の変哲もない、ただのストラップだ。

けれど隣のエクボは妙にじっ、とそれを見ていた。何か悪霊でもついているのだろうか。呪いのストラップとか?



「なに?そのストラップ」

「えへへっ。実はこれ、(LOL)のオリジナルライブグッズなんだ!」

「えっ!?(LOL)って、今回が初めてのライブじゃないの!?」


「ふふ、実はそうなんだ〜。信者限定のライブが今までに2回あってね」


「(信者……?ファンクラブとかってことかな)そうなんだ!?」

「そう。だから私たち今回で3回目なんだよ。ほら、チョコレートの甘い香り!」

「あ、ほんとだ!これだ!」



そう言われてもう1人の彼女も持っていたストラップを私に掲げてくるから、嗅いでみるとたしかにキツくて甘いチョコレートのにおいがした。香り付きストラップか、女の子のファン向けに色々考えてるんだな〜と思うけど、少し疑問も感じる。

そもそも、インディーズバンドが、しかも先月結成したばかりのバンドが、こんな易々グッズ展開できるのかな?それに、信者限定のライブ、なんて聞いたことない……。

そう腑に落ちない点について考えていると、この流れで女の子の1人が話し出した。



「……実は、(LOL)にハマったのは、元彼にひどい振られ方をしたからなんだ」


「えっ……」


「私も、付き合ってる彼氏が束縛激しくてスマホチェック当たり前だし女の子と出掛けても嫉妬するような人で」


「そんな時に励ましてくれたのが(LOL)なんだ。(LOL)の歌を聴くと元気が出てくる。笑顔になれる!」


「明るい気持ちになれる。だから、ナマエちゃんも赤坂くんに酷いことされて、立ち直るためにこのライブに来たのかなって思ってたんだよね」

「そうだったんだ……」

「このストラップも、この香り嗅いでると癒されるんだよね。デザインはあれだけど、気づけば肌身離さず持ってるな……」


「……」


たしかに、YouTubeでちらっと見ただけだけど、前向きな歌詞のストレートなロックだったのを覚えている。けれど、何か違和感を感じる。

普段ロックを聴かないような女の子たちが、一ヶ月やそこらの間で3度もライブに足を運ぶような熱狂させる何かがあのバンドにあるとは、とても思えなかった。実際に目の前で見れば違うのかもしれないけど……。

ちらり、とエクボの方を見ると少し目が合ったのちにふいと逸らされた。



「……」



隣で揺れるカバンのストラップからは、未だに甘ったるいにおいがまき散らされている。何か、ざわざわと胸がざわつく。


「あっ、あそこのビルだよー」



スマホで地図を確認していた女の子の1人が、嬉しそうに笑って正面のビルを指さした。腕時計を確認するともうすぐ開演の6時になろうとしていた。

私は少しの疑問を抱えたまま、ライブ会場であるそのビルへと歩を進めた。



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